及川、発見する

 ゴールデンウィーク。
 及川が連休を使い、早速宮城に帰って来ていた。
 既に実家のある地元が恋しいのか、帰ってくる数日前に「一日俺に付き合ってよ!」と連絡をしてきた。
 及川の指定した日は自分も予定が空いていたため、まぁいいかととりあえずオーケーを出した。
 及川は久しぶりに帰ってきたらどこに行きたいだの、あそこがいいだのペラペラと喋っていたが、そのどれもが高校時代に良く行っていた場所だった。
 まだ高校を卒業して二ヶ月くらいしか経っていないのに「懐かしいなぁ」なんて及川は言っていた。
 岩泉としては大して懐かしくも思わないのだが、やはり自分が長年住んでいた場所を離れるとよりそう思うのだろうか。
 

 そして当日、及川と待ち合わせ場所で落ち合った。
 及川に会ったのは二ヶ月ぶりだったが、当然ながらこんな短期間では及川の様子には大した変化は見られない。
 しかし「久しぶり岩ちゃん!」と言う奴の声を直接耳にすると、成る程、少し懐かしいかもしれない。
 しかし、気になるのは及川が両手いっぱいにかかえた紙袋である。
 これから母校に顔を出しに行くというのに、そんな荷物が必要なのかと思ったが、どうやらそのほとんどが土産の品らしい。
 それを半分持たされる事になった岩泉は少しげんなりとしたが、紙袋の中に入っていた土産の数々を見ていると、自然と毒気は抜かれていった。
 そうして二人して東京土産を抱え、青葉城西に久しぶりに顔を出した。
 高校三年時の担任に会ったり、バレー部に顔を出して少しだけ練習に混じったりしてから、部活の終わる時間に合わせて及川と母校を出た。
 時間は昼時。
 腹も減ったし、ラーメンでも食いに行くかと提案したら、及川は岩泉の家に行きたいと言い出した。
 そしてその流れの関係で、二人は岩泉の家で昼ご飯を食べることになった。
 「岩ちゃんの手料理楽しみだな〜」と言う隣のこの男が、自身の彼女だったらもうちょっとやる気が出るというのに……などと思いながら、岩泉は及川を連れて自分の家に帰ってきた。
 当然だが、一人暮らしをしている岩泉の家に及川を迎えたのははじめてである。

「岩ちゃんの家質素だね」
「あんま拘らねーからな」

 とりあえず生活ができればそれでいい。
 そんな岩泉の部屋ではあるが、この空間に花を添えてくれるのはいつも静香である。
 遊びに来る時に、ちょっとした小物を持って来ては岩泉の部屋に飾り付けていくから、こんな質素な部屋でも所々に可愛らしいものが垣間見える。

「あっ…この人形、ちゃんと持って来てるんだね」
「あ?」
「ヤギの郵便屋さんの人形。栗原ちゃんに貰ったんでしょ?」
「あぁ……」

 部屋の真ん中に置いたローテーブルの前に座った及川は、テレビの傍の棚に置いたパペット人形を見ながらニヤニヤと笑う。

「栗原ちゃんとは順調?」
「まーな」

 順調だからそれが置いてあるんだろ、と付け足してから、岩泉は台所の冷蔵庫を開けて食材を探し出す。
 ごちそうしてくれと言うから昼飯くらいは作るつもりではあるが、そんな手の込んだものは更々作る気はない。
 小さめの人参とタマネギ、ついでにウインナーと卵を取り出してから炊飯器の中を確認する。
 米もそこそこあるので、チャーハンを作ることに決めた岩泉は、そのままさっさと調理にとりかかる。
 岩泉が昼ご飯の準備をしている間、及川はのんびりと岩泉の部屋の物色をしていた。

「このペン立て、岩ちゃんにしては洒落てるね」
「それも静香がくれたやつだよ」
「……もしかして、この辺のなんかお洒落なやつは全部栗原ちゃんから貰ったの?」
「まぁ…そうだな」
「ははぁ……栗原ちゃんも貢ぐなぁ」

 ある意味感心しながら、及川はのんびりと「栗原ちゃんも岩ちゃん大好きだもんねぇ」と呟いた。
 一瞬どう反応するべきか迷ったが、岩泉は無言を貫き、フライパンの上に油を引き、卵を落とす。
 第三者から、自分が静香に好かれているのだと指摘されるのはなんともこそばゆい。

「岩ちゃん、ご飯まだ?お腹空いた〜」
「もうちょっとでできっから黙って待ってろ」

 つーか手伝えよ。
 内心でそうぶつくさ言いながら、岩泉はフライパンの中のチャーハンを炒める。
 暇を持て余しているくせに、手伝う気のない及川は、再び岩泉の部屋の物色をはじめる。

