ういの雨宿

「げ…、雨だ」

顔に落ちた雫に素早く反応した岩泉の言葉を聞いて、静香は空を見上げた。
ぽつりぽつりと落ちて来る雫はどんどんと激しさを増していき、瞬く間に小雨から豪雨へと変貌する。

「うわ、びしょびしょ…」

髪が随分を含んで額にはりつき、折角整えてきた髪型も崩れてしまった。
あーあ、と内心でため息をつきつつ、静香は肩にかけていたカバンを漁る。
タイミングの良いことに、丁度今日待ち合わせ場所の駅前の店でタオルを買っていたのだ。
ただ単にプリントされている柄が珍しく、気に入った事もあり購入しただけだったのだが、濡れ鼠の岩泉と自分の今の状況には最適なものだろう。

いかにも女物の新品のタオルを引っ張りだすと同時に、静香頭にふわりと柔らかい感触のものがかぶせられた。
それが岩泉のタオルだと理解した瞬間、岩泉はタオルごと静香の頭に手を添え、わしゃわしゃと水分を拭き取りはじめた。

「ちょ、岩泉!」
「ふいとけ、風邪ひくぞ」

岩泉はやや乱暴な手つきで静香の髪にまとわりつく水分を取り除き、納得がいった辺りで一度静香の頭にかぶせたタオルを外した。
わりと手荒に静香の頭を掻きなでた岩泉は、髪をぐしゃぐしゃにされたせいで不満そうな顔をしている静香に気づいて首を傾げた。
頭をふいてくれたことは嬉しいのだが、岩泉とのデートの為にしっかりと整えてきた髪を崩されて静香は複雑な心境である。
そんな静香の様子を眺めて数秒、岩泉はハッとして口を開いた。

「悪い、痛かったか?」
「……いや、そういうわけではないんだけど」

申し訳なさそうな表情の岩泉の発言を否定しつつ、静香はふぅと息を吐いて岩泉の頭に自身タオルをかぶせた。
女物のポップな柄のタオルをかけられ驚いた様子の岩泉を認めて、静香は手を伸ばして岩泉の頭をわしゃわしゃと撫でる。
お返しだ、とばかりに笑ってみせると岩泉はやっと静香が先程何とも言えない顔をしていた理由に気づいたらしい。

「ああ…髪ぐちゃぐちゃだな、お前」
「そういう岩泉は、あんまりぐちゃぐちゃにならないね」

岩泉の髪は短い上に芯が通っているために、髪同士がからみつくこともない。
ふだんのツンツンとした髪がしんなりとしたくらいで特に変化も見られず、静香は少し悔しく思う。
ぐしゃぐしゃにならない岩泉の髪質に不満を漏らすと、岩泉はおかしそうに笑った。
岩泉の頭に手を伸ばしている静香に合わせて身をかがめ、さり気ない動作で絡まる静香の髪を整える。

先程の乱暴な手つきとはうってかわり、優しく丁寧に静香の髪を撫で付けるものだから、静香はなんとなく気恥ずかしい気持ちに襲われる。

「だいぶ絡まっちまったな…。大丈夫かこれ」
「大丈夫だよ、お風呂に入れば直ると思う」

岩泉が身を屈めているせいで、顔と顔との距離が近い。
今このまま目があってしまえばキスできるんじゃないか。
そんなことを考えていたせいか、岩泉の視線が静香の髪から静香の顔へと向けられる。

パタリ、と短い前髪の毛先についていた雫が地面に落ちる様を眺めながら、静香は岩泉とはじめてキスをした時の事を思い出した。
バレー部の友達と沢に泳ぎに行った先、水を滴らせながら合わせた唇の感触を思い出し、頬を赤らめる。
ふい、と視線をそらした静香の恥ずかしそうな様子に気づき、岩泉はニィと口端を上げる。

「どうした、静香」
「……なんでもないです」
「へぇ?」

本当かよ、なんて楽しそうに笑う岩泉は、静香の頬に手を滑らせる。
ひんやりと冷えた手に思わず肩をはねさせると、岩泉はフッと笑って静香の唇に自身のそれを重ねた。
久しぶりにキスをしたなぁ、なんてぼんやりと考えながら、目をとじて岩泉の腕に手を添える。

雨が降る中、路地の空き家の屋根の下というふたりきりの世界は、静寂に包まれている。
はぁ、と控えめに吐かれる吐息だけが聴覚を支配し、頭の中がくらくらと揺れる。
人通りの少ない薄暗い場所でこんなことをしていると自覚すると、今のこの状況に酔ってしまいそうだ。

「なんか変な気分になるな…これ」

静香が思っていても口に出せない事を、岩泉はあっさりと投下する。
岩泉の頭にかかっている可愛いタオルと、その下にある色っぽい雰囲気の岩泉の顔に妙なギャップを感じつつ、静香はこくりと頷いた。
静香が同意を示した事に驚いたらしく、岩泉は目をやや見開いてから視線をそらし、静香の頬に添えていた手を離した。

「雨、やまねーな」

熱を持った空気に気づかないふりをして、岩泉は誤摩化すように外に視線を向けた。
頭にかぶせていたタオルを首にかけ、うっすらと照れをかくしているところが分かって静香はこっそりと笑った。

back
ALICE+