花巻貴大は今現在、妻であるナマエの目の前でハーレムを作り出していた。
「わー、すごーい!上手!」
「ほら、ミキちゃんもやってみて」
「あっずるい!あたしもやりたい!」
「だめだよ!次はなっちゃんの番!」
「パパ、わたし早く食べたい!」
長身の旦那の膝を越えるくらいしか背のない、愛らしい女の子達に囲まれ、旦那もご満悦である。
好物のシュークリームを良く作っている事もあり、お菓子作りの腕前は中々のものだ。
料理の腕は、正直ナマエを追い越してしまっているので、妻として立つ瀬が無いのが痛いところではある。
「ナミちゃんのお父さん、かっこよくてお料理も上手で凄いねー」
女の子達にそう評価をされる旦那が、昨晩「やっぱ胸か尻かと言ったら、胸だよな!」などとテレビ番組で水着でお風呂に入る女性レポーターを見ながらくだらない事を力説していたのを思い出した。
こんなおっさんのセクハラ発言を教えたら、この子達はさぞや幻滅する事だろう。
俺のイメージが崩れるからやめろ、と固く口封じをされていることもあるが、まさかそんな下衆い話題を幼い彼女達にするはずもない。
キッチンから少し離れたリビングのテーブルを整えていたナマエは、苦笑いを浮かべる。
「ねぇねぇママ、これなぁに?」
旦那の周りに集まっていた女の子達の輪から抜け、我が娘はお皿の上に置かれた厚みのあるレースに視線を向ける。
「シュガーベールって言うの。お砂糖だから食べられるよ」
「ええっ、本当?」
驚いた顔でレースをまじまじと見つめ、つんつんとつついてみせる姿は可愛らしい。
娘の上げた声に反応したのか、旦那の周りに集まっていた女の子達も一斉にナマエの周りに寄って来た。
ボウルと泡立て器片手にキッチンに立ったままの旦那様は、周りにはべらせていた女の子がいっきに居なくなった事で少し寂しそうだった。
そんな夫に目を向けてニヤリと笑ってみせれば、苦笑いを浮かべた貴大もボウルを持ったままリビングのテーブルの周りにやって来た。
「ベールって知ってるよ!結婚式にお嫁さんが頭につけるやつでしょ?」
興奮気味に鼻息を鳴らす娘の友達は、シュガーベールの「ベール」という単語に反応した。
お嫁さんに憧れる年頃なのか、娘達は口々に結婚式の話をしはじめる。
白い教会、神父さん、花ふぶき、お姫様、ブーケ、なんて単語が飛び交うその会話を微笑ましく思いながら聞いていると、ふと娘が口を開いた。
「パパとママは、どうして結婚したの?」
ほんの興味本位なのだろう。
結婚式の話をしたからなのか、娘も娘のお友達純粋無垢な目で二人を見上げる。
ボウルをかかえたままの旦那と顔を見合わせると、貴大はニィと意地の悪そうな無邪気な笑みを浮かべた。
「聞きたい?」
「聞きたい!」
元気よく応える娘とその友達の声にかきけされてしまったが、ナマエはぼそりと「聞きたく無い」と呟いた。
妻の発言を耳で拾っているくせに「しょうがないなー」なんて言いながら、夫は自分たちの「馴れ初め」というものを話し始めた。
ああ、恥ずかしいなぁもう。
そんなことを思いながら、ナマエも過去の記憶を振り返っていた。
私と貴大の出会いは、高校2年の頃に遡る。
当時の私の貴大の認識は「バレー部のでかい人」で、貴大の私への認識は「名前忘れたけどクラスの女子」だった。
大して口も聞いた事も無い、お互いにお互いを意識していないクラスメイト同士、打ち解けたきっかけは、家庭科の授業の調理実習だった。
5人1班で、班員での決めた好きな料理を作る、という授業内容で、ナマエと貴大の班はスイートポテトを作る事になっていた。
しかし、家庭科の実習前日に班員1人がインフルエンザに、そして当日に他の班員の女子二人もインフルエンザで欠席になった。
女子二人の連絡先を知っていたため、二人から「今日は学校を休む」という連絡を受け取ったナマエは、瞬時に家庭科の授業のことを思い出した。
さつまいもを持って来るはずだった二人が休んだことにより、今日の家庭科の材料がナマエが持って来る「卵」と、貴大の「牛乳」しかない。
このままではホットミルクと卵焼きくらいしか作れない、と察してナマエは台所の棚を漁った。
生憎貴大の連絡先なんて知らないので、調理実習でひもじい思いをするのを回避するにはナマエが動くしか無い。
そうして探り当てたのは、スーパーに売っているホットケーキミックスだった。
簡単ふわふわ!おいしいホットケーキ!と書かれたパッケージをカバンに突っ込み、ついでに貰い物の洒落た紅茶を持って学校へ向かった。
