──永い夢を、見ていたような気がする。


「…、なまえっ」


まだあどけなく、幼さの残る声に名前を呼ばれて、なまえは閉じていた瞼をそっと持ち上げる。すると、じいと自分を見つめる金色が眼前に広がった。寝起き特有の気だるさが残り、状況を把握するために動き出した頭。ゆっくりと数回瞬きを繰り返すと、ようやくクリアになる視界。そんな自分の様子を、あどけなく見つめる瞳を見返して、ごくう、と名前を呼び柔らかな茶色の髪をなでてやると、目の前の少年は至極嬉しそうにはにかんだ。


「──随分とまた、気持ちよさそうに眠るもんだな、お前は」
「すみません遅くなって、いつから待っていたんですか?」


次いで後ろから覆いかぶさるように二人の声。活発に活動し始めた頭は、少しずつ現状を把握して。


──そうだ、今日の業務をあらかた終わらせたあと。何となく、皆に会いたくなって。きっと誰かしらはいるであろうと、金蝉の部屋を訪れたのはいいものの、なまえの願いもむなしく、珍しくしんと静まり返っていた室内。待っていれば、そのうちだれか来るだろう、と、いつの間にか居心地のよくなっていたその部屋の大きなソファに身を任せているうちに、眠ってしまっていたのだろう。


ゆっくり体を起こし、振り返ると、綺麗な顔を不機嫌そうに歪めながら書類に目を通している金蝉と、その横で壁に体を預けて紫煙をくゆらせる天蓬の姿。


「天蓬、金蝉、…どこに行ってたの?」
「ああ、すみません、悟空が急に新しい絵本が読みたいと言ったもので、一緒に書庫に行っていたんですよ」
「…俺はババァからの呼び出しだ」
「あんね、天ちゃんにアンパンの絵本の新しいやつ、貸してもらったんだ!」


今度なまえも一緒に見ようぜ!一冊の絵本を大切そうに両手で抱えながら、悟空は笑った。その嬉しそうな表情になまえも自然と口元をゆがめながら、そうだね、なんてゆるりと返事を返す。──と、同時に、バァン!と勢いよくドアが開いて、大柄の男がひょっこりと顔を覗かせた。


「…お。なんだみんなお揃いか」
「捲簾」
「捲兄!」
「お兄さんだけ仲間外れなんて、泣いちゃう〜。集まってるなら、呼べよなァ」
「お前はもう少し静かに入ってこれんのか!」
「まあまあ、金蝉」


くすん、と目をこすってわざとらしく涙を流す真似をする捲簾に、手に持ったハンコを投げつけそうな勢いで怒号を飛ばす金蝉。今に始まったことじゃあないじゃないですか、なんてゆるりとそれを止める天蓬に、飛びつかんばかりの勢いで捲簾の元へと走っていく悟空。その光景を見て、なまえはふふ、と笑みを溢した。


「…お、なんだァなまえ、寝てたのか?」
「…ん、いつの間にか、寝てたみたい」
「僕たちが帰ってくるのを待っててくれたんですよねェ、なまえは」
「……お前ら、ここを誰の部屋だと思ってやがる……」


他愛もない会話、いつも通りの風景。そこに、大切な人たちがいる日常。ああ、なんて、


「…なんか、なまえ、嬉しそうだ!」
「え?」


ぼんやりと、いつの間にかまた思考にふけっていたなまえの顔をひょいとのぞき込み、悟空が笑った。


「なにかいいことでもあったんですか?」


煙草の煙をくゆらせながら、薄く笑みを浮かべ、優しく目を細めて天蓬が言う。


「──なに呆けた面してやがる」


書類に落とされていた金蝉の瞳が、じいとなまえを見つめていた。


「どーしたよ?ン?…なまえ?」


捲簾の大きく、無骨な手のひらが、力強く優しく頭を撫でて。
それが、なぜかとても尊さをはらんでいて──得も言われぬ幸福感に、ギュッと胸が詰まるような気がした。


「ううん、…ううん、なんでもないの」


なまえはなぜか溢れてきそうになる涙を、ぐっと飲みこんだ。


──ただ、ただこの瞬間が、いつまでも、いつまでも続くことを願って…












「…、なまえ!」


肩を軽く揺さぶる感覚と、自分の名前を呼ぶ声に、なまえはつむっていた瞼をゆっくりと持ち上げた。すると、じいと自分を見つめる金色が眼前に広がった。何度か瞬きをすると、クリアになる視界と頭。見慣れた顔が、自分の瞳をのぞき込んでいる。


「あ、起きた。三蔵〜なまえ起きたぞ!」


身体を横たえていたソファから身を起こすと、見慣れた顔ぶれ。


「…ああ、起きました?すみません、遅くなっちゃいましたね」
「…お帰り、皆。買い出し、終わったの?」
「ええ、いろいろ買いこんでたら、予定よりも時間が長くなっちゃって。待ちくたびれたでしょう」
「幸せそうな顔して寝てたぜ〜なまえチャン」


優しく微笑みながら自分を見つめる深緑の瞳と、煙草をくゆらし茶化すように、けらけらと笑いながら細められた真紅の瞳。そして、


「…フン、何呆けた面してやがる」


不機嫌そうに歪められた深紫が、なまえへと向けられた。


──いつか、いつかもこんなことがあったような気がする。それが、いつだったかは思い出せない、記憶の彼方のモノだけれども。


「…ううん、なんでもないの。──ただ、」


ずっと永い夢を見ていたような気がしたの。


そう、独り言のように呟きながら、なまえは窓の外に広がる、雲一つない青空を見上げた。