恋はいつだって突然
恋多き女、だとは思わないが、それなりに交際の経験はあるつもりだ。
同時に別れた経験も少なくないのだが、そんな後ろ向きな事は考えず、次の恋との出会い探すのがワタシのいいところだと思っている。
そんなワタシではあるが、高校時代は県内一番のテニスの名門校に通っており、大会でもそれなりの成績を残していた。
その結果、推薦入試でこの大学にするりと合格を決めた。
ワタシの所属するスポーツ科学科は、当然ながら運動に自信のある人間が多く集まっている。
スポーツをしている男の子はいつだってかっこ良く見えるし、入学して早々に「あの人となら付き合ってもいいかもしれない」などと男を吟味し、色恋のことばかり考えていた。
大学入学という新しい環境との出会い、同時に運命の相手とだって出会ってもいいじゃないか。
そんな下心を持ち合わせながら、新入生歓迎会で何人かの男子に目を付けていた。
しかし、現実はそんなものを軽く吹き飛ばしてしまう程に、呆気ないものだった。
ある講義でのグループワーク。
メンバーで集まり、課題のテーマについて下調べをしようと、図書館へ向かうことになった。
その移動の道中、階段を下りていたワタシは途中で階段を踏み外した。
グワリと下がる視界に手すりを掴むも、体勢を上手く立て直すことができず、重力に従って体は前のめりに傾く。
こんな日にヒールなんて履いてくるんじゃなかった!と後悔しても全てが遅く、ぎゅっと目を閉じた瞬間、後方からグイと腕を引かれた。
「あっぶねー…大丈夫か?」
ワタシの腕を掴み、寸でのところで転倒を回避させてくれたのは、眼中にも無かった『岩泉一』という男だった。
今回のグループワークで話をしたのも初めてであったし、何よりぶっきらぼうそうな雰囲気の彼には苦手意識があった。
しかし、階段から転がり落ちるところだったワタシを助けてくれた時、岩泉と目が合った瞬間、思わずときめいてしまったのが運の尽きだった。
恋はいつだって突然、はじまりを迎えるのだ。
その日から、岩泉一という男を非常に意識するようになった。
バレーの強豪、青葉城西の出身らしく、大学でも継続してバレー部に所属していた。
同じ学科のバレー部の面々と一緒にいることが多く、休み時間に友人達と時々バカっぽい事をやっている時もあった。
少し子供っぽいかとも思ったのだが、あの精悍な風貌、そして男らしい性格を知ってからは、逆にそれも魅力に思えるようになった。
そうしてどんどんと彼の事を知って行くたび、ずるずると惹きこまれてしまい、気がつけば岩泉の事が好きになっていた。
岩泉に、彼女はいるのだろうか。
最近のワタシの悩みはそれで、いつ聞き出そうかとタイミングを図っていた。
グループワークでテーマについて話し合う傍ら、ちらりと彼の様子を眺めては、真面目そうに資料に視線を落としている様を眺める。
あまり勉強は得意でないのか、岩泉はいつもむっつりと口をへの字に曲げている。
最初のうちはただ単に機嫌が悪そうにしか見えなかったそれも、回数を減る毎に可愛らしく見えるから不思議なものだ。
この男の一体何処に、可愛い要素があるというのか…と自分でも甚だ疑問である。
そんな事をぼんやりと考えていると、岩泉は不意に視線を上げ、その鋭い目をこちらに向けた。
しまった、長く見すぎてしまった!と、慌てて視線を逸らすも、流石に岩泉は誤摩化せなかった。
「何さっきからニヤニヤしてんだよ…」
「い、いや…岩泉さっきから進んでないなぁと思って…」
いぶかしげな表情でこちらを見る岩泉の質問を、適当に誤摩化す。
「ほっとけ」と苦笑いをした岩泉は、あまり納得のいかないような表情をしていたが、それ以上追及してくる事も無かった。
それにホッとしたような残念なような、複雑な思いを抱きながら、ワタシも資料に目を落とした。
「ねぇ、この辺にオススメのお店あるんだけど、皆で寄っていかない?」
グループワークの後、そう提案したのは、グループリーダーである女友達だった。
ちゃきちゃきとした彼女は男子にも女子にも友達が多く、こうして気軽に声をかけては、友好を深めるきっかけを与えてくれる。
