お化けの内側

10月31日、静香の通う大学では、ちょっとしたハロウィンイベントが開催される。
そのイベントで仮装をすると、実行委員会の生徒からお菓子が貰えるのだが、それに静香は参加することになった。

周りの友人達のユニークな仮装の話を聞きながら、何の恰好をしようかと少し悩んだが、静香はシーツお化けをすることに決めた。
周りが変わった格好をするため、静香の古典的な仮装はある意味目立つだろう。
市販の白いシーツを買って、目や口の形に切ったフェルトを縫い付けるだけで完成するお手軽さである。
目の辺りには、視界が確保できるように一部をメッシュ素材にし、静香はその衣装を意気揚々と着込む。

視界の悪い中のろのろと鏡の前に移動して、完成度を確認する。
少し間抜けな顔ではあるものの、なかなかの出来なのではないだろうか。
力作に自分で満足し、一息ついた時、視界の端で見えた時計の時刻を確認し、慌てて衣装を脱ぎ捨てた。

今日もまた岩泉の家に遊びに行く予定だったので、急いで準備を整える。
このごろ遊びに行き過ぎて通い妻化している自覚はあるが、岩泉も「来いよ」と言ってくれるので、静香は遠慮なく岩泉の家に足を運ぶ。
今日は前に一緒に見に行った映画のDVDレンタルが開始されていたので、借りてきたそれを持って行くつもりだ。
カバンの中に必需品とDVDがあることを確認し、肩にかけようとしてから、ふとお化けの衣装に目を止める。
なかなかの自信作あるそれを岩泉にも見て貰いたいなぁ、などと思い至ったら即行動。

この仮装をして、岩泉を驚かせてやろう。
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、静香はカバンの中に仮装の衣装をしまい込む。
トイレででも着替えて、こんな格好で静香が姿を現せば、流石の岩泉も驚くだろう。

そんな思惑を胸に家を出て、通い慣れた道を通り、バスに乗ってから、岩泉の家に辿り着いた。
何年も同じ道程を通っているせいか、途中に通る商店街の八百屋のおばちゃんに「また彼氏のところかい?」とからかわれはしたが、そんなことにももはや慣れつつある。

そうして慣れたように岩泉の家の前に立ち、カバンの中に入っている合鍵を取り出してから、家に入る。
「はじめ〜、おじゃましまーす」と声をかけながら鍵を閉め、中に入ったものの、家主の反応が無い。
おかしいなぁ、と思いながら奥の部屋に顔を出すと、岩泉はベッドの上に転がり眠っていた。
雑誌を読んでいたらしく、お腹の上にはバレー誌が落ちている。
昼下がりの眠たい時間とあって、睡魔に誘われたのだろう。
お化けの衣装のお披露目を一体どのタイミングでしかけようかと考えてはいたが、好都合である。

昼寝程度だから、きっと岩泉の睡眠も浅いだろう。
静香は早速、しめしめと持参したお化けの取り出し、それを頭から被る。
そして眠っている岩泉を揺り起こそうと一歩踏み出したところで、静香は足下にあった何かに躓いた。

視界が悪かったせいで足下にあったゴミ箱に気づかず、静香はそのままボスリと岩泉の上に倒れ込んだ。
ぐえっ、と声を上げて目を覚ましたらしい岩泉は、自身の上に乗っかる白い物体を凝視する。
何が起こったのか理解できなかったらしいが、重みと感触で白い固まりが何なのかは分かったらしい。

「…何やってんだお前」
「……ごめん」

のそりと起き上がり、静香がベッドの上に座ると、岩泉も体を起こした。
「びびった…」という岩泉の発言は確かに聞きたかったのだが、こうではないという感じが否めない。

「何だそれ…お化けか?」
「うん。来週、大学でハロウィンのイベントがあるんだよ。それで着る衣装」
「へぇ…。結構よくできてんな」

ついついと衣装を引っぱり、岩泉は縫い付けられた目元を見て「見えてんのかそれ?」と首を傾げる。
こくこくと静香が頷くと、シーツお化けの全体像が見たくなったのか、静香は岩泉に立ってみるように促される。
それに素直に従った静香はベッドから降り、岩泉にシーツお化けの全貌を披露する。
「どう?」とばかりに静香が岩泉のコメントを期待しているのが衣装の外側に伝わり、岩泉はぷすりと吹き出す。

「…なんか、あんま怖くねーな」
「えっ…」

若干ショックを受けたが、別にお化け屋敷の脅かし役として出る訳でもない。
ただハロウィンのイベントに参加するだけなので、別に怖く無くてもいいかと自分を納得させていた静香を他所に、岩泉はシーツおばけの衣装の端を掴んで捲り上げた。

「ちょっ…!」
「…なんだよ」

何か問題あったか…?と言いたげな岩泉の視線を受けて、静香はハッとして固まる。
声を上げてしまったのは反射的に近かったが、こちらの様子を伺っている岩泉に、まさかスカートを捲られた時のように錯覚してしまったのだと言えるはずもない。

「そ…その辺り縫いが甘いから…気をつけて」
「お、そうか。わりーな」

岩泉に感づかれぬよう、静香はなんとか自信の失言を誤摩化す。
若干視線を逸らした自身の恋人に気づかず、岩泉はまじまじと衣装の縫い目を眺めている。
どうやら目の前で見せられた仮装に興味がそそられたらしい岩泉に、静香は「着てみる?」と提案する。
それに「いいのか?」と答えた岩泉は、なんだか少し子供っぽく目を輝かせた。
見た目はとても子供っぽさを感じさせない岩泉の、こういう無邪気な一面を見せられると母性本能がくすぐられる。

