80年記念日

 高級ホテルにディナーだなんて初めてのことで、岩泉も静香もそれなりに緊張しながらお店の前に立った。
 予約をしているのだから、そのまま何事もなく入ればいいのだが、店の雰囲気に気おされ、二人して思わず尻込みをしてしまう。

「…予約してる岩泉です、って普通に言やいいんだよな…?」
「そ…そうだと思う…」

 あまりにも慣れない空気に、妙な確認をはじめてしまう始末である。
 そうしてなんとか心を落ち着けて、二人してお店の中へと入った。
 入ってしまえばなんてことはない、流石にホテルのスタッフがスムーズに案内してくれるので、二人が困ることは大してなかった。
 席についてから視線を合わせ、思わず脱力する。

「なにやってるんだろう、私たち……」
「本当にな」

 夜景を見下ろしながら、グラスを合わせて乾杯をし、二人してクスクスと笑う。
 普段はまず食べることなどない、丁寧に飾り付けられた極上の料理を頂きながら話すことといえば、普段のデートの時と同じようなものだった。

 最近、就職活動で忙しく、大変である事。
 だからこそ、次はいつ頃会えるかの予定の確認。
 大学での卒論の進捗の事。
 実は少しだけ身長が伸びた事。
 面白い友達の武勇伝。
 同級生が最近結婚した事。
 近所にパン屋ができて、店の前を通る度にお腹が空く事。
 この前及川が久しぶりに宮城に帰ってきて大変だった事。
 とりとめのない会話、いつも通りの空気。
 その中で、料理を口に運ぶ手つきだけが、普段の自分たちとは違った。

「こういうお店に来てるからかもしれないけど、いつもより小分けにして食べちゃうね」
「あー…、分かる。丁寧に食べねーといけないような気がするんだよな…」

 言いながら、岩泉は最後にとっておいた鶏肉をヒョイと口の中に入れた。
 言っている事とやっている事が噛み合っておらず、指摘すると「これでも慎ましく食べてる」との事らしい。
 岩泉はいつもご飯をモリモリと食べる人である。
 そんな男から「慎ましく」なんて言葉が出たのが可笑しく、静香は一人楽しく笑いながら、小さく切った鶏肉を口に運んだ。
 そんな静香の様子にもの言いたげにしていた岩泉ではあったが、笑っている自身の彼女に毒気を抜かれ、ふぅと息をついて黙り込んだ。
 そして数秒だけ、隣のガラス越しに見える夜景に視線を向けてから、岩泉は再びテーブルに視線を戻した。

「…あのさ、」
「何?」
「前から言おうと思ってたんだけど」

 最後の鶏肉を口に運んだ静香を正面に、岩泉は左手で自身の首裏を掻き、お酒の注がれたグラスに視線を落としてから、ゆるりと顔を上げた。

「大学卒業したら、一緒に住まねぇか」

 カツリ、と静香が手に持ったフォークが皿を擦った。

「静香が…良ければなんだけど」

 フォークを手に持ったまま動きを止め、静香は目の前で照れくさそうに咳払いをした岩泉に視線を向けた。
 なんだか先程までとは違う様子に、静香はふと思い返す。
 これまでの岩泉との付き合いから、岩泉が今日という日に何か企んでいる事は薄々勘付いていた。
 ホテルのディナーだなんて、良い意味でも悪い意味でも、岩泉らしく無いデート先の選択である。
 確かに、いつもとは違う所に出かけてみよう、という提案も嘘ではないのだろう。
 しかし、それを上回るくらいには、岩泉の提案は誘導に近いものがあった。
 それに気付いていて静香が何も言わなかったのは、岩泉の企む『何か』に期待をしていたからである。
 伊達に数年彼と付き合っていなかったわけではないのだと自負しているが、しかし、静香はここにきても相変わらず動揺していた。
 こうしてある程度の心の準備はしていたが、待ち構えていたものの威力は凄まじい。

