餞へと至る輪をかけましょう
これは夢だ。
いつものように休日に岩泉の住んでいるアパートに遊びに来て、お手洗いを借りようと思ってトイレのドアを開けようとした時だった。
何故か静香がドアノブに触れてもいないのに、ドアが勝手に開き、そこから岩泉が現れたのだ。
紺色のパジャマ姿の岩泉を見上げながら、静香は状況整理のために固まる。
おかしい。岩泉は今、奥の部屋に居るはずである。
それなのに、何故ここにも岩泉が。
ポカンとしている静香を見下ろし、紺色のパジャマを着た岩泉は不思議そうに首を傾げる。
「便所か?」と、目の前の岩泉が当然の疑問を口にしたタイミングで、不意に玄関の方から物音が聞こえた。
ガチャリ!と今度は鍵をかけているはずの玄関のドアが何故か開き、そこから「ただいまー!」と声をあげて子供が家に入って来た。
小学生らしいその子のツンツンとした短い髪、そしてその風貌には見覚えがありすぎて、静香の理解はとても追いつかない。
そして、奥の部屋にいる岩泉が上げた「うおっ!?」という声にハッとして、慌てて岩泉の居る部屋へと駆け込む。
一体何が起きているのか理解できない状況の中、とりあえず自身の味方である岩泉と情報共有したいと思って走ったというのに、奥の部屋ではもっと信じられない怪奇現象に見舞われていた。
奥の部屋の真ん中で、静香の良く知る大学生の岩泉は立ち尽くしていた。
そして同じように、ベランダの戸を開けて立っている中学時代のジャージ姿の岩泉、そして台所から現れたらしいスポーツドリンクを持った高校生時代の制服姿の岩泉、ベッドの上に腰掛けているラフな格好の岩泉と、それぞれが静止状態になっており、部屋の中の時は止まっているように錯覚させられた。
そしてそこに、静香の後を追って来たらしいパジャマ姿の岩泉と、小学生くらいの岩泉が集まり、更に密度は増していく。
一人暮らしの岩泉の部屋内で、6人の岩泉が出くわすという奇妙すぎる光景に、静香は驚きすぎて何も言えない。
ここで一体何が起きているのか理解出来ずにパニックになるのが現実的ではあるが、これは夢の中の話である。
そう無意識に理解していたからなのか、この異常事態の中、とりあえず全員奥の部屋に集まって会議を開くことになった。
この人数では部屋の真ん中にある小さいローテーブルを囲むように座れるはずもなく、とりあえず奥の部屋のいたるところに岩泉達は適当に腰掛ける。
あまり広く無い部屋に、図体の大きい岩泉が数人いるだけでも凄まじい威圧感である。
そんな威圧感を和らげるように、一番小柄な小学生くらいの岩泉だけが、ローテーブルの前にちょこんと座った。
そんな彼らに、とりあえずあるだけのコップを探し出し、静香はお茶を準備する。
岩泉が普段使っているカップに、自身のカップ、そしてお客さん用のコップにそれぞれ冷たいお茶を入れて運んだ静香ではあったが、何人かの岩泉が同時にひとつのカップに手を伸ばしたことで、静香はカップ選びを失敗したと痛感した。
ヤギの郵便屋さんがプリントされた黒いマグカップに手を伸ばしたのは、静香の良く知る大学生の岩泉と、おそらく自分たちよりも年上の岩泉二人である。
3人の岩泉達が伸ばした手が止まり、その間でバチリと何かが走ったような気がした。
そんな3人の様子を不思議そうに眺めながら、中学生の頃のジャージを着ている岩泉は適当にコップを二つ取り、座っている高校生岩泉と小学生岩泉に渡していた。
そういう気配りが中学の頃からできるのか…と感心している静香を他所に、3人の岩泉達は大人げなく喧嘩を始める。
「…これ、俺のなんだけど」
「いや、俺のだわ」
「俺のでもある」
たったひとつのカップを巡って火花を散らしはじめた岩泉達を眺めながら、静香はどうしたものかと慌てる。
3人の岩泉の言う事は、嘘ではない。
このマグカップを岩泉が使い始めたのは、高校を卒業してすぐの事だった。
だからこそ、それ以降の岩泉はこのマグカップが自身のものだと主張しているわけである。
一番年上であろう岩泉もマグカップの所有者であると主張している事から、どうやらこのカップを長年使い続けてくれているらしい。
ということは、静香もこの先ずっと岩泉と一緒に居られていることになるのではないか。