これでどうにかなるだろう。
そうして迎えた午後の家庭科の時間、家庭科室の自分たちの班に与えられた調理台をはさみ、二人だけになってしまった状況に苦笑いをしている貴大の目の前に、カン!とホットケーキミックスを置いた。
自信ありげに鼻を鳴らすと、「やるじゃん!」と貴大は歓声を上げた。
「いやまじで苗字さんが居なかったら俺、一人寂しく牛乳すすってるところだったわ」
そんなことを言いながら、手際良くホットケーキを焼いていく貴大には随分と感心したものだ。
パッケージにそっくりのふわふわ黄色いホットケーキを眺めながら「花巻君料理上手いね」と言えば「実は家でよく甘いもの作るんだよ」なんて言って、貴大はホットケーキをひょいとひっくり返した。
見た目も匂いも美味しそうなホットケーキは、味も見た目以上に裏切らなかった。
他の班のクラスメイトが「いいなぁ」なんて言いながら覗きにやってくるくらいだ。
当時の私はそれはそれは、貴大の料理の腕に感動し、「凄い凄い!」なんて馬鹿みたいに連呼していたが、貴大も「そ、そうか?」なんて照れていたっけ。
これがきっかけで、貴大と良く話すようになったのだ。
褒められて満更でも無かったらしい貴大は、家で甘いものを作るとナマエにも持って来てくれるようになった。
二人して貴大の手作りのお菓子を食べることも多くなり、そうして気がつけば、彼氏彼女になっていた。
「お前を太らせにきましたー」なんて言いながら、自身の好物であるシュークリームを持って来た貴大に「今日も太りまーす」となどとふざけてみせて、二人で笑い合った高校時代。
そうして年月が経ち、大学を卒業する頃には、ほとんど同棲に近い生活を送っていた。
「今回のシュークリームはわりと自信作」
「それ、いつも言うよね」
「俺の料理は、常に進化してんだよ」
「何それ」
ナマエがクスクスと笑うと、貴大は完成したてのシュークリームをお皿に綺麗に乗せた。
そしてフォークの添えられたお皿をナマエの前に置き、ゆっくりと正面に腰掛けてから、何でも無いように口を開いた。
「お前には、俺の最新作を一生、食べ続けて貰いたいんだけど」
「へぇ」
大して深く考えもせずに、当時の最新作であるシュークリームにフォークを突き刺して口に運ぶと、貴大は微妙な表情でこちらを見ていた。
あの発言がプロポーズの言葉だと知ったのはそれから1週間後のことだ。
同窓会から帰って来て早々、「なんで1週間前のあれがプロポーズだって分からねーんだよ。馬鹿なの?」なんて言いながらぎゅうぎゅうと抱きしめられた事を、ナマエは一生忘れられそうにない。
「それで、あの時のホットケーキもなかなかだったんだけど…」
口を動かすと同時に、料理の方も順調に進めていた旦那ではあったが、どうやらお菓子の方が先に出来上がってしまったらしい。
もはや娘達は貴大の話より、ふっくら焼き上がった皮にぎゅっと絞り込まれるクリームが気になっている。
誰も話を聞いていないというのに、未だ二人の甘酸っぱい馴れ初め話を続ける旦那の言葉を遮るために、ナマエはパンパンと手を打ち鳴らした。
「ほらほらアナタ、もう無駄なおしゃべりはやめにして。皆お腹空いてるんだから、早く食べちゃいましょう」
そう言ってナマエは、甘い紅茶にシュガーベールを浮かべる。
お菓子作りは貴大の方が上手いけれど、甘いもののお供である紅茶に関しては、ナマエの方がずっと淹れるのが上手いと自負している。
透ける赤茶に白く浮かぶレースの可愛らしさに、娘達も「わぁ」と声をあげた。
「おっとそうだった」なんてハッと思い出したような顔をした旦那は、他にも作っていたゼリーやお菓子を机の上にまで運んで来る。
おやつの時間を少し過ぎてはいるが、お茶会の準備が整ったのを確認し、ナマエはゴホンと息を整えた。
いただきます、の合図を待っている娘達を眺めながら、ナマエは肩を竦めて笑ってみせた。
「今回の紅茶は、わりと自信作」
ぱちんとウインクをすると、旦那はやや目を見開いた後、穏やかに笑った。
そんな旦那との視線だけのやりとりに浸っていると、娘達がまだかまだかとナマエに視線を送る。
そうね、夫婦同士の時間は後にして、今は目の前の甘いものに集中しよう。
それでは皆さん、手をあわせて。
さあ。
「愛を召し上がれ」
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