Dear...


漆黒色の、サラサラと指が通る、艶のある綺麗な髪の毛。その下に隠れているあどけないような、安心しきった表情で眠る八戒の表情を見て、なまえはじんわりと心に染み渡る幸せを噛み締めた。


眠る八戒を起こさないようにと、その漆黒の髪の毛にそっと触れる。なぞるかのような仕草で頭にふわりと触れてみた。起きるかな、と顔を覗き込んでみても、スヤスヤと心地好さそうに眠り続ける八戒を見て、くすりと笑みが溢れた。


ちら、とベットサイドに置いている時計に目を向けると、時刻は23時59分を指し示している。カチ、カチ、と秒針が時を刻む音をしばらく聴き続けていると、カチリと少しだけ重い音がした後、長針がひとメモリ時を刻んだ。


「…ハッピーバースデートゥーユー…」


聞こえるか、聞こえないかといった声量で、なまえは歌い続けた。今日の日付は9月21日。この日は──目の前で眠る男、八戒が産まれた日。愛おしむかのように、慈しむかのように、優しい声色で歌を囁き、なまえの指先は八戒の漆黒の髪の毛を優しく撫で続ける。
そして、歌が終わろうとしたところで──


「…起きてる時に歌って欲しかったなあ」
「…ッ!」


するり、と、髪の毛を撫でていた指先ごと絡めとられて、なまえは声にならない声をあげた。眠っているはずであったその男は、深緑色の瞳でなまえの瞳をじっと見つめ、至極残念そうにそう呟いた。その呟きに対し、なまえは少しだけ考えるようなそぶりを見せた後、ぽつりと言葉を続けていった。


「…こういうの、苦手かなと思って」
「おや。どうして?」
「……どうして、って」


絡め取られた手のひらは大きな八戒の手によって包み込まれる。うつむこうとするなまえの瞳を、逃がしませんよ、というかのような八戒のいたずらな瞳がズイと覗き込むように見つめている。心内を見透かすようなその視線に、なまえはグゥとうなるように息を飲み込み、八戒の胸に顔を埋めるようにその身体に自分の身を寄せた。


──彼には愛した双子の姉がいた。産まれた日が同じその存在を、この日に想い出さないはずがないのだ。


自分の胸に、顔をぐりぐりと押し付け、なにやらもごもごと呟き続けるなまえの様子を見て、八戒はふっと短いため息をついた。そして、眼前に見えるなまえの頭をゆっくりと撫でる。


「…ねえ、なまえ」
「……」
「貴女が何を考えているのか、なんとなくわかります」
「……」
「……でもね、」


頭を撫でていた手の平が、なまえの顎へ緩やかに添えられる。優しく、それでいて反らすことは許さないように緩やかに顎を上向きに持ち上げられ、なまえはそっと視線を八戒へと移す。八戒は、その目じりに薄く光る涙を掠め取るように、口づけを落とした。


「…今、僕がこうして穏やかな気持ちでこの日を迎えられるのは、なまえ、貴女がいてくれるからなんですよ」
「…八戒」
「ねえ、だからなまえ」


──そんなに悲しそうな顔をしないで、笑って。


額を優しく合わせて、懇願するように呟かれたその言葉。なまえは、さらに溢れてきそうになる涙をぐっとこらえて、唇の端を持ち上げて微笑んだ。


「八戒、…生まれてきてくれて、ありがと」


だいすきだよ、震える声で伝えられたその言葉に八戒は至極幸せそうに微笑んだのだった。