愛で脱がせる

目的の宿を探して歩く事15分程、短い石橋を渡った先にその旅館はあった。
長年続く老舗の旅館で、純和風のその佇まいは厳かで、この場所だけが静寂に包まれている気がした。
事前にどんな場所なのか調べていたので、ここがそれなりに高級な宿であることは知っていたが、いざ本物を目の前にすると岩泉も静香も立ち尽くしてしまった。

「…俺、こういうところ泊まるの初めてだわ」
「…私も」

なんとなくおどおどとしながらも、二人で純和風の建物の門を潜り、石畳の通路を通って宿の中へと入る。
受付を終えて、二人は旅館の設備やサービスの説明を受けながら、宿泊する部屋へと案内された。
二人で使用するには充分に広い和室は、手前にテーブルの置かれた寛げるスペース、そしてその奥は寝室となっている。
30分後に夕飯を部屋に持ってきて貰えるようにお願いし、荷物を置いて二人で室内を見て回る。

「はじめ!見て見て!」
「……すげーな」

寝室の奥、恐らく脱衣所として用意されたスペースの向こうには、部屋に備え付けの露天風呂が設置されていた。
その更に向こうには整えられた庭があり、ここで庭の木々や植物を眺めながらお風呂に入るというのはなかなかに風情がある。
すでにそわそわとしはじめている静香を横目で捕え、「小学生かよ」とけらけら笑う岩泉は、どさりと座布団の上に座った。

「あー…今日は結構歩いたな。疲れた」
「本当、お腹も空いたし…」

露天風呂を覗いていた静香も、のろりと岩泉の正面の席に腰を下ろし、ふうと息を吐いた。
知らない土地での珍しい景色を眺めて回るのはとても楽しかったが、こうして落ち着いてみると疲れにどっと襲われる。
はしゃぎすぎたというのもあるのだろうが、既に眠りにつけそうな程の疲労感に静香は危機感を覚える。
今回の旅行の目玉と言っても過言ではない温泉旅館についたばかりだというのに、この調子で大丈夫なのだろうか。
二人して同じ事を考えているのか、少しでもこの疲労感を無くそうとぼんやりと座り込んでいる間に、仲居さんが夕食を運んで来てくれた。
テーブルに並ぶ豪華な料理の数々に目を白黒させながらも、口に運んだそれらはどれも美味しく、岩泉も静香も「うまい」「美味しい」ばかりを言いながらそれらを平らげた。
デザートに出て来た特産品の果物たっぷりのゼリーが気に入った静香は、お土産に買って帰ろうと決意した程である。
夕食の後片付けをして貰った後、この旅館のパンフレットを眺めながら、静香がお土産一覧に先程のゼリーがあることを確認していると、岩泉はおもむろにテレビをつけた。

「…なんか、俺達のところとはテレビ番組のバリエーションが違ぇな」
「本当…」

カチカチとリモコンを操作し、チャンネルが次から次へと変わっていく画面を見ていると、ふと見覚えのある光景が映った。
昔の映画の再放送をしていたのか、ドレスを纏った女の人が、男の人とダンスパーティで踊り、くるくると回っている。
今日行ったブライダルフェアのようなイベントで見た光景とそっくりで、なんとタイムリーな映像だろうと二人して驚く。

「…こういうの見るといつも思うんだけど、よくこんな複雑な動きとか覚えられるよな」
「皆踊れるように練習してるんだよ」
「まぁ…そうなんだろうけど。俺、フォークダンスもちょっと苦戦したし…」
「あはは…あれはちょっと恥ずかしいのもあるしね」

ダンスを踊る相手が誰かも分からないというのもあるが、とにかく異性と手を取って踊るというのは、当時はとてつもなく恥ずかしかった。
本番で一緒に踊ることは無かったが、練習中は静香も何度か岩泉と踊った事を思い出す。
正面に立ち両手のひらを差し出した岩泉と目を合わせるのはなんとなく気恥ずかしかったが、踊りの中盤で楽しくなって、ペアが交代する時は別れがたくなったものだ。
そんな昔の記憶を辿り、静香はあることを思いついて、岩泉の服のそでをツイツイと引く。

