方に私の全てを捧げます。


きっと、彼は呆れた顔をするだろう。「くだらねぇ」といつものあの表情で、大きなため息をつくかもしれない。もしかすると、意味のないことをするなと、げんこつが一つ落ちてきてもおかしくない。


でも、だって私にとっては、一年に一度しかない大切な日だから。


は、は、と短く吐き出しては吸う息の音が、静かな寺院の廊下に小さく響く。途中、すれ違った僧正に「なまえ様廊下は走るなとあれほど…!」と小言を言われたような気がするが、聞こえないふりをした。
腕に抱えたものがこぼれないように、こぼれないようにと時折目線を落としながら、それでも走る足を止めることはなく、目的地を目指して世話しなく動かした。


無駄に豪華な作りの扉が見え、なまえはゆっくりと歩みを止める。ゆっくりとその扉を見上げると、自然と緩む頬は抑えられない。両手に荷物を抱えているため、体を扉に預け、ぐっと力を込めて全身で押した。ギィ、ときしんだ音を立ててゆっくりと開く扉の隙間から顔を覗かせると、予想した通り、不機嫌そうに眉根を寄せた三蔵の顔が見える。


「──バタバタとうるせえと思ったら、やっぱりお前か…」
「へへ、…お邪魔します」
「…入っていいとは言ってねぇぞ…」


それでも、無理やりに追い返そうとしないあたり、こっそりと愛されているのだろうと思うと嬉しくて仕方がない。執務中であったのだろう、仕事用の眼鏡をはずして卓の上に置き、ぐりぐりとほぐすように目頭を押さえる三蔵の元へと、なまえはゆっくり近づいていった。


「…で?何の用だ」
「えー…ふふ、会いたくなったから会いに来たの。だめ?」
「テメェ何企んでやがる」


にや、と緩む頬が抑えられずにいると、疑い深い恋人はさらに不機嫌そうに眉根を寄せた。椅子に座るその膝の上に、さも当然というかのように腰を掛け、至近距離でその顔を見つめる。


「…知りたい?」
「興味はねぇな」
「うそ。…目をつむって?」
「……」


ピクリと微かに目を細めたような表情で、訝しむようになまえの目を見つめ返してきた。じっと紫暗の瞳を見つめていると、ハァ、と短いため息が聞こえた後、観念したかのようにゆっくりと長い睫毛がかぶさった。完全に瞼が閉じ切ったのを確認し、なまえは両手に抱えていたものをゆっくりと三蔵の頭上へと掲げる。そして──


ばさ、という鈍い音と共に、自身の頭の上から降りかかってきたモノを感じ、呆気にとられた三蔵が瞼を見開くと、バラバラと目の前を落ちていく白。


「…お誕生日おめでとう!三蔵!」


満面の笑み、といった言葉がよく似合う、なまえの悪戯が成功した子どものような、嬉しさがにじみ出ては隠しきれないような笑顔。目線だけを動かして足元を一瞥し、肩やら足やら頭やらからぽろぽろとこぼれ続けるソレをひとつ手に取ると──どこからか見つけてきたのか、小さな白い花びら。


「…テメェ…」
「あ、やっぱり?」


指先で花びらを摘まんだまま、怒りだろうか呆れだろうか、体を小さく震わせ、地の底から絞り出すかのような声で呟く三蔵に、悪びれなくなまえは笑った。そうだ、ここまでの反応は予想した通り。ぎろりと鋭い眼光でこちらを睨みつける三蔵の首に両腕を回し、ぐっと引き寄せ、額に額を合わせて。さらに至近距離に近づいたその紫を、なまえは目を細めて見つめた。


「きげんなおして?」
「…阿呆かテメェは。誰が片付けんだよコレを」
「ふふ、かわいいでしょ、この花」
「ハ、…くだらねぇな」


そういうと思った、となまえはさらに微笑む。そのまま、瞼をそっと伏せて、毒づく三蔵の唇に口づけをひとつ落として。でも私にとっては大切な日よ、と唇を触れ合わせたまま囁けば、先ほどまで不機嫌に歪められていた唇の端が、少しだけ持ち上がった。


「ね、…この花の花言葉、知ってる?」
「…知らねェな」
「…ふふ、教えてあげようか?」


こそり、と耳元で秘密ごとのように囁き、悪戯に細めた瞳でもう一度紫暗の瞳をじっと見つめた。三蔵が目の前で、悪かねぇな、と満足そうに笑う。腰をぐっと引き寄せられて、噛みつくように降ってくる口づけを、首に縋って受け止めた。