「前にも言ったけど…俺、県外に就職決まりそうなんだ。静香も…そっちの方で就職探してくれてるだろ」
「…うん」
「だから、その……将来の事も考えて…どうだ?」

 将来の事。
 これから数年、十数年先の未来。
 その岩泉の将来設計の中に、自分が組み込まれているという事実。

「いいの?」
「いいから、こうして誘ってんだろ」

 今更だろ、とぼそりと呟きながら、岩泉はグラスを煽った。
 普段は良く分からない所で平気で恥ずかしい事をしてくる岩泉ではあるが、こういう事を言うのは流石に気恥ずかしいらしい。
 先程からそわそわとしていて、なんだか落ち着きがないのが少し可愛い。
 それこそ今更だと、静香が薬指につけた指輪がキラリと反射した。

「あはは、可笑しい」
「…何だよ」
「それを言う為に、わざわざ旅行に行くのやめて、ホテルのディナーに誘ってくれたんだね」

 最初は、二人で旅行に行くつもりだった。
 しかし、その場の流れで、ホテルのディナーに行くのも新鮮で良いかもしれないという話になり、今に至る。
 話の流れとしてはおかしくはなかったが、岩泉がそんな事を言い出すのは少し不思議に思っていた。
 しかし、それも成る程、合点がいった。

「……女はそういうの好きだろ」

 静香の指摘は図星だったのだろう。
 岩泉は特に否定もせず、開き直ったかのように椅子に深く腰掛け、腕を組む。

「現にお前、嬉しそうじゃねぇか」
「分かる?」
「おー、口元だるだるだぞ」

 トントンと自身の頬を人差し指で頬を叩いてみせた岩泉は、どこか呆れた様子で笑う。
 そしてこのタイミングで、静香は皿の上の料理を食べ終え、そしてデザートのケーキが運ばれてきた。
 普段お店で見かけるケーキよりも小さく、そして格段に手の込んでいるそれは、岩泉なら一口で平らげてしまいそうだ。

「で、返事は」

 静香の態度を見ていれば、返事は聞かずとも分かっている。
 そのせいか先程までのやや緊張したような雰囲気が抜けた岩泉は、丁寧に飾り付けられ洗練されたケーキの真ん中にフォークを刺した。

「是非、よろしくお願いします」
「……ああ、こちらこそ」

 居住まいを正した静香と目が合い、少しだけ恥ずかしかったのか、岩泉はそろりと視線を逸らした。
 今日の岩泉は照れ屋さんだなぁ、と呑気な事を考えながら、静香は膝に乗せた両手の指をそわそわと動かした。
 落ち着き無く軽く前後に揺れてから、静香は椅子の下の足を何度かブラブラとさせる。
 そのせいで少しだけ椅子が軋んだが、静香は浮遊感に見舞われてそんなところにすら意識は回らない。

「……なぁ、すげぇニヤけてるぞお前」
「だって、凄く嬉しいんだもん。今すぐはじめに抱きつきたい」
「……後にしろ」
「うん!」

 元気よく返事をし、手に取ったフォークを構えてデザートにありつこうと静香は鼻息を荒くする。
 そんな自身の彼女の機微を視線でとらえつつ、岩泉は自身の口元を隠すように口元に指をあてた。

「静香、もっと口元引き締めろ」
「え?」
「俺もつられそうになる…」

 今度は自身の拳で口元を隠した岩泉は、空いた手にフォークを握ったままついに俯いた。
 一瞬何を言われたのか理解できなかった静香ではあるが、自身の顔を見られまいとしている岩泉の様子に気付いて、ニヤリと笑う。

「はじめ、こっち向いて」
「……」
「はじめくーん」
「……」
「いわいずみくーん」
「……あ〜もう、くそ」

 口元から手を離し、やっと顔をあげた岩泉ではあったが、冷静になったのか口元は緩んではいなかった。
 しかし、相当に照れくさいのか、半ば自棄になってケーキを半分に切り、それを口に入れてもごもごと咀嚼する。
 あからさまな照れ隠しに静香が肩を震わせているのに気付いていながら、気付かないふりをする岩泉は期待通りというべきか、小ぶりのケーキを二口で平らげた。



 高揚感に背中を押され、レストランを出ると同時に、静香は岩泉の腕に自身の腕を滑り込ませた。
 夜のレストランの前と言っても、人目のある場所でこんな大胆な事をするのは滅多とない。
 しかし、自身が今浮かれに浮かれているのだと岩泉に伝えたくて、静香はそのまま岩泉の方に身を寄せた。

