わいいのはどっち?





 ちゃぷ、と水をかく音と、陽気な鼻歌が反響して響いている。そして、


「…おい」


 いつもより低音の、不機嫌さを孕んだ男の声も。


「おいなまえ、何のつもりだ」
「…なんの、って?」
「なんだこの湯は」


 えー楽しいでしょ?と三蔵の胸に体を預け、なまえはあどけなく笑った。広い浴槽に張られている、少し熱めの湯。そしてその上にモコモコと泡立っているのは──大量の泡。


「今日ね、街に八戒と買い物に行って」
「…」
「偶然入った雑貨屋さんで見つけたの、泡風呂の入浴剤」


 ひどくご機嫌な声でなまえは、悪びれもなくケロリとそうのたまった。


「…珍しいことを言うと思えば、これだ…」


 買い物から帰ってきたと思ったら、「ねえ、三蔵一緒にお風呂入ろ!」と飛びつかんばかりの勢いで誘いかけてきたなまえの言葉に、疑問を抱こうともしなかった数十分前の自分にため息をつく。阿呆か俺は、と、そう独り言ちて。三蔵は湯船に浮かぶ泡を手に、息を吹きかけたり指先でつんとつついたりして遊んでいるなまえを眺めた。

 しっとりと濡れ、いつもより少し赤らんだ首筋が眼前に見えた。方眉を少し持ち上げた三蔵が、唇の端をにやりと持ちあげる。そんな三蔵の表情に気付かず、鼻歌を歌いながら湯に浮かぶ泡で遊び続けるなまえの口に己の歯をたてようと──


「さーんぞっ」


 ──したところで、無邪気にほほ笑んだなまえがくるりと三蔵を振り返った。小さくビクリと身体を震わせ、不意を突かれた三蔵は、腹の底から絞り出すように深いため息をひとつついた。


「…なんだ」


 不機嫌そうにぽつりと呟いた三蔵の鼻先に、ちょんとなまえの指先が触れる。何事だと思って目を向けると、かすかに見える白い影。それを見据えた三蔵の目が、ピクリと不機嫌そうに歪められた。


「…なまえ」
「ふふ、三蔵かわいい」


 地の底から響くような声で自分の名を呼ぶその男の、至極不機嫌そうなその表情に悪びれることも恐れることもせず、なまえは愛おしそうに紫暗の瞳を見つめ返した。そして──不機嫌そうに歪められたその薄い唇に、ちゅ、と音をたてて口づけをひとつ。

 ふと唇を離し、へへ、と照れたように笑みを漏らすなまえを見据えて。眉間を指先で抑えた三蔵は、もう一度ハアと深く大きなため息をついた。


「……お前は、大馬鹿野郎だな」
「あ、またそんなこと言う。馬鹿馬鹿って言ってる方が馬鹿なんだか、──ん、」


 減らず口をたたき続けるなまえの小さな唇に己の唇を重ね合わせ、ぬる、とその口腔に自分の舌先を押し込めながら、三蔵はニヤリと不敵に笑みを溢す。小さく身もだえるなまえの体を、もう逃がさねえ、というかのように、力強く掻き抱いた。