りっくおあとりーと?


「なまえ、ただいま帰りました、今日…ね…」
「はっかい…」


きっと、街であったことを話そうとしてくれたのだろう、その顔には笑顔を浮かべたまま。目と目が合い、お互いの時が止まる。なんて、言い訳をしよう、どうしよう、と考えている間に、なまえの頭の中はグルグルと混乱の一途であった。


ぽか、と口を開けたまま自分の姿を見つめている八戒の表情を目の前に、なまえは何ともいたたまれない気持ちになった。そして──


「と、トリックオア、トリ」
「──なまえ、どうしたんですかその恰好は」
「え?えと、あの」


ハロウィンにお決まりのあのセリフを口にしようと、意を決して声をだした──のだが、覆いかぶるように声をかけられ、今度はなまえが呆気に取られた表情で八戒の顔を見やった。出鼻をくじかれてまたむくむくと大きくなる羞恥心を知ってか知らずか、八戒は未だ固まったままのなまえの傍へと歩みを進めて近づいてくる。


「と、友だちがハロウィンだから、って貸してくれて…わ、っぷ」
「こんなに足と肩を出して、風邪を引いたらどうするんですか」


焦ったような声と共に、なまえの身体に先ほどまで着ていたであろう八戒のコートがかぶさってくる。てきぱきとなまえの手を取って袖を通し、前のボタンををしめきって、八戒は満足そうに、これでよし、と微笑んだ。


「朝晩寒くなってきましたからね、暖かい恰好をしないと。」
「…ありがと…」
「さあ、暖かいお茶を淹れますね。」
「…ん」


着せられたコートの襟と襟を手繰り寄せて顔をうずめ、なまえは小さく頷いた。今の子の状況をスルーされたのはいささか、寂しようなホッとしたような、そんな想いと、わずかな羞恥心が残されたが、八戒が気にしてないのであれば、自分も気にしないでおこう。そう、ぼんやりと考えていたとき、「ああそうだ」という小さな呟きが耳に届いた。


「? 八戒どうしたの?」
「いえね、…忘れ物を、と思いまして」
「え…ン、」


にっこりと、満面の笑みをたたえたままの八戒が近づいてきたかと思ったら。ふいに引き寄せられて口づけを落とされる。歯列を割って入ってくる舌先に、くぐもった声が漏れ、そして──次いで腔内に滑り込んできた、ほのかに感じる甘い感覚。


「…さっきの言葉、聞こえていなかったわけじゃあありませんから」
「…っ…いじわる!」
「あはは」


振り下ろした手のひらをひょいと避けて、目の前の男は至極楽しそうに微笑んだ。いつ飴を食べたのだろう、とか、最初から分かっていてやってたのか、とか、いろいろ言いたいことはあるけれど。口内に残された飴玉に負けないほどの甘さを残して離れていった唇の感触を思い出し、なまえは熱く火照る頬を押さえるのだった。