Good morning,my darling!



コポコポとコーヒーメーカーが音を立てている。ふわりと鼻孔をくすぐっていく良い香りに、なまえはぐっと大きく息を吸い込みそれを楽しんだ。手に持つ小さなフライパンの中には、じゅうじゅうと良い音を立てて焼けていく卵。菜箸で一度ぐるりとそれをかき混ぜ、火を弱火に落とす。


ふと、壁にかけられている時計を見上げると、時刻は10時半を指し示していた。ちら、と後方にあるドアに目を向ける。寝室へと繋がっているそれが、開く気配は全くない。
その先の部屋にいる恋人の顔を思い浮かべなまえは、仕方ないなというような笑みを溢し、もう一度フライパンへと向き合った。寝室のベッドで眠っているであろう赤髪の美丈夫は、朝がてんで苦手であり、この時間になっても眠っていることはざらだった。


朝食の予定が、このままだとブランチかな、とぼんやり考えながら次の作業に移ろうとソーセージの入った袋へと手を伸ばした。──ところで、不意を突くように背中にのしかかってくる重みと首へと回る腕の力を感じ、なまえは短く悲鳴を上げることとなった。


「ッ…もう!悟浄!」
「…おはヨ」
「おはよう……じゃないでしょ!気配消して近づかないで!」


──それに、料理してるときは抱き着くの禁止って言ったじゃない!


ぷんぷん、と、効果音を着けるとしたらそんな音が聞こえてきそうな様子でわめくなまえの姿を見て、今しがた起きてきたであろう赤髪の美丈夫──悟浄は、ふは、と吹き出すように笑った。


「だァって、起きたらなまえチャンがいないんだもん」
「…悟浄が起きるの待ってたら、日が暮れちゃう」
「ツレねェな」


俺はこんなに寂しかったのに、とふざけ茶化すように泣きまねをし、悟浄は自分の額をなまえの頭に押し付けこすりつけた。次いで、啄むようにつむじに一つ口づけを落とされる。そして──ツツ、と男の指が太ももの内側を這う感触がして、なまえは悟浄の腕の中で身をよじらせた。


「ご、じょうっ!やめてってば!」
「だーって、こんなカッコ、誘われてるみたいよ?」


にやにや、と笑う男の表情が目に見えてわかってしまうのが悔しい。ああ、面倒くさがらないで自分の服をしっかりと着てくるべきだった──数時間前、ベッドの下に落ちていた悟浄のシャツを素肌に羽織り、そのままこの時間まで過ごしてしまった自分を恨めしく思うが、後悔先に絶たずとはこのことである。

「なまえ」
「…ンぅ、」


名前を呼ばれ思わず振り返ると、覗き込むように降ってくる唇を、甘んじて受け止めた。ぬるりと腔内に侵入してくる舌先に、くぐもった声が漏れる。耳の奥に響く音が官能的で──このまま流されてしまおうか、となまえの思考が甘く溶け始めたころ、ちゅっと啄むように音を立てて一度キスを落とし、悟浄の体がぱっと離れていった。


「ハイ、おしまい」
「ぇ…」
「これ以上邪魔すんな、って怒られっからな」


ああ、目の前で意地悪くニヤニヤと笑う男が憎たらしい。全部わかってやっているのだ、この男は。なまえの体の奥が最早ざわざわと甘い疼きにざわめいていることも、もっとしてほしいと望んでしまっていることも、全部。


「──いじわる」
「なんとでも?」


してやったり、というように唇の端を持ち上げて微笑む悟浄。悔しくて、せめてもの仕返しにと、その真っ赤に燃えるような髪を人房掴み引き寄せ、噛みつくようにその薄い唇へとキスを落とす。そして、徐々に深まっていく口づけに、翻弄されるように悟浄の首に両腕を回して、もっと、と強請るようにさらに強くその身体を引き寄せた。


──カチ、と、どこかで火を止める音が鳴るのを、遠くに聞きながら。