マグカップを譲る気がないらしい険悪な大人の岩泉3人が目の前にいるというのに、静香は垣間見えた未来に口元を緩める。
そう思うと、この喧嘩も愛おしい。
クスクスと笑い出した静香に気づき、冷戦状態の3人の岩泉は一斉に動きを止める。
「…何笑ってんだよ」
「…ふふ、何でもないよ」
この先も、岩泉は自分の事を好きでいてくれているらしい。
それが分かった静香は、機嫌良さげに黒いマグカップを手に取った。
それに「あっ」と零した3人の岩泉に気付かぬフリをして、静香は小学生の岩泉に話しかける。
「はじめ君、そのコップとこれ、交換してくれないかな?」
「…?、うん」
別にいいけど…と言った風に手に持ったコップを差し出す小学生の岩泉と、黒ヤギのプリントされたコップを交換する。
そうして静香の持つお盆に乗っているのは、静香の白いマグカップと、お客さん用のコップのみとなる。
流石に小学生の岩泉にマグカップが渡れば、この3人の岩泉は文句を言わないだろう、と思っての行動だった。
案の定3人の岩泉は文句を言わなかったものの、どちらかと言うと「そりゃないだろ」と言いたげな顔で静香を見ていた。
「…敵わねぇな」
そして、一番最初に諦めたような反応をみせたのは、一番年上であろう岩泉だった。
未だに紺色のパジャマ姿のままではあったが、この中で一番余裕のありそうなところが、彼の人生経験の多さを思わせる。
そうして3人の岩泉も渋々お茶の入ったコップを手に取り、全員の手元にお茶が行き渡った。
やっと話し合う準備が整い、ゴホンと咳払いをして一番始めに口を開いたのは、静香の良く知る大学生の岩泉だった。
「…で、お前の名前は?」
「岩泉一」
「…お前は?」
「…岩泉一」
「お前」
「岩泉一」
聞くまでもなく、この部屋にいる男は全て岩泉一であるらしい。
理解不能の状況ではあるものの、「そんなん見りゃ分かるだろ」「俺、将来こんなになるのか」「今何やってんの?」などと、岩泉同士の話題は尽きない。
特に、将来自分がどうなっているのか一番知っている年上の岩泉に視線が集中してしまうのも、しょうがない事である。
そうして話している内に発覚した事だが、一番年上の岩泉は、今年で30歳になるらしい。
30歳になった岩泉はこんな感じなのか…なんてまじまじと眺めながら、静香は無意識に、彼氏である大学生の岩泉と、高校生時代の岩泉の間に座った。
人が多く、座るスペースもなかなかにとれない部屋の中で、そこくらいしか空いたスペースが無かったというのもあるが、慣れ親しんだ岩泉の傍にいるのが落ち着くというのが本音である。
しかしそれを見た30歳の岩泉と、社会人一年目らしい23歳の岩泉は、もの言いたげに動きを止める。
「…なんでそこに座んだよ」
「えっ」
なんでと言われても…と返事に困った静香は、成人済みの岩泉二人が何故不満げにしているのか分からず、隣に座る岩泉に助けを求めるように視線を向ける。
そして助けを求められた大学生岩泉と言えば、静香が隣に座っているというちょっとした優越感に鼻を鳴らし、上がる口端をお茶を飲む事で隠す。
流石自分自身といったところか、成人二人の不満の原因を察してはいるが、静香にそれを教えるつもりはないらしい。
「ああ、なんか俺っぽいなコイツ…」などと、成人済みの岩泉は二人して同じ事を考えた、というのは余談である。
そんな密やかな駆け引きが行なわれている事に気付いていないのか、静香の隣に座る高校生の岩泉はこのタイミングで、先程からずっと抱えていたらしい疑問を口にした。
「なぁ、さっきから気になってたんだけど…なんで栗原がここに居るんだ?」
心底不思議そうにしている高校時代の制服を着ている岩泉は、コップを口につけたまま、静香にそろりと視線を向ける。
もしかしたら、この高校生の岩泉は、静香と付き合う前の岩泉なのかもしれない。
そんな可能性に思い至ったのは静香だけでは無く、隣に座る大学生の岩泉がゆっくりと口を開く。
「お前今、何歳だ?」
「17だけど…」
「なら、付き合う前だな。知らなくてもしょうがねぇよ」
付き合う、という言葉を耳にした高校生の岩泉は暫くポカンとした後、やや赤くなって「はっ!?」と声を上げた。