「はじめ、今でもフォークダンスの動き覚えてる?」
「…?」

何だ急に…と言いたげな岩泉の表情を眺めながら、静香はすくりと立ち上がり、両手を差しだすようなポーズをとった。
最初は首を傾げていた岩泉だったが、数秒して静香のその所作が何を示すのか理解したらしく、ふぅと息を吐いて立ち上がる。
そうして「しょうがねぇなぁ…」と言うように、岩泉は両手の手のひらを差し出した。
その手のひらに静香が両手をそっと置くと、岩泉はフッと口元を緩めて笑った。

「ダンスパーティには行かなかったもんな…」
「あはは…それじゃあ、いい?せーの…」

たんたたららん、と静香は高校の体育祭で踊ったフォークダンスの曲を口ずさみ、後方に数歩下がって少し跳ねる。
反対に岩泉は数歩前に進んでから止まり、今度はその逆の動作を繰り返す。
所謂フォークダンスを踊りはじめた二人は、意外にも数年前にやったダンスのステップをなんとなく覚えていた。
くるりと回って手を打ち、その後手をとって岩泉が右手を上げ、静香は再度くるりと回ってお互いに立ち位置を入れ替える。
意外とスムーズに踊れたことが可笑しくて、二人で笑いながら2度程踊りを繰り返す。
楽しくなってしまった静香はこのまま何度でも踊っていたい気分だったが、静香が前にステップを踏み出すタイミングで岩泉は後方に下がらずに立ち止まった。
そのままボスリとぶつかった静香を岩泉が受け止め、自動的にフォークダンスは中断される。
そうしてそのまま緩く静香を引き寄せてから、岩泉は楽しそうな様子で静香の耳元で囁く。

「…風呂入るか?」
「………えっ」

岩泉の肩に口元を埋めたまま、静香は間抜けな声を上げた。

二人で温泉旅行に行くと決まった時から、この旅館のことはそれなりに調べていたし、予約をする時にもいろいろな情報を聞き出していた。
その際に、個室露天付きの部屋だと聞いて、岩泉と一緒にお風呂に入る事を想像しなかったといえば嘘になる。
一緒にお風呂に入らなかったとしても、夜は床を共にするだろうとは思っていたが、いざその事実を突きつけられると、静香は思わず怖じ気づいてしまう。
急に固まってしまった静香の様子を察知したのか、岩泉は呆れたように口を開いた。

「朝、一緒に温泉入ろうって言ったのお前だろ…」
「…そ、そうなんだけど…あの時は調子に乗ってたというか…」

静香は岩泉に裸を見られたことはあれど、一緒にお風呂というものに入ったことはない。
少なくとも、これまで一緒にベッドに沈んだ時よりも明るい場所で肌を見られるのだと自覚し、静香はもごもごと言い淀む。
しかし、静香が戸惑っているからといって、岩泉は遠慮はしない。

「よし、着替えもって来い」
「えっ…ちょっと…!」

静香が本心では嫌がっていないということなど見通しているが故に、岩泉はやや強引に事を進める。
自身の荷物の中から着替えを引っ張りだし、さっさと部屋の奥の方へと歩いて行く。
静香もそれに続くようになんとか脱衣所に入ったはいいが、羽織っていたパーカーを脱いだ岩泉を確認し、思わず脱衣所から飛び退いた。
脱兎のごとく、という言葉がぴったりな程に跳ねた静香を見て、岩泉はやや驚いたようだった。

「はじめ、先に入ってて!」
「あ?」
「はじめが入った後、私も入るから!」

服を脱ぐところを見られるのは、とてもではないが耐えられない。
浴衣を胸元で抱えたまま静香が慌ててそう言うと、岩泉はあろうことか「俺いつも脱がせてるじゃねーか」などと明け透けな事を言い放った。
岩泉にとっては「何を今更…」というところなのだろうが、その場の雰囲気で脱がされるのと、改めて目の前で服を脱ぐのは話は全く別である。
その辺りの乙女心というものの察しの悪い岩泉に思わずバスタオルをブンと投げてしまい、岩泉はそれを頭から被る。
白いタオルを頭にひっかけたまま、無言で立っていた岩泉ではあったが、静香が妙に緊張していると知っているが故に特に怒りはしなかった。
それどころか、存分に意識されていると実感したらしく、機嫌良さげに「じゃあ先に入ってるわ」と言ってタオルを頭から外した。