心の中で彼女に親指を立てつつ、「行く!」と返事をしてから、ちらりと岩泉を盗み見る。
ワタシ達のグループは、男女各3人の6人で構成されているのだが、そのうちの4人が既に「行く」と答えた。
この流れならば、岩泉も一緒に来てくれるのではないか。
そんな期待を胸に、岩泉の返答を待つ。
「だってよ、岩泉どうする?」
「あー…皆行くんなら、俺も行くわ」
大して悩んだ様子もなく、岩泉がイエスと答えたことを確認し、ひそかにガッツポースをする。
他のメンバーはいるが、こうして校外で岩泉と遊びに行くという機会に恵まれ、舞い上がらずにはいられない。
階段での一件以来、岩泉にはそれなりに話しかけているのだが、岩泉がこちらを意識してくれている様子がない。
どう攻略したものかと考えあぐねていたのだが、今回のこの機会は、岩泉と親しくなるチャンスである。
彼女がいるのか聞き出して、あわよくば岩泉の連絡先を聞き出してお近づきになりたい。
そうしてメンバー6人でやって来たのは、お洒落なカフェだった。
「雰囲気いいね〜」
「でしょう?ここ、味もいいんだよ」
そう言うリーダーの発言を耳にし、ここぞとばかりに岩泉に話しかける。
「美味しいんだって。楽しみだね、岩泉」
「…おぉ」
お店の看板と建物に目を向けている岩泉は、何故かそわそわとしており、返事もどこか歯切れが悪い。
もしかして、お洒落なカフェだと落ち着かないのだろうか。
「ここ、ボリュームのあるサンドイッチで有名で、人気のあるお店なの。でもこの時間帯は人が少ないから、穴場なんだよ〜」
そう言うリーダーの女友達に先導され、6人でぞろぞろと店内に入る。
広くもなければ狭くもない、といった空間ではあるが、店内の雰囲気は落ち着いていて非常に良い。
そんなお店の中で「いらっしゃいませ」と出迎えてくれたのは、同い年くらいの女の店員さんだった。
お客さんを迎える挨拶が少しぎこちないような気がして店員さんを見れば、名札に『研修中』と書かれたプレートをつけていた。
どうやら、最近ここで働き始めた人らしい。
そんな店員さんのあまり慣れていない案内の元、まずはショーケースの中のサンドを選び、その後に飲み物等を注文する流れとなった。
カフェに通い慣れた女組は、特に悩む事もなく早々に食べ物等を決めて席に着く。
男組はこのような空間にはあまり慣れていないのか、横文字で書かれたサンドの名前を店員さんに伝えるのにも苦労をしているようだった。
「高校時代、部活に打ち込みすぎて彼女とかいなかったクチだろうね、あの3人」
「うん、それっぽい」
彼女でもいたら、こういうお店にも慣れているだろう。
注文を終えた男3人が席にやって来る前に、女3人でそんなことをひそひそと話す。
それについては、ワタシもひそかに思っていたことではあったので、友人の意見を聞いてほっとする。
入学してからという短い期間ではあったが、これまでの付き合いから、岩泉に女の影は見られない。
それがより確信に近づいた気がして、少し鼻歌でも歌いたい気分になった。
そうこうしているうちに、男2人が注文を済ませてこちらにやって来た、
「メニューの名前見ても、どんなやつか分かんねー」と言いながら席につく一人に、「彼女いる?」と訪ねると「募集中」と真顔で返された。
案の定である。
岩泉は未だに悩んでいるのか、サンドの並ぶショーケースの前で、腕を組んでいた。
「うーん」と唸っている岩泉を見かねて、一緒にメニューを選ぼうかとワタシが立ち上がった時だった。
「今日のお勧めはこちらなんですけど、いかがでしょうか」
ニコリと笑う女の店員さんに話しかけられ、岩泉は少し驚いた様子で顔を上げた。
そして岩泉は、店員さんと目を合わせてすぐにフッと口元を緩めてから「じゃあ、それで」とショーケースの中のサンドを指差した。
「かしこまりました」と注文をとった店員さんの言葉を聞き、こちらの席にやって来た岩泉は、席を立ちかけているワタシを見て首を傾げた。
「何してんだ?」
「……いや、なんでもない」
すとん、とイスに腰掛けてから、正面の席に座った岩泉の方にちらりと視線を向ける。
