付いてよ、好きだよ!



「…ワォ、綺麗な紅葉ね、悟浄」
「……ほっとけっつの」


悟浄は、テーブルに肩ひじを着いて煙草をふかしながら、ふてくされたように唇を尖らせた。彼の良く整った顔、街を歩けばそこ行く女が思わず振り返るようなそんな美丈夫──の右頬には、なんとも見事な赤い手の跡がついていた。


そのくっきりのこったカタを見て、なまえはハァと大きくため息をついた。わざと、悟浄の耳にも聞こえるように大きな音をたてて。


「ンだよ」
「別に?モテる男は辛いと思って」


可愛くない皮肉をその口から漏らしながら、なまえは蛇口をグッとひねって冷えた水を出す。タオルケットによく水を浸み込ませてぎゅっと絞り、冷やしタオルをひとつ。きれいに四つ折りに直したそれを、ん、と悟浄へと手渡した。


「お、サーンキュ」
「…で?今度は何したの」
「あ?…あー…」


なまえの手からタオルを受け取りながら、歯切れ悪くなまえは視線を泳がせる。この男のことだ、惚れただの惚れてないだの本気だの本気でないだの、ヤッただのヤッてないだのとまた女とこじれた話になったに違いない。普段は後腐れなく上手に女遊びを楽しんでいる悟浄だが、たまにややこしいことに巻き込まれては頬に──見事なまでに綺麗な──跡をつけて帰ってくる。本人は「男の勲章だ」と言ってカラカラ笑っているけれど。


「……もうやめたら、女遊び」
「女が俺をほっとかないんだなァ」
「そろそろ落ち着けばいいのに」
「…なんだよ、今日はやけに突っかかってくんな」
「わ、っ」


ガシガシ、と頭を乱暴に撫でられて思わず間抜けた声が上がった。ぐちゃぐちゃにかき乱された髪の毛の隙間から見える悟浄は、ニヤニヤと笑っていて。お前が心配することじゃねェよ、なんて、まるで子どもに言い聞かせるかのように言うから。


「──っもうバカ!」


パシッと音を立てて、頭を撫でていた悟浄の手を勢いよく振り返った。おっと、と驚いたような声を上げる悟浄の顔をキッと睨みつける。


──悟浄が好きなタイプには程遠いことはわかってる。胸が大きいわけでもなければ、セクシーさを兼ね揃えているわけでもない。タバコもお酒もギャンブルの良さもわからない。出逢ったころから変わらずに、年下の子どもに接するような態度をとられつづけてる。それも彼なりの愛情表現であることも、可愛がられてることもわかってる。でもそれは同時に、女として意識されていないことを突き付けられているともわかってる。──けど、だけど。


「いつまでも子ども扱いするな!」


呆ける男のシャツの胸倉をつかみ、不意打ちに引き寄せて、その唇に噛みついた。ガツ、と歯と歯同士がぶつかり合う音がする。お世辞にも色気のある口づけとは程遠い。唇を離すと、ポカンと呆気にとられたような表情の悟浄。対してなまえは、自分の顔も、耳も、体も、全てが熱く燃え上がるような感覚がしていた。


「──好きなの、あんたのことが!」
「…は?」
「少しは意識しろ、このエロ河童!」


なまえはまくし立てるようにため込んだ思いをぶちまけて、逃げるようにその場を立ち去った。残された悟浄はというと──今まで妹のような存在としてしか意識していなかったなまえの突然の告白に、「…まじで?」と呆気にとられたまま、ぽつり、そう呟いたのであった。