そうして、とりあえず先に岩泉に露天風呂へと行って貰い、安堵した静香だったが、数分後に更なる試練が待ち構えているとは夢にも思わなかった。

先に風呂に入っていった岩泉を確認し、脱衣スペースに足を踏み入れた静香は、羞恥が捨てられぬままに服を脱いでいく。
この日のために新調した下着や服をカゴに入れ、バスタオルと体を洗うタオルを手にとり、ここでハッとした。
バスタオルとは、お風呂を出てから体を水分を拭き取るためのタオルである。
旅番組よろしく、胸元までタオルを巻いてお風呂に入ろうと思っていたのだが、そうすると体の水分を拭き取る乾いたタオルがなくなってしまう。
体を洗う用の小さいタオルでも水分を拭き取れなくもないが、風呂上がりに体を隠せなくなってしまうという問題が発生する。
まさかこんなことで悩むことになるとは思わず、静香は一人脱衣所で唸る。
どうしようどうしよう…と立ち尽くしていると、突然風呂側の戸がパアン!と勢い良く開いた。
驚いてそちらに顔を向けると、当然ながら、そこに立っているのは岩泉である。
呆れたような怪訝な表情の岩泉を見て、静香は慌ててタオルを掻き抱く。

「えっ…は、はじめ!」
「おい…人を逆上せさせる気か」

どうやら、思っていたよりも長い時間悩んでいたらしい。
髪からぽたりと水分を滴らせている岩泉は、頭も体も洗い終えてしまっているようだ。
腰にタオルを巻いてはいるが、程よく筋肉のついた体が惜しげ無く晒されており、静香は目のやり場に困って視線を彷徨わせる。

「ご、ごめん…もうちょっとしたら行くから…」
「駄目だ、今来い」

紅潮して縮こまる静香の腕を掴み、岩泉はニヤリと口端を上げる。
静香がだだをこねるのは折り込みずみだったのだろう、そのまま容赦無く静香の背中と膝裏に腕を回し、横抱きにして持ち上げた。
突然のことに咄嗟に岩泉の首に腕を回し、バランスを整えたものの、胸元にあったタオルがはらりと滑る。
それを慌てて拾い上げてから、静香は岩泉の体に自身の体を押し付けるようにして体を隠そうと試みるが、その行為が逆に岩泉を煽っているとは思い至らない。

「ちょっ…落ろして!はじめ!」
「…お前はもうちょっと離れろ…」

理性を揺るがす感触に苦笑いを浮かべながらもスタスタと露天風呂の中へ入り、岩泉はあろうことか静香をポイとお湯の中に落とした。
お尻から熱いお湯の中に落下した静香は、なんとか湯の中で体勢を立て直し、尻餅をついた状態でむっと岩泉を睨む。
一体何をするんだ!という静香の視線を軽くかわし、何食わぬ顔でざぶりとお湯に浸かった岩泉は、悪びれた様子もなく「おせーよ」と言った。

「…だからって無理矢理連れて来なくても…」
「こうでもしねーと、お前ずっと唸ってんだろ」

図星をつかれ、静香は何も言い返せない。
湯船に浮かんだ小さいタオルを胸元に引き寄せてから、静香はふと庭の方に視線を向ける。
夕方見た庭の眺めは暗闇の中でライトアップされており、視線を奪われる程に雰囲気のある光景へと変わっていて、静香は思わずぽかんとする。

「結構いい眺めだろ」
「…うん」

お湯に浸かったまま、ぼうっと庭の景色を眺めていた静香だったが、ここでふと体を洗わずに湯船に浸かってしまっている事に気づく。
ゆるりと後方に振り返れば、のんびり湯に浸かる岩泉の後方に、シャワーや桶が置いてある洗い場が見えた。

「はじめ」
「ん?」
「体洗ってくるから…あっち向いてて」
「…へいへい」

もじもじと恥ずかしがっている静香の心中を察し、岩泉は「しょうがねぇな」と腕を組んで目を閉じた。
何も見ないという意思表示を確認し、静香はそろりと温泉から上がり、檜の床の上をペタペタと歩いて洗い場へ向かう。
そうしてそそくさと備え付けのシャワーで頭と体を念入りに洗い、今日一日の汚れを落として振り返ると、岩泉は何やら湯船にお盆を浮かべていた。

