I love what even you




この生活に、不満があるわけじゃない。


同じような年ごろの女の子は皆、綺麗に着飾った服を着たり、お洒落に化粧を施したり、髪の毛をアレンジしながら街の中を話に花咲かせながら歩いている。──そんな女の子たちを見るたび、いいなあ、なんて思わないわけではないけれど。大切な仲間たちと旅している時間も、他愛のない話をして笑いあっているのも、こっそり好きな人の横顔を後部座席から眺めるのも、私だけに与えられた特権だとも思っているから。


──けど、だけど、やっぱり一人の女としては、毎日のように続く戦闘のためにどうしても青タンや瘡蓋に傷跡が絶えることはない体は、いささか引け目を感じるのも確かなのである。


「──三蔵、ちょっと待って」
「あ?」
「やっぱり、今日は、ちょっと、やめときたいな、って…」


消え入りそうな声でそう呟くと、目の前の紫眼は思った通り不機嫌そうに歪められた。ベッドに押し倒された状態のまま、ずりずりと逃げるように上方へ身体を滑らせていく。納得いかねえ、という雰囲気を前面に押し出している三蔵に向かって、なまえはごまかすような苦笑いを浮かべた。


「連日の戦闘で三蔵も疲れてるでしょ?」
「…」
「だから今日は早く寝たようがいいんじゃないかなー…なん、て…」


不機嫌そうに顔をしかめるどころか、目には見えぬものの淀んだ空気を纏い始めた三蔵の様子を見て、なまえはどうすることもできずに見つめていた視線を横へ滑らせて空を見る。
久しぶりの恋人同士の二人きりの時間、気の利く仲間たちが2人部屋を宛がってくれ、良い雰囲気になり二人ベッドへ雪崩れ込んだ矢先のこの言葉に、不機嫌にならない男がいるのだろうか。


目線を反らすなまえを見据え、納得のいかない様子の三蔵は、その細い手首を自分の身体の傍へと引き寄せる。そしてもう一度なまえの体を自分の体の下へと組み敷くと、噛みつかんばかりの勢いで首筋へと口づけを落とした。


「ちょ、っ…!三蔵、やだってば…!」
「…テメェ、何考えてやがる」


首筋に顔をうずめたまま、地の底から響くような声で三蔵はなまえに問うた。びく、と身体を震わせたなまえだったが、答えたくない、と言うかのようにプイと横を向く。
いい度胸してんじゃねえか、と。その行動にしびれを切らした三蔵の指先が、ツイとなまえの太ももをなぞり、ショートパンツの裾からその奥へと滑っていく。こそばゆいようなその感覚に、なまえは身体をぶるりと震わせて足をバタつかせた。


「…ッ…汚いから、見ないで…」
「あ?」


じわ、と熱いものが溢れ出ていくのを、止めることができなかった。泣きたくはない、と思う自分の心とは裏腹に、なまえの瞳からはとめどなく涙があふれてはシーツへと吸い込まれていく。その様子を見て、三蔵は思わずなまえの身体をなぞっていた指先の動きをぴたりと止めた。


「この前、妖怪と戦ったとき、気付かなかったんだけど、いっぱい怪我しちゃったの」
「…」
「…お腹におっきい痣もあるし、腕とか、足とか、切り傷だらけだし、前の戦闘の傷もまだ治ってない、し…」


仕方ない。それも理解している。──けど。好きな人に触れてもらえるのならその時は、綺麗な体の自分でありたいと思う。


「…や、だよ…」


絞り出すかのように呟かれたその声は、か細く、震えていた。
未だはらはらと涙をこぼし続けるなまえを見て、ハ、と三蔵は唇の端を持ち上げて笑った。


「──そんなことか」
「っ…そんなこと、って!」
「今さら何ぬかしてんだ、なまえ」


呆れたように呟かれたその言葉と同時に、首元までベロリと上着をまくり上げられ、なまえは小さく悲鳴を上げた。服の下から覗いた胴には、殴られたような大きな痣。その痣を、三蔵は舌先でべろりと舐め上げた。


「──“誰”が、“汚い”なんて言った?」
「ひゃ、っ」
「…俺が、お前を抱くって言ってんだろうが」
「ん、っ」
「……それじゃ不満だ、というのか?」


身体に残る、その傷跡一つひとつを慈しむように口づけで振れていく三蔵を見て、なまえは頭を弱く横に振った。ちがう、そうじゃない。誰と比較されるとも思ってない。ただ、ただ自分が、好きな人の前では綺麗でありたかっただけで。


「──三蔵が、いいなら、いいの…」


素直じゃない恋人の、精一杯の慰め。いつもより少し荒くれだっていた心が穏やかになったような心地がして。今度は唇に降ってきた口づけを、素直に受け止めることが出来たのだった。