そしてチラリと隣に座る静香に視線を向けてから、更にその向こう側に座る大学生岩泉に話しかける。
「マジかよ…」
「マジだよ」
「……いつから付き合い始めるんだ?」
「高3年になって誕生日過ぎて、すぐくらいから」
それを聞いた高校生岩泉も、中学生の岩泉も、自分に「彼女ができる」という事実に衝撃を受けているようだった。
中学生岩泉の「へぇ…」という関心に近い反応に対し、高校生の岩泉は動揺が隠せないままに、静香と目を合わせる。
そうして暫く見つめ合った後、高校生の岩泉は無言でフイと視線を逸らした。
そして微妙に静香から距離を取るような動作をするものだから、静香は内心ショックを受ける。
もしかして、嫌なのだろうか。
密やかに落ち込んでいる静香に気付いて、隣に座る大学生の岩泉が口を開く。
「気にすんな、照れてるだけだろ」
そして、隣に座る大学生の岩泉はニヤリと笑って、数年前の自分に更に話しかける。
「すげぇ告白されるから、楽しみにしてろよ」
「ちょっと、はじめ…」
静香だって、自身のやってしまった公開告白には思うところがある。
それを少し面白がられるのは恥ずかしく、大学生岩泉を睨むものの、恋人は怯むどころか楽しそうに笑うばかりである。
しかし、そんな大学生の岩泉の不意を打つように、23歳の岩泉がおもむろに口を挟んだ。
「付き合うどころか、大学卒業したら同棲するぞ」
思わぬ発言に驚いたのは中学生以上、大学生以下の岩泉と、静香を含めた4人である。
「えっ…」と固まった4人を他所に、30歳の岩泉は「あーあ、バラした…」と言いながら軽く吹き出した。
「ど、同棲してるの…?」
「おー」
恐る恐るそう尋ねる静香の重ねての質問に、優しげに答えてくれる23歳の岩泉は非常に楽しそうである。
23歳にまるまで岩泉との関係が続いている事にもだが、同棲までしてしまっているという事実には正直口元の緩みを隠せない。
そうしてゴクリと息を飲んだ静香は、自身の両頬を引き締めるように手を添える。
大学を卒業してからすぐ、という割と近い未来に、静香はほんのりと赤くなる。
「嬉しい…」という思いににやけそうになるのを静香がなんとか我慢しているのを他所に、小学生岩泉が「どうせいって何?」と中学生岩泉に尋ねていた。
「本当、お前のそういう反応は何年たっても変わらねーな」
静香の相変わらずの反応に、23歳の岩泉は満足げな様子である。
そして23歳の岩泉はコップに口を付けながら、隣に座る30歳の岩泉に視線を向ける。
「で、30歳の俺は今どうしてるんだよ」
自身の認識の範囲以上の事を知っているであろう、未来の自分にそう尋ねる23歳の岩泉にも、幾分かの成人らしい余裕が伺える。
余裕というよりは、なんとなく分かっている、と言った方が正しいかもしれない。
23歳の岩泉は、30歳の岩泉がどんな生活をしているのか見当がついているという事なのだろうか。
そして再び周りの視線を集めることになった30歳の岩泉は、「うーん」唸りながら両手の指を組み、ベッドに座り直した。
「…これからの楽しみを奪うようになりそうだから、俺は何も言わねーよ」
「はぁ?ここまで来たんだから言えよ」
「勿体ぶんな」
「何パジャマで格好つけてんだよ」
「…ひでぇなお前ら」
年下の自分自身から辛辣な言葉を浴びせられ、30歳の岩泉の表情は若干引きつっている。
この光景が、まるで高校時代の岩泉と及川の会話の様子と重なり、静香は思わず笑いそうになってしまった。
きっとこんな事を言うと、ここにいる岩泉全員が嫌そうな顔を浮かべるだろう。
そう思って笑うのを堪えていたというのに、小学生の岩泉が「何で笑ってるの?」なんて目ざとく気付くものだから、静香は岩泉達の視線を集めてしまうことになった。
しまった、どう誤摩化そう…と考え始めた静香ではあったが、ここでふと冷静になって周りを見渡す。
隣には、当然ながら岩泉がいて、反対側にも岩泉がいて、更にその向こうにも岩泉がいるというこの状況。
それを今更ながらに実感して、静香はじわじわと羞恥に染まっていく。
「…どうした静香」
「いや…その…」
「何だよ」
