つの日かきっと?



なまえは胸に抱えた紙袋をぎゅっと握りしめた。しくじったな、と頭の片隅で想いが巡るが、今は過去のことを振り返って後悔している余裕はなさそうである。


「ねえ、いいじゃん?一緒に遊びに行こうよ」
「ここで会ったのも運命〜ってね」


にやにや、といやらしい笑みで笑い続ける男たちをなまえは鋭い視線で睨みつけた。そして、すぐに逃げ場を確認するように瞳を左右へと動かすが、“逃げられること”は想定の範囲内なのだろう、道をふさぐように男たちが立っていた。


「…ごめんなさい、待っている人たちがいるので」


久々に立ち寄った大きな町。妖怪の侵略を受けていない穏やかな街。野を越え、山を越えて進んできた心と体を休めるように、数日間の滞在を決めた直後だった。少しだけ、気分転換のつもりで、なまえは一人街に買い物に出かけることを決めた。「大丈夫ですか?着いていきましょうか?」と心配そうに尋ねる八戒の言葉に、「大丈夫!」と豪語したはいいものの、面倒臭い事態に巻き込まれてしまったあたり、なにも「大丈夫」ということはなかったのだ。


買い物を終え、さてそろそろ宿に戻ろうかというところで、宿に続く近道を発見して裏路地に一歩踏み入れたのが運の尽きであった。いつから着けてきていたのか、しばらく進んだところで3人の男に絡まれ、現在に至っている。


「えー少しくらい大丈夫だって。なあ?」
「あっちに美味しいお店があんだけど、どう?」


にやにや、にやにや笑いながら。しつこく食い下がってくる男立ちの姿に、なまえは徐々にいら立ちが募っていくのを感じた。


──普段なら、こんな奴ら。


もう一度、ちらと視線を右へ移した。その先にはざわざわと賑やかに行き交っていく人々の姿。ここで騒ぎを起こして大ごとになり、目立つのも、三蔵に怒られるのも、八戒に呆れられるのもできれば避けて通りたい。なんとか撒けないものかと思い、なるべく穏便に済まそうと、笑みを顔面に張り付けて、もう一度断りの言葉をかけようとした──その時。


「…よォ、待たせたな」
「えっ?」


グイ、と目の前でにやついていた男の顔を掴み、押しのけながら、よく聞き慣れた声が頭の上から聞こえ、なまえは呆気にとられて声のした方を見上げた。すると、燃えるような赤髪がパッと目に映え、なまえは瞳を瞬かせた。


「──悟浄!」
「…戻ってこねェと思ったら、なーにしてんのよ、なまえチャン」


「っ…!誰だテメェ!」


がっしりと掴まれた男をかばうように、残されていた2人の男が割り込んできた。悟浄は、その男たちをちらと一瞥するように視線を流す。


「──お前らこそ、俺の女に何か用か?」


ぐっと、力強く引き寄せられた肩に触れる熱い手。寄り添った頬の感触。
思いがけず訪れたそれに、なまえは悟浄の体に自分の身を預け、目を瞬かせて固まった。


「…痛い目見たくなかったら、とっとと消え失せろ」


目上の高さから、ジロリと真紅の瞳に射抜かれて、男たちはぐっと言葉を飲み込んだ。そして、おい行くぞ、とこそこそ言葉を交わしたかと思ったら、路地の更に奥へと駆け足で姿をくらませて行った。
その男たちを視線だけで見送った。ピリ、とした悟浄の雰囲気と、シンと静まり返った空気になまえは思わず身をよじった。


「──あの、ありがと、悟浄」
「ン?──ああ、イイって」


それより、気をつけろって言っただろ?
そう、あきれ顔で呟きながらも、ポンポンと頭をなでて離れていく手は暖かく優しい。くるりと踵を返した悟浄の背中を見つめながら、なまえは触れられた頭を自分の手そっと撫ぜた。


「おら、帰るぞなまえ。お前が帰ってこないおかげで、機嫌悪いのが2人もいんだからな」
「…ん」


小さくうなずきと返事をしながら、なまえは赤くなっていく頬を冷ますように自分の両手を添えた。頭の中では、先ほど悟浄の口から放たれた言葉が反芻していて。


(──俺の女、かぁ…)


いつか、いつか、本心からそう言ってもらえる日がくればいいな、なんて。
自然とにやけていく口元を隠すかのように、なまえは胸に抱えた買い物袋を、ぎゅっと力強く持ち直した。