「素敵な夕食だったわ、はじめさん」
「…それはなにより、静香さん」

 ちょっとした、夫婦ごっこのつもりだった。
 そんな静香のおふざけに乗ってくれた岩泉にも感謝しつつ、静香はふと目の前のエレベーターに視線を向ける。
 閉じられたドアの真ん中辺りが鏡のようになっており、そこに写しだされた自分たちの姿を見て、静香はぼんやりと考える。
 いつか、ごっこ遊びではなく、本当の夫婦になるのだろう。
 こうして慣れないホテルに夕食に来る事にも慣れて、岩泉の腕に身を寄せる事も、当たり前になっていくのだ。
 こうやってドキドキする事も無くなってしまうのだろうか、なんて一瞬脳裏を過った刹那、静香の顔に影がかかる。
 驚いて瞬きをする程度の反応しかできない程一瞬、岩泉は何食わぬ顔で静香の唇を奪い、そして何事も無かったかのように姿勢を元に戻した。
 訂正。この人の前でドキドキしない事はないのかもしれない。
 エレベーターの鏡面には、普段通りの様子の岩泉と、呆然と隣の男を見上げる静香の姿が写っている。

「な…に…」
「見過ぎだ、アホ」

 酷く甘ったるい罵倒の言葉だった。
 どうやら、先程から静香が鏡面越しに岩泉を見ていたのがばれていたらしい。
 それを指摘してくるのはまだ分かるが、何もキスをしなくてもいいだろう。
 静香はエレベータの鏡面越しに、後方に人の姿が無い事を確認し、安堵してホッと息をつく。

「誰かに見られたらどうするの……」
「別にいいだろ。どうせ俺達、バカップルにしか見えねぇよ」

 これだけくっついてるし平気だと、フンと開き直りながら、岩泉も鏡に写る自分たちに視線を向ける。
 つられて静香も正面を向き、再度エレベーターの鏡面を眺める。
 岩泉と初めて会ったのはいつだったか、いつから岩泉を認識しはじめたのか、今となってははっきりと覚えていない。
 しかし、高校時代の制服姿とバレーのユニフォーム姿のイメージが色濃かった岩泉も、今はカッチリとしたスーツ姿で、髪も少しだけ整えて、お酒も飲むようになって、こうして静香の隣に立っている。
 少年から青年へ変わりゆく岩泉の姿を思い返しながら、まるで走馬灯のように、これまでの岩泉との思い出が脳裏を駆け巡る。
 こんなところまで二人で歩いて来たのだと感慨深くなり、静香はほぅと息を吐く。
 先程、軽くしかお酒を飲んではいないはずなのに、酷く浮ついた気分だ。

「……80年後にも、こうやって一緒に来られたらいいね」
「ふは、その頃はもうヨボヨボのじーさんとばーさんだな」

 あと80年は一緒に生きろ。
 いつか岩泉が静香に言った言葉をしっかりと覚えているというアピールのつもりだったが、岩泉はそんな静香の意図を汲み取ってくれた。

「100歳の誕生日は、またここに来るか」
「いいね。80年前もここに来ましたねおじいさん、ってはじめに言えたらいいなぁ」
「そうか。…なら俺は、お互いに良く生きたなばぁさん、って言ってやるよ。それで乾杯しよう。…約束だ」
「約束?」
「あぁ」

 叶う確率が限りなく低い、切ない約束。
 しかし、夢と希望のある、素敵な目標だ。
 少しだけその時の事を想像し、静香の目には薄い膜が張る。
 そのタイミングでやっと、待っていたエレベーターが到着し、目の前の鏡面のドアは左右に開いた。
 高級ホテルとあってエレベーターすら品がある。
 そんな狭い空間に二人で移動し、静香は1階のエントランスのボタンを押そうとした。
 しかし、静香がボタンに触れようとした瞬間、岩泉は別の階のボタンを押し、そして静香の手を包むように押しとどめた。