「……好きな人に囲まれてるのが凄く恥ずかしいというか…」
ボソボソ、と静香がそんな事を言えば、高校生以上の岩泉達は全員固まり、中学生と小学生の岩泉はとりあえず場の流れを見守る。
そして気恥ずかしい無言の時間が数秒流れ、静香は居心地が悪過ぎておもむろに立ち上がった。
今まで良くこんな空間にいられたものだと、我ながらに思う。
「ごめん、ちょっと出かけて来る」
「いや、何でだよ…」
咄嗟に静香の手首を掴んだ大学生の岩泉も、戸惑い気味な様子の中に、少しの羞恥心を孕んでいた。
そうして静香と大学生の岩泉の会話の応酬を眺めていた一番年上の岩泉は、不意にニヤリと笑みを浮かべる。
「静香は俺達の中で、一人だけ選ぶなら誰がいい?」
「…え?」
「勿論、夫の俺を選んでくれるよな?」
夫、と口にした30歳の岩泉の発言に、静香はいよいよこんがらがってくる。
そして「何かを思いついた」とばかりに楽しげな30歳の岩泉の言葉に静香が戸惑っていると、それを察知した23歳の岩泉も、30歳の岩泉の発言に便乗する。
「静香、俺にしとけ。30歳の俺なんてもうおっさんだろ」
「……いや、俺だろ。この静香と一番付き合いが長いのは俺だ」
23歳の岩泉に続き、大学生の岩泉もこの話題に乗る。
どこからどう見ても、静香をからかって楽しんでいる状況である。
こういう少し意地悪なところは年をとっても変わらないんだなぁ…なんて思いながら、静香はなんとか言い返そうとした。
しかし、静香が口を開く前に、隣に座っている高校生の岩泉のほうが先に言葉を発した。
「栗原、俺もお前が好きなんだけど」
「…えっ」
隣に座っていた高校生の岩泉は先程まで制服姿だったはずなのに、いつの間にか高校時代のジャージ姿になって、ポンと静香の頭の上に手を乗せる。
高校時代、静香の告白に答えてくれた岩泉と全く同じ発言をする目の前の男に、静香は軽く目眩がした。
何これ、何これ、何だこれ!
静香がぐるぐると混乱している間に、部屋の中にいる岩泉達が一斉に静香を口説きにかかってくる。
「お前も綺麗だよ」
「好みじゃねぇわけねーだろ」
「好き、好き、好き、好き……好きだ」
「…お前も、いい嫁さんになるな」
「お前と一緒なら、どこでもいい」
過去に聞いた事のある、岩泉からの言葉の数々が並び、静香はついに途中で頭を抱えた。
嬉しいのに死んでしまいそうなこの感覚には慣れているはずなのに、いつも心はしんどいばかりである。
ご丁寧に、この部屋の中に居る岩泉は、その口説き文句に合わせてくるくると姿を変えていく。
タキシード姿で、高校時代の制服のブレザーを脱いだ姿で、クリスマスデートをした時の格好で、岩泉の家に遊びに行った時のラフな格好で、そしてこの旅行での格好で。
まるでその時の映像を静香に思い出させるかのように、岩泉は当時の状況を再現していく。
そんなものを追い打ちをかけるように見せられた静香は、お願いだからもうやめて、と半ば涙目になる。
そして、そんな静香の肩を叩き、大学生の岩泉が優しく笑う。
何故か高校の時に演じた騎士の格好の岩泉は、仰々しく片膝をついて静香の手をとる。
「誕生日おめでとう。愛してる」
そんな事、過去に岩泉に言われた事があっただろうか。
それに私、今日誕生日じゃないよ…なんて、もはや静香に言う気力もなかった。
そして唐突に、目が覚めた。
先程まで、夢の中で何やら苦しんだのは覚えているのだが、内容まではハッキリと思い出せない。
しかし、なんだかとても贅沢な夢を見ていた気がする。
ぼんやりと薄目を開けてから天井を眺め、ゆっくりと隣で寝息を立てている岩泉の方に寝返りをうつ。
2日連続で静香の方が目が覚めるのが早い、というのは中々に珍しいことである。
一緒に布団に入ったら、大体岩泉の方が先に起きだして朝の支度をしていたり、じっと静香が目覚めるのを待っていたりするのが、今回の旅行中にはそれが一切無かった。
スー…と静かな寝息をたてている岩泉の顔を眺めながら、静香はここでふと重要な事を思い出した。
再度、眠っている岩泉が起きだしそうにないのを確認し、静香はしめしめと笑う。
そしてゆっくりと布団から上半身だけ抜け出し、手近に置いてある自身のショルダーバッグに手を入れる。