「岩ちゃん、ベッドの下にエロ本隠してないんだね」
「ねーよ。つーかお前は何をしてんだ」

 人の家で随分と自由にしているものである。
 そうして雑に作ったチャーハンを皿に盛り、それを両手に持った岩泉が奥の部屋に入った時だった。
 先程まで機嫌良さそうに鼻歌まじりに物色していたらしい及川が、ベッドに腰掛けたまま固まっていた。
 妙に静かな奴の様子に岩泉は首を傾げかけたが、ここでふと及川が手の中にある何かを凝視している事に気付いた。
 何だアレ……と近寄って確認しようとした岩泉だったが、ハッキリとそれを視界に捕えた瞬間、岩泉は自分が地雷を踏み抜いた事に気付いた。

「…これって、岩ちゃんの?」
「………」

 及川の手に握られているもの。
 それは先日岩泉が購入してきた、未使用の避妊具のひとつだった。
 多分この前使った時に、誤ってベッド下に落としてしまったのだろう。
 昨日念のためにと掃除をした時には見つからなかったのに、よりによってそれを及川に見つけられるというこの醜態である。
 どうする、どう誤摩化す。
 一瞬及川にどうやって弁解しようかと考えたものの、すぐに別に誤摩化す必要はないという事に気付く。
 彼氏彼女という関係として付き合ってるんだし、そういう事をしていたってなんらおかしくはないはずだ。
 そうして現実逃避宜しく、岩泉は開き直ることにした。

「それしかねーだろ」
「……」

 ここでニヤニヤと笑い、からかいの言葉でも飛んでくるかと思ったが、及川は無言のままゴムを岩泉に返却した。
 「岩ちゃんもやることやってるんだね」とでも苛つく声で言ってくるかと身構えたというのに、及川は無言のままにベッドに腰掛けて動かない。
 鈍いと言われがちの岩泉であるが、幼馴染みのただならぬ様子は流石に分かる。
 微妙に表情に影を落とした及川は、自身の膝の上に両肘をつき、指を落ち着きなく動かす。

「岩ちゃんさ」
「……何だよ」
「どうだった?」
「……」

 何がだ、と口にしたかったが、この流れで岩泉は及川が何を聞きたいのか察してしまった。
 いやまさか、とは思いはしたが、ゴムを見つけて無言の及川の様子が何もかも物語っている。
 岩泉としては、及川はそういう経験は豊富なんだろうと思っていたものだから、衝撃的だった。

「……意外だな」
「何が」
「お前にそんな事聞かれると思わなかった」

 及川との付き合いはかなり長い。
 その間でいかにこの男がいかに女から人気があり、本人もそれに対して満更でも無かった事を良く知っている。
 過去に彼女も何人かいたし、平均的な人間に比べれば交際経験も多い。
 きっと及川の人生の中で、女に困った事はない。
 そんな奴が、もしかしなくても、もしかしないのかもしれない。

「…俺もこんな事、岩ちゃんなんかに聞く事になるとは思わなかったよ」
「なんか、ってなんだオイ」

 及川は顔を覆ったまま大人しかったが、振り切れたのかゆらりと顔を上げる。
 その表情は複雑そうであったが、岩泉も及川がそんな顔をする理由が分からなくもない。
 女との交際経験は多いのに、女にモテない幼馴染みに先を越されていては、及川も面白くないだろう。

「残念ながら、俺あんまり同じ彼女と長続きしてないんだよ」
「…そういやそうだったな」

 こっそり花巻達と、及川は新しくできた彼女とどれくらい続くかなどと話していた事は、及川には内緒である。

「部活も忙しかったし……そこまで深い関係になる前に、全部駄目になっちゃったんだよね」
「…でも、有馬とはわりと長いじゃねーか」
「………」

 特に変な事を言ったつもりは無いが、及川は動揺したらしく、手悪さをしていた指をピタリと止めた。
 有馬とは、及川の今の彼女である。
 元女子バレー部のセッターで、及川とは仲があまり良く無かった。
 お互いにわりと酷い暴言を吐き合う犬猿の仲、という言葉がしっくりくる二人だと思っていたが、何があったのか及川は有馬を妙に気にするようになった。
 そして気がつけばちゃっかり付き合いはじめ、今では彼女の方が及川を追って東京に行くという状況である。
 高校3年の文化祭かその辺りに付き合い始めたような気がするのだが、及川にしては長続きしている方だ。

「……何だ、上手くいってねーのか?」
「いや…そんな事はないんだけどさ…」

 むしろ順調というか、なんと言うか。
 歯切れ悪くもごもごと口を動かしてから、及川はそろりと視線を逸らす。

「あいつ相手にすると、どうすればいいのか分からなくなるんだよ」
「……男だろ、本能でいけ」
「だからさぁ……そういう岩ちゃん戦法が使えるのか分からないんだって」

 ああもう、とため息をついた及川は、少し苛立たしげである。

「栗原ちゃんはさ、見るからに岩ちゃん大好き!岩ちゃんになら何されてもいい!って感じじゃん?」
「……おぉ」

 この前静香を抱いた際、全く同じ言葉を言われた事を思い出し、岩泉は一瞬ヒヤリとした。

「正直、栗原ちゃんに好かれてる自信あるでしょ?」
「まぁな」
「岩ちゃんが無理強いしようとしても、栗原ちゃんなら受け入れてくれる自信もあるでしょ?」
「……だろうな」

