※現パロ
照り付けるような陽射しを避けようと屋根の下に逃げ込むも地面から沸き上がる熱気ともはや雑音と化した耳を塞ぎたくなるような蝉の大合唱からは逃げられず、頬を伝って流れ落ちた汗を首に掛けているタオルで拭いながらイリアは大きく息を吐いた。
こんな猛暑日にわざわざ夏期講習など行わなくとも、と思いはするも冷暖房完備の学校は授業を除けば正直快適な環境である。節電だ節電だと騒がれる世間に便乗するつもりはないので自宅で涼むのも良いのだがやはり気の合う友人断ちと馬鹿騒ぎ出来る方が楽しい。――重ねて述べる、授業がなければ完璧なのだが。
期末試験ではなんとか赤点を免れ追試も補習もなくさあ平和な夏休みだと受かれていたのに一学年は夏期講習に強制参加というお告げ。何が楽しくて勉強のためだけに毎日流す必要のない汗を流しながら学校へ行かなければならないのか。だがサボるわけにもいかず結局は前向きに考えていなければやっていられないのだ。
(それにしても、曇一つない青空が憎いわ…)
真白に輝く太陽を遮断する存在はおらずその全ての光が此方に降り注ぐ。今はバス停の屋根の下に避難しているものの学校まではまだだいぶ距離がある。こんな朝早くからこの陽射しでは昼間、学校から帰る時はどうなってしまうのかと気が気ではなかった。やはり学生とはいえ日傘を持ち歩くべきだろうか。
特に手入れせずとも焼ける事の白い腕を見れば微かに赤らんでいる。――日焼け対策は必要ないがやはり後からこの赤らんだ部分が痛くなるのは嫌だ。やはり日傘は用意しよう。
高校生になって今更ながらの決意ではあるが善は急げ、講習が終わり次第行きつけのショッピングモールに行こうか、値段はどのくらいが妥当だろうかとあれこれ考えていると通学鞄のポケットに入れていた携帯のバイブが鳴り出した。イリアは慌ててポケットから取り出し相手の名前を確認するなり顔色を変えて携帯を耳に当てた。
「…もしもし?うん、おはよ。ちゃんと夏期講習は出てるってばー!毎日毎日こんな早くから確認の電話ご苦労様。で、そっちは?あー…まあ、あと二週間くらいで帰って来れるんでしょ?うん、うん…あ、そうそう。あたしやっぱ日傘買うことにしたわ、あの時あんたの忠告ちゃんと聞いとけば良かったわー。そ、真っ赤になっちゃってさ、後から痛くてたまんないのよ……あー、もう分かってるってば!――…それとさ。って、もう時間なの?んー、まあ仕事だから仕方ないか…ううん、あたしのことはいいからさ!てかまた夜電話してくれればいいからさ!はいはーい、じゃ」
暑さで項垂れていた筈の少女は生き生きと、時には悪戯めいた笑みを浮かべながらはしゃいでいた。まるでこの電話だけが日々の楽しみとも言わんばかりの勢いで。ツーツー、と通話が終わると同時に再び暗い表情を浮かべるのだから間違いないだろう。切なげに溜め息を吐きながら携帯のメールボックスを開く。陽射しのせいで画面がはっきりと見えないが鞄等で必死に影を作りあるフォルダを開きいくつかのメールを開いた。食事はきちんと取れているか、体調は崩していないか、夏期講習には行っているか、宿題はやっているかと日々の生活の事に纏わる内容が多い中、時折送られてくる「愛している」の言葉にイリアはふっとにやけが込み上げるのを抑えようとした笑みを作ってしまう。
短期間の出張のためこの地を離れている恋人は自分の通う高校の教師であり、担任でもある。――そして、同棲している。とはいえ諸々と事情はあり、恋人は自分の未成年後見人であるので同棲には何ら問題はないが。兎に角、彼がいない間はイリアは一人暮らしという事になる。部活動もバイト(学校からの制限や規則はないが恋人に反対されている)もなく暇をもて余してしまう毎日がイリアは嫌だった。
時間が合えば友人達と遊んだりもするが皆家族との旅行や部活動の合宿や遠征など予定が山積みで夜はそれこそ一人で家で過ごさねばならない。朝早く起きて学校へ行き、時間を潰して帰宅、たいしてする必要のない事をこなして就寝。やはりつまらない。
(リカルドがいれば寂しくないんだけどなあ…)
嗚呼、やはり恋しい。待ちに待った長期休暇がここまで苦痛になるとは思ってもみなかった。携帯画面に表示されている時間を見るや否や目を見開き、制服のポケットに携帯を押し込みながらバス停の屋根から飛び出す。学校まではまだ距離はある。ポケットから垂れるストラップがスカート越しに太股に当たるのを鬱陶しく思いながらも手直しするのも面倒で、結局そのままでイリアはじりじりとした陽射しの下を掛けて行く。――彼に黙って短期のバイトでも始めようか。
某即興小説のお題「せつない夏」より
121118
白い兎と深海魚