ゴソゴソと中を漁り、静香は小さめの紙の包みを取り出した。
実は昨日、一緒に回ったお店で見かけた揃いのブレスレットを、静香はこっそりと購入していた。
レザー製で落ち着いた印象のあるものだから、岩泉でもきっと身につけやすいだろう。
そう思って岩泉にプレゼントしようとカバンの中に忍ばせていたのだが、いつ渡そうかとタイミングを図りかねていたのだ。
寝ている間に、ブレスレットが腕につけられていたら岩泉も驚くだろう。
ちょっとしたサプライズになるのではないのかとニヤニヤしながら、パッケージが中々に洒落ているそれの中身を取りだそうとしたところで、静香は自身の左手首に何かがひっかかっている事に気付いた。
細身の薄桃色レザーに、銀色のシンプルなチャームのついたそれは、どこからどう見てもブレスレットである。
静香がこれを購入した事も、見知らぬこれを腕につけた記憶もない。
ということは、これを静香の腕につけた人は一人しかいない。
眠っている岩泉の方にそろりと振り返り、布団をそろりと捲って岩泉の手首を確認すると、静香が今腕につけているものと色違いのブレスレットがしっかりと巻かれていた。
その事実に口元をもにょもにょとさせた静香は、岩泉に渡すつもりだったプレゼントを片手に、眠っている岩泉の上にぺたりと乗りかかった。
長い間一緒にいたせいなのだろうか。
同じようなサプライズを考えている何て、私たちはお似合いのカップルじゃないか…、なんて。
未だ下着もつけていない自身の肌をむにりと押し付けるようにして、そのままじっと動かずに身を寄せる。
その重みに流石に気付いたらしい岩泉は、起床したばかりでぼんやりとした様子のまま、乗りかかっている静香の背中に片手を添えた。
「…はよ、どうした…?」
「…どうしたって…はじめがそれ言う?」
「……あぁ、そっか」
スルリと静香の背中を撫でながら、岩泉は自身のもう片方の手首につけたブレスレットを揺らした。
「…昨日お前、店でこれ見てただろ」
「うん」
「…なんか揃いのやつが欲しいんだろうなーと思って、買った」
どうやら岩泉は、静香が吟味していたのをばっちりと把握していたらしい。
さり気なく目星をつけていたつもりだったのに、岩泉の観察力というものは恐ろしい。
いや、この場合、静香が分かりやすかったというのもあるのだろう。
普段はわりと鈍いのにな…なんて心の内でぼやきながら、静香も正直に白状する。
「…ありがとう。でも、実は私もブレスレット買ちゃってて…デザインはちょっと違うけど…」
「知ってるよ」
「……えっ」
知っていて買った、という岩泉に、静香は身じろいで顔を上げる。
そんな静香の様子を眺めながら、岩泉は静香の手首に手を滑らせる。
「幸運のおまもりにもなるんだろ、これ。二本つけときゃ、もっといいことありそうだろ」
確かに、このレザーのブレスレットにはお店でそんな謳い文句がつけられていた。
輪をかけて幸せになれますよ、なんて言っていた店員さんの言葉を思い出す。
しかし、2本つければより幸せになれるなんて言う岩泉の単純な意見に、静香は思わず吹き出した。
同時に、岩泉らしい言葉だなとも思った。
「…だからかな、凄く幸せな夢を見てた気がする」
「へぇ…どんな?」
「それが…覚えてないんだよね…」
幸せで苦しいくらい、贅沢な夢だった気がする。
何故、夢を見た事は覚えているのに、内容をはっきりと覚えていられないのだろう。
勿体ない事をしたなぁ…なんて言いながら、静香はそっと岩泉の上から退いた。
いつかまた同じ夢を見たいなぁ…なんて考えている静香を他所に、岩泉はゆっくりと上半身を起こし、静香を組み敷くように片手を布団についた。
岩泉のたくましい上半身を目にするのが未だに恥ずかしく、直視できずに視線をそらした静香に、岩泉は軽く口づけを落とす。
「…静香は俺を、選んでくれるよな?」
「…え、何…?」
「…何でもねーよ」
そういや、もうすぐお前の誕生日だな。
そう言って笑う騎士の真意になんて、この時の静香は気付けるはずもなかった。
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