恥ずかしいよ、お二人さん
「栗原、この後空いてるか?」
月曜日の放課後、部活が休みのために帰り支度を整えていると、肩にカバンをかけた岩泉がやって来た。
だいたい及川と一緒に帰っていくため、放課後にこうして岩泉に声をかけられるのは珍しい。
何かあるのだろうか、という疑問を持ちつつ、静香はその質問に応えた。
「うん…空いてるけど」
「ちょっとつき合ってくれねぇか?」
「?…いいけど」
きょとん、と静香が首を傾げると、岩泉はニカッと笑った。
「小学生とバレーする約束してるんだ、栗原も一緒にやろうぜ」
「お前らデートかよ」というクラスメイトからのからかいの言葉をかわし、岩泉と共にやってきたのは、この辺りでは一番広い公園である。
小学校から帰ってきて友達と遊んでいる子供達が多く、遊具も広場もそれなりに人がいる。
砂場付近の運動場のような場所で、バレーをしている子供達の姿を見つけた。
バレーしてる子達いるよ、と岩泉に声をかけようとした時には、隣の岩泉は既にその子供達の方に足を向けていた。
「あ!はじめにーちゃんじゃん」
「おー、久しぶりだなヒロキ」
バレーボールを持った元気な男の子が、岩泉を見つけて駆け寄って来る。
それにつられてわらわらと集まって来る子供達と岩泉は、結構な知り合いらしい。
「あれ、今日及川は?」
「あいつは今日どうしても外せない用があるんだと」
「ウソだな、どうせまたデートだよ」
小学生の彼らにお兄ちゃん呼びをされる岩泉に対し、及川は呼び捨てにされているらしい。
彼らの中の及川の扱いが、バレー部内での奴の扱いとそう変わらない事に少し同情する。
そして当然の事ではあるが、子供達は岩泉の隣に立つ静香に視線を向ける。
「もしかして…はじめにーちゃんの彼女?」
「おー。栗原っつーんだ」
「ええぇ!」
「うっそぉ」
驚きの声を上げる子供達に、静香は慌てて自己紹介をする。
まじまじと観察されるように見られるものだから、子供相手ではあるが緊張してしまう。
「んだよ、結局はじめにーちゃんもデートじゃん」
「あ?折角バレーしに来たっつーのに文句言うなよ」
「ええー」
「まぁそう言うな、栗原もバレー部だぜ?」
な?と話を振られて、静香はうんうんと頷く。
すると子供達の目の色が変わり、まじで?とわらわらと集まり始める。
「ねーちゃん、強い?」
「おー、強い強い」
「ちょっと岩泉、適当な事言わないでよ」
はは、と笑いながら岩泉は荷物を置いて、制服の袖を腕まくりする。
どうやらバレーする気満々らしい。
子供達の中に入っていく岩泉はなんだか生き生きしていて、思わずこちらが緩んでしまうほどには微笑ましい。
よーし、と静香も腕まくりをして、子供達の輪に入る。
こうして、高校生2人によるミニバレー講座が始まった。
二人がやって来てからは、先程まで適当にやっていたボール遊びが、基礎練習のようなものに変わる。
ボールの触れ方について説明している岩泉の足下には子供達がまとわりついており、もの凄い人気だ。
トスの練習をしている子達の傍で見守っていた静香のスカートが、ふいにクイクイと引かれる。
視線を下ろすと、小学校低学年であろう男の子がこちらを見上げていた。
「僕たち、小学校のバレークラブに入ってるんだ。今度試合があって、ずっと練習してるんだよ」
素直そうな男の子が、恥ずかしそうに教えてくれた。
可愛いなぁ、と頭を撫でたい衝動にかられるも、年上の人と話すのは苦手なのか、ひょっこりと強気な女の子の後ろに隠れてしまう。
「何やってんのよもぅ」とお姉さん風をふかせる女の子は、凛々しい目元をぱちぱちとさせて「おねーさんのポジションどこ?」と声をかけてくれる。
話し方や立ち振る舞いだけで、彼女がとてもしっかりした女の子だと分かる。
小学生の頃の私はこうはいかなかっただろうなぁ、と昔の記憶に思いをはせながら、彼女の質問に答えた。
基礎練習や個人練習の後、最後に皆で輪になって、ボールを落とさないようにラリーをすることになった。