先程岩泉がサンドを注文した時のような、あんな穏やか笑みをはじめて見た。
運動をしている最中に浮かべる生き生きとした笑顔ではなく、慈愛に満ちたような表情だった。
岩泉も、あんな風に笑う事があるんだ…と感慨深く思いながらも、あの笑みを真正面から見たいと思った。
あの鋭く射抜くような目が柔らかく細められる瞬間、それを自身に向けられたならば、文字通り射抜かれてしまうだろう。
…ああ、やっぱりワタシは、この男の事が好きらしい。
運ばれて来たサンドを口に含みながらも、ワタシの心の中は岩泉一でいっぱいだった。
そして、時間は流れ、グループワーク最終日。
無事にグループ発表を終えて、最後に「またあのお店に行こう」という話しになった。
あのカフェのサンドイッチもコーヒーも美味しかったから、ワタシとしても何の文句もない提案だ。
更に岩泉も行くというのだから、両手を上げて喜びたい気分である。
今回のグループワークはこれで終わってしまうため、岩泉と気兼ねなく話せる『理由』がつけられるのも、今回で最後となる。
勿論、これからもっと仲を深めたい思いはあるのだが、思いのほかに硬派な岩泉に、ワタシは随分と苦戦を強いられていた。
更に言ってしまえば、前にカフェに来た時に見た、岩泉のあの穏やかな笑みを拝めずにいることが非常に悔しい。
今回こそは…!という気合いを胸に、今日もなんとか岩泉の正面の席を陣取り、優雅にコーヒーを口に含む。
今日はカフェの店主も受付をしており、前回訪れた時に接客をしてくれた女店員さんもお店にいた。
胸元の名札プレートからは研修中の文字が無くなっており、ワタシ達のところに食べ物を運んで来る姿も様になっていた。
それに時の流れの速さを感じていると、奥の方の席にいた客が大きな声を上げた。
「すみませ〜ん」
店内には、ワタシ達の他にもう1組のお客さんがいた。
落ち着いた店の雰囲気にはあまり合わない、ヘラヘラとした男5人組の客は、カウンターの奥にいる店員さんに声をかける。
「おねーさん、俺のコーヒーまだ?」
「すみません、すぐにお持ちします…!」
「え〜?早くしてよ?」
せっせとコーヒーの準備をしているバイトの女の子を急かし、奥に座る男のグループはけらけらと笑っている。
感じ悪いなぁ…と眉を潜めると、同じグループの友人達も思うことは一緒らしい。
皆なんともいえない表情で男グループに視線を向けてから、目の前のカップを手に取る。
岩泉に至っては、不快そうな表情で男集団にちらりと視線を向けていた。
岩泉ってこういうの嫌いそうだよなぁ…と思いながらも、ワタシも少しだけコーヒーを飲む。
「お待たせ致しました」
「もー、遅いって」
急いでコーヒーを運んで行った店員さんは、少しだけ表情が硬い。
ニヤニヤと笑っている男集団というプレッシャーに腰がひけているのだろう。
こんな落ち着いたお店にやってくる客層ではないから、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。
こんな時に限って、受付をしていた男の店主は、奥のキッチンにひっこんでしまっている。
緊張した様子でテーブルにコーヒーを置いていく女店員さんの様子をハラハラと見守っていると、彼女の近くに座っていた男が不意に手を伸ばした。
「あ」と思ったのもつかの間、彼女は手首をぐっと掴まれて、テーブルに前のめりに倒れ込みそうになった。
ガタン、と鈍い音が響いたものの、女店員さんは片手をついてなんとか持ちこたえ、テーブルの上をひっくり返さずに済んだ。
彼女は呆気にとられたままそろりと視線を上げて、腕を掴んだ客に視線を向ける。
「おねーさん、この辺の人?俺達、今日ここに遊びに来たんだよね。よかったらこの後案内してよ」
「…申し訳ありません、お店の事がありますので」
「仕事の後でいいよ、何時に終わるの?」
俺達待ってるよ?なんて下品に笑う男に、バイトの彼女は表情をやや歪める。
あきらかに彼女の顔色が悪い事を察しているくせに、男集団は楽しそうに笑っているだけである。
「で、予定は大丈夫?」なんて調子に乗って声をかけられ、彼女は答えあぐねていた。