 自分で言ってしまうのもあれだが、静香には随分と好かれていると思う。
 それを幸せに思わないはずもないが、同時に恐ろしく思う部分もある。
 自分が本能に任せてなにかやらかす事があっても、きっと静香は岩泉にされるがままだ。
 だからこそ岩泉は、静香の一挙一動には目を光らせている。
 彼女が喜ぶような事はしてあげたい、しかし嫌がることはしたくない。
 その結果、岩泉は静香の心境を把握することに妙に長けている。

「俺の彼女はさ、彼氏なんて俺が初めての、男女交際経験皆無の何をしでかすか分からないアマゾネスなんだよ?」

 そして岩泉の思考は、自身の彼女の事から及川の彼女の事に引き戻される。

「手を出してもいいのかも良く分からないし、そもそも意識されてるのかも分からない」
「確かにな……有馬ってその辺どうなんだろうな」

 女の割にたくましい及川の彼女は、そういう事についてどう思っているのか掴みにくい。
 そして個人的な事を言わせてもらうと、及川とあの彼女がそういう事をするのかと思うと、少し想像しにくい部分がある。
 何年か前は口喧嘩の耐えなかった二人だというのに、随分と変わったものだとある意味感慨深い。
 自分がもし及川の立場だったなら、確かに手を出してもいいものかと悩みそうだ。
 ここでふと岩泉は「及川と付き合い始めて有馬はより女の子らしくなった」と言っていた静香の言葉を思い出した。
 きっと及川のおかげだと、楽しそうに笑う彼女もまた、自分と付き合い始めてから随分と可愛らしくなった。

「まぁでも、あいつ…男は俺しか知らないし、しょうがないんだよねぇ」

 あーあ、と残念そうな口調でそんな事を言った及川ではあるが、口元が若干緩んでいる。
 男の独占欲というものなのだろうか、自分の好きな女が自分しか知らない、というのは確かに背筋がぞくりとする。
 それを素直に喜べばいいものを、遠回しに惚気話しかできないあたり、及川も不憫である。
 そうして二人でチャーハンを食べながら、恋愛話に花を咲かせるという自分たちにしては非常に珍しい、時間を過ごした。
 たまに答えにくい事を聞いてくる及川に岩泉は辟易としたが、こんな話ができる機会も中々無いので、他の男の意見も聞けて良かったとも思う。
 そうしてそのまま岩泉の家で過ごす事数時間程、今夜は地元の祖父母の家に顔を見せに行くらしく、及川は温めた座布団から腰を上げた。
 気がつけば、雑談だけで随分と時間を潰してしまっていたらしい。
 帰る準備を整えた及川を見送るべく、岩泉もゆっくりと立ち上がり廊下に出る。

「それにしても、岩ちゃんとこんな話をする日がくるとは思わなかったなぁ」
「俺もそう思う」
「そもそも、岩ちゃんに彼女ができるのなんてずっと先だと思ってたし」
「残念だったな」

 言いながら、コイツは何故こうも苛つく事しか言えないのかと岩泉は呆れたため息をつく。
 このまま同じような事を有馬に言い続けて捨てられなきゃいいけどな…と思いつつ、岩泉は何気なくポケットに手を入れた。
 そしてその中に入っていたものの存在を思い出し、岩泉はふとこれまで及川にからかわれ続けた事を思い出す。
 岩ちゃんの事を見ている女の子なんていない、モテない、ゴリラ。
及川がモテるが故に振りかざされ言い返す事ができなかった言葉達に対する復讐をするくらい、別にいいんじゃないか。
 そう思い至ったが早いが、岩泉は不敵に笑い、ポケットの中身を取り出す。
 そして及川は靴を履き終え、ドアノブに手をかけた。

「それじゃあ岩ちゃん、今日はありがとう。また遊びに来るね」
「及川」
「何?」
「餞別だ、受け取れ」

 ニヤリと口端を上げ、岩泉は及川にポイと小さめの袋を放った。
 それを反射的にキャッチした及川は、手の中にある新品の避妊具に視線を落とし、口元を引きつらせた。

「まぁ、頑張れよ」

 まさか、こっち方面で自分が及川よりも先に進んでいるとは思わず、勝負事ではないのに何故だか勝った気分だ。
 優越感が凄まじい。

「クッソむかつく!」
「言ってろ童貞」
「どっ…ハァ!?岩泉お前調子にのんなよ!」

 及川にしては珍しいの暴言が聞けたので、今日はわりと良い一日だった。

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