「…何やってるの?」
「ここの名物のオレンジジュースだってよ」

振り返らないままに、岩泉はそのお盆の上に小さめの湯のみを二つ置き、湯船の近場に置いていた氷の入った桶から、ビンに入ったオレンジジュースを取り出した。
その光景を眺めながら、静香の頭には温泉にお盆を浮かべてお酒を飲むという、ドラマで良く見かけるシーンが思い浮かぶ。
「お酒じゃないんだね」という純粋な疑問を口にすると、「湯の中で飲んだら酒がすぐに回るだろ」と当然の返事が返って来た。確かに。

「脱衣所に冷蔵庫あったろ?あそこに冷やしてあった」
「…そうだっけ?」

脱衣所に冷蔵庫なんてあっただろうか?と記憶を辿るが、脱衣所で体を隠すタオルをどうするか…等という悩んでいた静香には、全く思い当たるところがない。
そんな静香の様子を察したのか、振り返らずとも岩泉はクスクスと肩を震わせる。

「お前も早くこっち来い。ジュース温くなるし、俺も逆上せる」
「えっ、ちょっと待って!」

桶に溜めたお湯をバシャリと体にかけてから、静香はタオルを掴んで風呂へと戻る。
背を向けて湯に浸かっている岩泉のとなりにそろりと足を入れ、そのまま体を湯船に沈める。
ここまでくると、なんだか一生懸命に体を隠しているのも少し馬鹿らしくなり、タオルは風呂の縁に置いた。
そうして岩泉から手渡されたオレンジジュースの入ったコップを受け取り、それをこくりと飲み込む。
オレンジジュースは良く冷えているうえ、甘酸っぱく濃厚で、しかし後味は爽やかで口当たりも良い。

「…美味しい」
「風呂の中でこういうの飲むのもいいな」
「本当…」

湯に浸かっての飲食は、なかなかに体験できないことだろう。
更に目の前には、整えられた庭の美しい眺めも広がっているのだから、なお貴重である。
そんな絶景を眺めながら、ぼんやりとコップを傾けた静香だったが、意識が別のところへ逸れていたせいで、口に含めるジュースの分量を誤ってしまった。
そのために口元から溢れたオレンジジュースは静香の顎を伝い、胸元へとぽたりと落ちる。
慌てて胸元を手で覆い、温泉にオレンジジュースが落ちないように受け止めてから、静香は慌てて後方に置いてあるタオルに手を伸ばす。
自身の肌を伝う甘いそれを拭き取ろうと振り返った刹那、湯の中で不意に腰に腕を回され、そのまま引き上げられるように風呂の縁へと持ち上げられた。
一瞬何が起こったのか理解できなかった静香ではあったが、湯の中に未だ浸かったままの岩泉が身を乗り出し、あろうことか静香の胸元に舌を這わせたものだから、思わず飛び上がった。
生暖かい感触を敏感に感じ取り、悲鳴に近い声を上げる静香に、岩泉はくつくつと笑う。

「甘めぇな」
「……もう」

どうやら、静香がジュースを零した一部始終を見ていたらしい。
それにしても、溢れたオレンジジュースを舐めとるとは刺激が強すぎるのではないだろうか、と静香は内心で文句をたれる。
しかし、悪戯が成功して嬉しそうにしている岩泉を見下ろしていると、そんな不満もどこかへと飛んで行ってしまうのだから、何もかもが手遅れだ。
これが惚れた弱味とてもいうのだろう。
オレンジジュースが伝っていない場所に顔を埋め、唇を寄せ始めた岩泉の頭を掻き抱き、静香はハァと熱い息を漏らす。
なんだか、体が酷く熱い。
まるで逆上せたかのようにぼんやりとしていく意識の中で、岩泉の好きなようにされながら目を閉じると、そのまま温泉の縁と同じくらいの高さにある檜の床に、そろりと押し倒された。
床に触れた素肌がひやりとはしたが、すぐに覆い被さってきた岩泉の体温に、全身の温度が上昇する。
剥き出しの肌同士を触れあわせて、舌をからめるようにキスを繰り返す。
先程飲んだオレンジの味が薄まる程に深く口づけながら、静香は腕を岩泉の首に巻き付ける。
「もっと」と言葉無くねだれば、岩泉は口端を上げて緩くのしかかり、希望通りに下にいる静香の呼吸を奪う。