緊張感の漂い始めた空気を察し、「これはまずい」とカウンターの奥のドアに視線を向ける。
ドアの向こうでは店主がサンドを作っているはずだ。
店主になんとか声をかけて、あの店員さんを助けて貰おう。
そう思ってワタシが立ち上がろうとした時、不意に正面から殺気のようなものを感じた。
「おい」
低く鋭い声を発したのは、岩泉だった。
席についたまま、笑っている男集団を睨む岩泉の表情は、静かな怒りを讃えている。
「嫌がってんのが見て分かんねぇのか」
「はぁ?…なんだお前」
バイトの女の子の腕を掴んだまま、一人の男が舌打をして立ち上がる。
喧嘩腰にこちらにガンを飛ばす男を睨みつつ、岩泉もゆっくりと席を立った。
バレー部の男子達の中に紛れるとあまり目立たない岩泉ではあるが、その身長は平均男性のそれを悠に越える。
ゆらりと立ち上がった岩泉の背の高さとガタイの良さに、先程までへらへらとしていた男の表情が強張る。
そうでなくても目つきが鋭い岩泉に見下ろされるように睨まれると、迫力は相当なものだ。
「店の人にも、周りの客にも迷惑だ」
遠回しに「出て行け」と言っている岩泉に呆気にとられていたその男は、楽しくなさそうに口を引きつらせる。
自分たちに文句をつける輩には、最悪、力技でねじ伏せてやろうとでも思ったのだろうが、岩泉の放つ雰囲気で「敵わない」と察したようだった。
「…んだよ、正義のヒーロー気取りかよ…」
「なんでもいいから、その手を離せ」
岩泉の刺すような声色に、相手の男は歪んだような笑みを浮かべる。
「は、何お前…この子の事好きなの?」
力では敵わないと察して、今度は情けなくも言葉で攻撃をすることにしたらしい。
そんなしょうもないことしか言えないのかこの男は…とワタシたちが呆れている中、岩泉だけは微動だにせず、まっすぐにその男を見ていた。
そうして何の迷いも無く、その返答を口にした。
「そうだ」
同じテーブルに座っていた友達も、相手の男達も、岩泉のその発言にポカンとし、バイトの女の子は目を見開いた。
一瞬の静寂が店内を包み硬直する空気の中、タイミングの悪い事に、店主が何も知らずに奥の部屋から出て来た。
「パン焼き上がりました〜」と声をかけようとして、店内のピリリとした空気を感じ取り、店主はパンの乗ったトレー片手にぴたりと止まる。
そんな店主も、岩泉も、友達をもよそに、ワタシはこの場で全く別の事を考えていた。
撃ち抜かれた、という表現がぴったりかもしれない。
絡まれている店員さんを助けるために、「彼女の事が好きだ」と言った岩泉に、ワタシが惚れ直してしまった。
なんて男だ。
正面に座って聞いていただけのワタシがこの調子では、バイトの女の子まで岩泉の事が好きになってしまうじゃないか。
一瞬にしてそんな心配まで駆け巡らせてしまったワタシを置いて、彼らの睨み合いは終息へと向かう。
「何だよお前…気持ち悪いな…」
「おー、それでいいからさっさと離せ」
「二度も言わせんな」と言葉を続けた岩泉は、全く笑っていなかった。
なんの揺らぎもなく、突き刺すような目で睨む岩泉の雰囲気に怖じ気づいたのか、男は渋々店員さんから手を離した。
手を解放され、密やかにほっとため息をついた彼女は、男集団のテーブルからじわじわと距離をとる。
岩泉と対峙した男が、仲間にアイコンタクトで合図を送り、他の4人は面白く無さそうに次々に席を立つ。
そうして、出入り口から出て行こうとする彼らから視線を逸らさない岩泉につられて、男友達2人も席を立ち、無言で彼らを警戒する。
皆スポーツが得意なために、その辺の男よりはしっかりときたえている男ばかりなので、彼らの行動は威嚇としての効果を存分に発揮した。
店から出ていく間際、近場のドアや看板を蹴られたりしないかひやりとしたが、男集団は舌打をしたものの、大人しくこの場を去って行った。
彼らが店を出て行き、ガラス戸越しに彼らが見えなくなるまで様子を伺ってから、店内の空気はやっと緩む。
「あ〜…びっくりした…」
気の抜けたような声を上げ、男友達がパンと岩泉の背中を叩く。
