爆弾魔及川
ここ1ヶ月を浮かれ気分で過ごし、頭を壁にぶつけるなどのドジや、岩泉の無自覚な殺し文句に翻弄されつつも、幸せな時を過ごしているという自覚があった。
好きな人と両想いになるというのは、なんとすばらしいことのなのか。
満たされた心は、ふわふわと花畑を浮遊していた。
しかし、その花畑に思わぬ爆弾を投下していったのは、またしても恋人の親友だった。
「ねぇ、君たち彼氏彼女になってからどんな感じなの?」
「えっ」
昼休み、何喰わぬ顔で教室にやって来た及川の発言に、静香はピシリと体を固まらせた。
静香は今、女の子友達と昼ご飯を食べている最中である。
机をつき合わせて何気ない話をしていた私たちの空間に、突然現れた及川に友達は驚いている。
そして適当に椅子を引きずってきて静香の隣辺りに座ると、開口一番がこれだ。
百歩譲って、この話を私にする事は理解できる。
しかし、何も昼休みで皆が比較的教室いるこのタイミング、女友達がいる目の前でその話をしなくてもいいじゃないか!
何を聞かれているのか咄嗟に理解できなかった静香を置いて、友達は箸を止めて興味津々とばかりにこちらに視線を向けている。
ふふん、と得意げに鼻で笑う及川は確信犯だ。
きっと私を辱めたいのだ、なんて趣味の悪い奴。
ギリリと睨んだところで、及川は引き下がらない。
せめてもの救いは、日直の仕事のために今教室に岩泉がいないことだ。
「何で及川にそんな事言わないといけないの?」
「だって岩ちゃんに聞いても何も教えてくれないんだもん」
「……」
なんて下世話な男だろう。
小学校の頃からの幼馴染みだと聞いているが、岩泉も苦労しているんだろうなぁ。
そんなこと思いつつ、そういえば岩泉とつき合いはじめてから及川と話す事も多くなったなぁ、と気づく。
私が岩泉の事が好きだということを及川が知るまで、大して話した事も無かったというのに不思議だ。
その全てが岩泉に繋がっているのだから、この男の友人に対する執着はそうとうなものだと思う。
「…ずっと思ってたんだけど、及川って本当に岩泉の事好きだよね」
「は?当たり前じゃん、俺の親友だもん」
愚問でしょ?と言いたげな口調で話す及川は、まるで嫁を見定める姑のようだ。
「で、キスくらいはしたの?」
「キッ…!?」
引きつった静香を他所に、友達はキャア!と黄色い声をあげた。
そのせいで周辺の席に座っていたクラスメイトの視線を集めることになるものだから、静香は思わず俯いた。
「…ははぁーん、その反応はまだだね」
「うるさいな…お願いだからもう黙っててよ」
実に愉快だとばかりにけらけらと笑う及川は、友達に「照れちゃって、ねぇ?」などと話をふっている。
「なんだなんだ?」とクラスの男子が寄って来たものだから、本当に止めて欲しい。
「じゃぁ手くらいは繋いだ?」
「勘弁してください」
「えぇ…つまんないなぁ」
誰も及川を楽しませるためにつき合ってるんじゃない。
そう思いをこめて睨めば、及川は困ったように笑って「ごめんごめん」と謝った。
前回の告白騒動以来、からかいすぎて説教された記憶が及川にしっかり刻まれているらしく、ある程度のところで身を引くようになった。
及川のこの対応には感謝しているが、そもそもからかうことを止めてくれないだろうか、というのが静香の本音である。
「ところで、岩ちゃん今どこにいるの?」
「…岩泉に用があるんなら、わざわざ私のところ来なくてもいいじゃない」
「まぁ、そうなんだけどさー」
間延びした声で頬杖をついた及川は、教室の入り口の方に視線を向けてから「あっ」と声を上げた。
及川の視線の先に顔を向けると、日直の仕事を終えたらしい岩泉がドア付近に立っており、教室内に及川を見つけて驚いているようだった。
及川が爽やかな笑顔で手を振ると、岩泉は嫌そうな顔をしてこちらにやって来た。
「何やってんだお前…いや、やっぱいい。どうせろくなことじゃねぇ」
「岩ちゃん酷くない?」
ねぇ栗原ちゃん?と話をふるものだから、岩泉の視線がこちらに向いて目が合った。
瞬間、及川の発言が脳裏を過る。
”で、キスはしたの?”
岩泉とキス。
あまりに破壊力のある言葉に、頭が沸騰しそうである。
ああ、きっと顔も赤い。これでは岩泉にも筒抜けだ。
羞恥で岩泉を見ていられなくて視線を逸らすと、及川がげらげらと笑い始めたものだから、内心非常に腹立たしい。
「あははは!も、栗原ちゃんピュアすぎガフッ」
顔面に濡れたタオルをあびて、及川が急に大人しくなる。
タオルを投げつけた岩泉は、呆れたような顔をしている。
「何するの岩ちゃん…」
「あ、悪ィ及川。それ雑巾だわ」
「はぁ!?」
「まぁそれは置いておいて」
「スルーしないでよ!」
「どうせお前が何か変な事やらかしたんだろ」
全くもってその通り。
流石、長年及川と一緒にいるだけあって、場の雰囲気で何があったのか察してしまえるのが岩泉である。
「で、何があった栗原。及川に弁当でも食われたか?」
ただし、恋愛事以外に限る。
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