「え?」

 下に向かうはずだったエレベーターは、静かにゆっくりと上昇していく。
 そしてエレベーターを上昇させた張本人は、何食わぬ顔で静香の手を元に戻した。

「何で…帰らないの?」
「実は、部屋を予約してある」
「…えっ?」

 予想外の事に、静香は再度間抜けな声を漏らした。
 今日はこの後、岩泉の家に行ってふたりきりで飲み明かす予定であった。
 家についたら岩泉にべったりくっついて、たくさんキスをして、お風呂も一緒に入ったりなんかして、それから、それから…と息巻いていた静香の企みは、思わぬ所で瓦解する。

「ど…どこの…ホテル?」
「ここ」
「……」

 部屋をとっている、という岩泉の発言から分かってはいたが、本当に予約しているのはこのホテルの客室らしい。
 学生の静香には当分縁も無いだろうと思っていた高級ホテルの部屋をとるというのは、それなりのお値段がしたはずである。
 先程までべったりと岩泉にくっついていたというのに、そわそわと落ち着かなくなった静香は、一旦岩泉の腕から離れた。

「どうした?」
「どうしたって…こんなところの部屋だなんて、高かったんじゃ…」
「そうだな、普段遠征とかで行くホテルの何倍かはした」

 静香の反応は予測の範囲内だったのだろう。
 岩泉は大して動じず、ケラケラと笑いながら腕を組んだ。

「まぁでも、折角だしいいだろ」

 控えめな音をたて、エレベータが目的の階に辿りついた。
 スッと開いたドアの開ボタンに触れてから、岩泉は一歩先にエレベーターから降りる。
 そうしてくるりと振り返り、エレベーターのドアの側面に手を触れてから、静香に空いた手を差し出した。

「その分、朝まで付き合ってくれよ」

 まるでエスコートでもしてくれると言わんばかりの岩泉の手に、静香は無意識に手を乗せる。
 そうしてカツリとヒールの音を鳴らしてエレベーターを降りた瞬間、静香は自身がお姫様か何かではないのかと錯覚してしまう程には、状況が上手く飲み込めないでいた。
 素敵、なんて言葉では到底足りない。
 しかし、岩泉が準備してくれたこの演出に対する想いを、どう口で伝えたらいいのか分からない。
 呆然としながら岩泉に案内されるまま歩き、辿り着いた部屋のロックを解除した岩泉に、レディーファースト宜しく、先に入れと促される。
 そうして恐る恐る入った部屋の広さや装飾、雰囲気に静香は息を止める。
 窓越しに見える夜景は綺麗で、思わずうっとりとしてしまう程の眺めである。
 いつかドラマで見た、ホテルで女性が男性にプロポーズされる場面と目の前の光景が重なり、静香はなんだか泣いてしまいたくなった。

「静香」

 妙に静かになった静香に気付いていて、岩泉は楽しそうに後方から投げかける。
 ガサリ、と何かが擦り合うような音がした。

 きっと振り向いた先にも、何かが待ち受けている。
 岩泉が自分の為に何かを考えてくれるというだけでも凄く嬉しいというのに、それをしっかりと受け取るだけの余裕がない。
 心臓が苦しい、死んでしまいそうだ。
 そんな事を嘆きながら、静香は先程した岩泉との約束を思い出す。
 80年後にまたここで、二人で誕生日パーティをしよう。
 その夢の為には、まだ死んではいけない。
 そう己を奮い立たせて、静香はやっと振り返った。

 岩泉は、静香が思っていたよりも離れた場所に立っていた。
 そんな岩泉の手には、赤い薔薇の花束が握られている。
 全くもって予想もできない事態、珍しいどころか異常な光景に、静香は一瞬見間違えたのかと思った。
 岩泉という男は、良く分からないところで開き直った態度をみせるが、本来は照れ屋な男だ。
 気恥ずかしい事は苦手で、まさに今手に持っている薔薇の花束なんて、買う事すら難関な事だろう。
 現実とは思えぬ光景に、静香は喜びも振り切れ逆に冷静になり、無言で薔薇の花束と岩泉の組み合わせを見つめる。