勝手にドキドキしている静香から白い衣装を受け取り、岩泉はそれを頭から被る。
そしてそれを眺めての第一声、静香は思った事そのままを口にした。

「はじめがそれ着ると…なんだか怖いね」
「本当か?」
「威圧感が凄い」

中の人間の雰囲気が、外側に漏れだしている。
180と高身長の男が着ているために妙な迫力もあるし、静香にあわせて作ったお化けの衣装の丈も足りていない。
こんな存在感のあるシーツお化けはどうなのだろう。
静香がクスクスと笑っていることに気づいていないのか、岩泉は「これ視界わりーな」と言って部屋の中をうろうろし始める。
そんな岩泉について歩きながら、シーツお化けの衣装の裾が揺れている様を眺める。
なんだか潜り込めそうだなぁ…とぼんやりと思った静香は、特に何のためらいもなくシーツの裾を掴んだ。
それに気づいて振り返った岩泉に合わせて、静香も衣装の中に入り込む。

ちょっとした好奇心と、悪戯だった。
白いシーツの中は光が入り込んでいるものの、周りの景色は当然ながら見えない。
そんなに薄暗くもないシーツの中という空間で岩泉と目を合わせると、流石に驚いたようで、「うお…!」と声を上げて頭をやや後ろに反らした。

「びっくりした…」
「それは良かった」

悪戯が成功した子供のように嬉しそうに笑う静香に、岩泉は好ましいものを見るような眼差しを向ける。
シーツの中という二人だけの空間は、自然と甘やかな空気に包まれる。
それにお互いに気づいて目を合わせると、岩泉は両手で静香の耳から頬にかけてを包み込み、口づけを落とす。
軽くついばむようなキスを繰り返し、次第に深くなるそれに静香は酔いしれる。
うんと背伸びをして寄りかかる静香を支えながら、岩泉は身を屈めて自身の彼女の頬を包み、伸びた指先を髪に差し入れる。
はぁ、と熱い息を吐いてキスの応酬を終えた後、岩泉は穏やかに笑って衣装から抜け出した。

シーツの中にひとり残された静香も、岩泉が衣装を持ち上げたことにより顔を出す。
そしてお化けの衣装から抜け出しきらず、白いシーツを頭にひっかけた状態の静香をまじまじと眺めてから、岩泉はふと動きを止めた。

あまりにもじっと見られるものだから、「なんだろう…」とは思いつつ、静香は居心地悪そうに頭にひっかかっている衣装を脱ぐ。
しかし、岩泉は頭を出した静香に再度シーツをかぶせ直し、ふっと息を吐き出した。

「花嫁みたいだな」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
花嫁…と言われて頭を過ったのは、白いドレスに白いベールの綺麗な女性のイメージである。
そして岩泉にシーツお化けの衣装を被せ直されたことから、シーツをベールに見立てたということを察した。
ボッと赤くなった静香を認めて、岩泉は自身の額と静香の額をこつりと擦り合せる。

「な…にを…」

はくはくと魚のように口を動かす静香を他所に、岩泉は非常に楽しそうで、乗り気である。
ああ、この表情は意地悪を思いついた顔だ。

「…なんだよ、嫁さんになってくれねーの?」

静香の手の薬指を撫でながら、岩泉はしたり顔をする。
そこは、静香の誕生日に、岩泉から貰った指輪のはまる場所である。
繊細なデザインの指輪であることから、デートの時以外は身につけず、それを大事に大事にしまっている。
そのために今は身につけていないものの、そこに約束の輪があるかのようになぞられると、静香はこみあげてくる熱いものに締め上げられる。
頭がおかしくなってしまいそうなこの状況に、静香はもはや単語でしか話せない。

「なりたい…」
「…おー」

答えに満足した岩泉は、頭に被さったままになっている白い布を引き寄せ、静香は再び口を塞がれる。
今度は深く、絡めるように。
合間で熱い息を吐けば、その熱が伝わったかのように岩泉の手が静香の体を滑り始める。

あぁ、これではハロウィンどころではなくなってしまうじゃないか。
イベントの時にこの仮装をして、今日の事を思い出してしまう自分が容易に想像出来て、静香は少し泣きそうになる。

「…はじめ、も」
「ん?」
「…旦那さんになってくれる?」

ピタリと動きを止めた岩泉は、まじまじと静香を眺める。
お嫁さんにしてくれるのなら当然、岩泉は旦那さんになるということで、何ら変な事を言ったつもりはない。
しかし、『旦那さん』という言葉がじわじわと刺さったのか、岩泉は無言のままに静香から少し距離を取り、白いシーツを完全に静香に被せた。
急に視界が悪くなり、「何!?」と文句を言い始めた静香を抑え込むように抱きしめ、岩泉はハァと息を付く。

「これ、俺ら今相当恥ずかしいやつだろ…」
「え?何て?」

シーツお化けの衣装越しに耳辺りも抑えられているせいで、岩泉の呟きを静香は上手く聞き取れない。
「もう1回言って!」と騒ぐ静香の頭をぽんぽんと叩き、岩泉は数秒思案する。
このままどうしてやろうか…なんて考えながら口端を上げている時点で、もはや答えは見えているようなものだった。
そうして、岩泉はすぐに静香のいるシーツお化けの中に入ってきて、その後の事は、二人のみぞ知る。

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