「…は…、酔いそうだ」
「…お酒飲んでないでしょ」

合間で会話をしながら、体を這い始めた岩泉の手に、静香はビクリと反応する。
ぽんぽんと頭を撫でてくれる岩泉の普段の手つきとは違う、肌の感触をじっくりと堪能するように動くその所作に、静香は身をよじる。

「や…それ…」
「ん?」
「…はじめの触り方…」
「………」
「…なんだか…凄くえっち…」
「……何言ってんだよ」

やや吹き出すように笑ってから、岩泉は未だ湯に浸かったままになっている静香の膝から下の足を引き上げるように、静香の膝裏に手を滑らせ持ち上げる。

「…えっちなことしてんだろ?」

当然だという風に、岩泉は静香の首筋に顔を埋める。
唇の次は、愛しい彼女の体を堪能しようと動くそれに、静香は思わず岩泉にしがみつく。
背中に感じる檜の硬い感触を感じながら、身動きがとれぬままに愛される事を予感し、静香はたまらなくなって目を閉じる。
お風呂に一緒に入ったこともだが、こういうことをこういう場でするのは初めてだ。
未知の体験への期待と触れ合っているこの行為に、心臓はどうにかなってしまいそうな程に高鳴っている。
しかし、息も荒くなり、お互いに盛り上がり始めた矢先、岩泉が急に動きを止めた。

「…まずった」
「…え?」
「ゴム、カバンの中だ…」

ああもう、と零して岩泉は項垂れるように静香にのしかかる。
避妊具を用意していたらしい岩泉の発言を聞き、今夜はどうするつもりであったのかを知って顔を赤らめた静香だったが、今のこの状態を思うと、とても今更である。
心底失敗した…とばかりに額を抑えている岩泉の背中に手を滑らせて、静香は励ますようにゆるりと口を開く。

「…でも、良かったかもよ。このままじゃ、逆上せちゃうだろうし…」
「…そりゃ、そうだけど」
「……続き、布団でしよう」

どうも歯切れの悪い岩泉に対し、静香の口から思わぬ本音がするりと飛び出た。
大して深い意味があったわけでは無かったが、よくよく考えてみるとあからさまな意思表示でしかないこの発言に、静香も岩泉も一瞬息を飲む。
ふしだらな事を言ってしまった…!と赤くなって固まった静香を他所に、岩泉は赤面する彼女の耳元に唇を寄せる。

「なんか…お前にそんな風に言われると新鮮だな」
「…そうかな?」
「なぁ、誘ってみてくれ」
「えっ」

これから何をしようとしているのか分かっていて、岩泉は意地悪な事を言う。
どうせこの先どうなるのかなんて、変わりはしない。
だからこそ存分に煽ってくれてもいいのだと暗に言っているようで、静香は予感してびくりと体を震わせる。

「とびきり誘惑する感じで頼むわ」
「誘惑って……」

そんな色仕掛けのようなものが、私にできると思っているのか。
一応、脳内では「誘惑」にあたるであろう台詞がいくらか浮かぶが、それを口にするのは羞恥心に憚られた。
しかし、今自分の上に覆い被さっている岩泉は、静香の口から出るいかがわしい発言を期待している。

「…スケベ」
「今更だろ」

くつくつという笑い声を聞きながら、静香はなんと言おうか数秒思案する。
この時点ですでに静香の負けは決まっていて、しかしそれが一つも悔しく無いのだから困ったものだ。
岩泉に翻弄されるのは嫌いではない。
むしろ好きと言ってしまえば、私はとんだ変態だと言われてしまうだろうか。

「…はじめ」

しかし、どうやっても敵わないのだ。
こうやって、静香が身に纏う羞恥や諸々の布を脱がせて、岩泉という男に裸にされていく。
それに抗う意思も無く、そのまま絆されてしまいたい。
そう思っている時点で、勝負になんてなりはしないのだ。

そうして静香は腹をくくってから、すっかり水分が乾いてしまった岩泉の背中をするりと撫でて、できるだけ色っぽい声色で吐息のように囁いた。
これが今の静香の、精一杯だ。

「たくさん、抱いてください」
「…はは、喜んで」

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