「……えっ、それはじめが買ったの?」
「それしかねーだろ。つーか他に言う事はねーのか…」

 あーあ、と言いながら、岩泉は手に持った薔薇の花束を片手で持ち、肩にバサリと預けた。
 流石というべきか、岩泉の薔薇の花束の持ち方は男らしく雑である。

「なんだよ、素敵〜とか言って泣いてくれるかと思ったのに」
「だって…もう…私…頭が整理できてない……」
「落ち着け」
「無理だよ……。ねぇはじめ、無理してない?」
「……正直無理した。俺にはまだ、こいうの早いわ」

 肩に薔薇を預けたまま、岩泉は長い足を動かし、数歩で静香との距離を詰めた。
 こうして改めて見上げると、今日の岩泉は普段と雰囲気が違ってより大人っぽく、ドキリとする。
 そうして岩泉の手にある花束の葉に視線を向け、静香はここでハッと思い出す。
 今日待ち合わせをした時に、岩泉の服の袖には何故だか葉っぱがくっついていた。
 事前に花束をここへ持ってきたのか、それとも手配をして貰っていたのかは分からない。
 しかし、岩泉は静香とここに来る前に、ホテルに確認にでも来ていたのだろう。
 その時にくっついた薔薇の花束の葉を静香に指摘されたから、待ち合わせた時にうっすらと焦っていたのだと、静香は一瞬で理解した。

「でも、これからこういうのサラッと出来る男になるつもりだから、」

 ばさり、と静香の目の前に、赤い薔薇の束が広がる。

「それまで、よろしく頼む」

 ドラマでしか見た事が無い、こんな気障な事がさらりとできるまで、一体どれくらいかかるのだろう。
 そもそも格好がつかなくたって、こんな事をやってみせる岩泉はもはや充分なのではないだろうか。
 ああ、私はなんて幸せ者なんだろう。

「ありがとう…すごく嬉しい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 泣き笑いをしながら花束を受け取り、静香は目を細めて視界に広がる赤に視線を落とす。
 私もいつか、気障な事をサラリとできるようになった岩泉に、悠然と対応できる余裕のある女の人になりたい。
 つま先立ちをしなくても、この人の隣に胸を張って立っていられる、素敵な女性に。

「もう…本当に私…、何回はじめに惚れ直したらいいんだろう…」
「はは、そりゃいいこと聞いた」

 男冥利に尽きるな、なんて言いながら、岩泉は静香に渡したばかりの薔薇を取り上げ、静香を抱き寄せて溜らずにキスを落とす。
 何度も何度も何度も、角度を変え、貪るように、行き場の無い熱を持て余しながら唇を重ね、そのままベッドになだれ込む。
 岩泉にのしかかられる重みも、温かさも、静香の心臓の鼓動を早める材料でしかなく、目の前でネクタイをスルリと解く所作はもはや目に毒である。

「待って…」
「待てねぇ」
「ん……服が皺になっちゃう」
「……そりゃ、脱がせろって事か?」

言いながら、岩泉は静香の背中をまさぐり、ドレスのチャックに触れて性急に引き下ろす。
そして開いたドレスの隙間から直接背中に手を滑り込ませて、これから何をするか知らしめる。

「ホテルとっておいて、無しはねーだろ」
「…もう」
「ベッドもダブルなんだし、察しろよ」

 静香も以前から、薄々とは思っていたことだ。
 なんとなく気恥ずかしくて、旅行ではツインの部屋の予約を取ってはいたが、どうせ自分たちは同じベッドで寝てしまう。

「…今度、ダブルベッド買わなきゃね」
「…あ?」
「だって、同棲するんでしょ?」

 同棲なんてしちゃったら、二つもベッドは必要なくなってしまうんじゃないだろうか。
 クスクスと笑いながら静香がそう言えば、岩泉は虚をつかれたような表情の後、困ったように笑った。

「…ダブルベッドは、新居買った時とかにしようぜ。それまでは布団で仲良くしようや」

 仲良く、なんてまるで子供同士の言葉で表現してみせた岩泉ではあるが、やっていることはいかがわしいそれである。
 ものは言いようだな、とある意味感心しながら、静香は岩泉の首に腕を巻き付けた。

「これからも、仲良くしてね」
「…なんだ、誘い文句か?」
「うん、朝まで付き合って」
「…上等」

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