言外に「よくやった」と言う男友達に賛辞の言葉をかけられた岩泉であったが、本人は無言のまま、女店員さんの方に歩いて行く。
掴まれた腕を摩っていた彼女も、岩泉が近寄って来た事に気づいて顔をあげる。
どちらかと言えば、岩泉は女心の分からない男だと思っていたのだが、絡まれていた女の子への気遣いはできるらしい。
不謹慎ではあるが、今だけは、岩泉に心配して貰える彼女が羨ましい。
そんな浮ついた事を呑気に考えていたワタシではあったのだが、それは次の瞬間、思わぬしっぺ返しを食らうことになる。
「大丈夫か、静香」
静香。
そう言って岩泉は、女店員さんに声をかけた。
その瞬間、ワタシの中で密やかに積み上がったものの土台にひびが入る音がした。
「大丈夫だよ」
静香と呼ばれた女の子は、岩泉を安心させるように笑いかけてから、握られた手を振って見せた。
手首に外傷は無いが、握られたであろう場所が微かに赤くなっている。
それに少し眉根を寄せた岩泉に、静香さんは「全然痛くないよ、本当に!」と言って慌て始めた。
「迷惑かけてごめん…。でも、助けてくれてありがとう」
「…お前は何も悪くねーだろ」
はぁ…と岩泉が安堵の息を吐いたタイミングで、カウンターの向こう側にいた店主が「何事だい…?」とやっと声を発した。
その声に岩泉は振り返り、店主に先程あったことを説明し、勝手に客を追い出してしまったことを謝罪した。
その誠実さには感心したが、岩泉がそうする全ての理由が「静香さん」に向かっているのだと思うと、ワタシは呆然とする他無かった。
岩泉の話しを聞き終えた店主は、自身がこの場に居なかったことを謝罪した後、岩泉が客を追い出したことをとがめる事無く、感謝の言葉を述べた。
「雇い主としてお礼を言わせてくれ。栗原さんを助けてくれてありがとう」
そうして店主は、静香さんに「フォローできなくてごめんね」と謝ってから、「何ともなくて良かった」と彼女の無事に安堵していた。
そうして岩泉と静香さんをを見比べてから、店主はフフンと口元を緩めて、静香さんに視線を向ける。
「栗原さんが言ってた通り、凄くカッコ良くて頼りになる、優しい彼氏だね」
ニコニコと店主がそう言うと、途端に静香さんはぶわりと赤くなって硬直した。
きっと、店主に自身の『恋人』のことを、そんなふうに話していたのだろう。
本人の目の前でそんなことを暴露されては、赤面するのも無理は無い。
あのぶっきらぼうな岩泉が、若干照れくさげに視線を泳がせた。
その満更でも無さそうな様子に気づき、もはや何の逃げ道も無いのだとワタシは思い知る。
「おい、岩泉…彼女がいるなんて聞いてねーぞ」
「つーか、何でこの前店に来た時に、あの子が彼女だって教えてくれなかったんだよ」
「……こうなるからだよ」
岩泉の腕を掴み、「彼女」について追及する男友達に、岩泉はげんなりとしている。
「ちょっと来いお前、俺達とゆっくり話しをしよう」
そうして質問攻めに合う岩泉を視界に入れながら、ワタシは妙に冷静に過去の記憶を遡っていた。
岩泉とはじめてこのお店に来た時、妙にそわそわとしていたのは、彼女のバイト先がここだと知っていたから。
岩泉が注文を迷っている時、柔らかく笑ったのは、バイトの彼女がオススメのメニューを教えてくれたから。
そして先程の男集団の一人の苦し紛れな「お前この子の事好きなの?」という発言に対する応えは、まぎれもない事実だったのだ。
鮮明になる視界。点と点が繋がり、浮かび上がる明確な真実の衝撃は並ではなかった。
やや放心状態になっているワタシの肩を、隣に座る友達がぽんぽんと優しく叩いてくれた。
きっと、ワタシが岩泉に気がある事を察していたのだろう。
そんな事を話してもいないのに分かってくれる人もいるというのに、アタックされている岩泉が全く気づいてくれないというのは、なんて皮肉だろう。
そうして、岩泉にワタシの想いを伝える前に、積み上げたものがガラガラと崩れ落ちていく。
…ああ、いつもこうだ。
ワタシの恋はいつだって突然、こうして終わりを迎えるのだ。
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