毎回恒例らしいのこのラリーは、次にボールを送る人の名前を呼びながら続けなければいけないうえ、ボールを取り落とすと罰ゲームがあるらしい。
さっきはヒロキ君がボールを取り落として、デコピンをくらっていた。
「タイチぱーす」
「め、めぐみちゃん」
「オーライ、ヒロキっパス!」
「あいよ、静香ねーちゃん」
「はーい、ミツヒロ君」
「おらよヒロキ」
「またかよ!静香ねーちゃんパス」
「また?はいヒロキ君」
「返ってきた…はじめにーちゃん」
「おー、んじゃあ静香…」
レシーブをした岩泉が「あ」と言葉を零して固まる。
子供達の「静香ねーちゃん」呼びに釣られたらしく、思わず名前を呼んでしまったようだ。
思わぬアクシデントに動揺したのは岩泉だけでなく、静香本人もだった上に、ボールを取り落とした。
ころころと転がるボールを見ながら立ち尽くすと、子供達はニヤついた顔で「罰ゲーム!」と嬉しそうに騒ぎ立てる。
やってしまった、と頭を抱えると同時に、申し訳なさそうな岩泉と目があった。
「じゃあ静香ねーちゃんに質問、はじめにーちゃんの好きなところ10個教えて」
「えっ」
「はぁ!?」
何聞いてんだお前!とかみつく岩泉をかわし、ヒロキ君はニタァと嫌な笑みを浮かべる。
この嫌な笑顔は既視感がある、及川だ。及川がろくでもない事を思いついた時の顔に似ている。
「罰ゲームは絶対だよ」
「……」
どうしよう、と思いながらも岩泉を伺うと、あちらもあちらで恥ずかしそうにわなわなと震えている。
ほら早く、と今度はミツヒロ君までせかしてくるので、静香は数秒黙った後、腹をくくった。
「…無愛想だけど優しいところ」
「おおっ!」
「スポーツしてる時生き生きしてるところ、面倒見がよくて後輩に慕われてるところ、スパイク決めた後のやりきった時の顔、試合中の真剣な顔、男前でかっこいいところ……あれ、今何個?」
「静香ねーちゃんもはじめにーちゃんも顔ちょー赤いよ」
「…うっせぇ」
岩泉に至っては、顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
私だって恥ずかしいのに、と涙目になりそうな静香だったが、子供達は容赦なく、残り4個の岩泉の好きなところを要求してきた。
「ばいばーい、またバレーしよーな!」
笑顔で帰っていく子供達は、それはそれは爽やかな笑顔をたたえていた。
自分達が一組のカップルを揺すりに揺すっているという自覚は無いらしい。
子供達とバレーをしに来たというのに、とんだ羞恥プレイをすることになった静香は、隣を歩く岩泉とやや気まずい空気のまま帰路についた。
「…なんか悪ィな、俺のせいで」
「本当だよ…ハジメ君」
仕返しのつもりで名前を呼ぶと、岩泉は驚いたようにこちらに顔を向けた。
やはり呼ばれ慣れないようである。
「ね、びっくりするでしょ?」
「…まぁ」
がしがしと頭をかいて、岩泉は照れ隠しをするかのように前を向く。
そしてぼそりと、「でも悪くないな」なんて呟くものだから、再び二人して赤くなる。
第三者から見たら、私たちはとんだ恥ずかしいカップルに見えるだろう。
「…今度は岩泉に、私の好きなところ10個言わせてやるんだから」
「それは勘弁…」
「ずるい、私には言わせておいて自分は言わないの?」
「恥ずかしいだろ」
「私も恥ずかしかったよ」
ああもう、と静香は片手で顔を覆ってため息をつく。
なんだかいつも、私が岩泉に告白させられている気がする。
顔を隠す静香を横目で捕え、岩泉は暫く考え込む。
そして、まるで機嫌をとるかのように、不意に静香の左手を攫った。
男の人らしいごつごつとした手は温かく、静香の手など簡単に包んでしまう。
岩泉は恋愛事にはとことん鈍い、なんて誰が言ったのだろう。
静香は握られた手に伝わる熱を感じながら、心の中で降参のポーズをとった。
「…本当、岩泉のそういうさりげないところずるい」
「でも好きなんだろ」
さっき言ってたじゃねーか、なんて言って、岩泉はクスクスと笑った。
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