イリアが泡で覆われた身体にシャワーを当てていた時、隣に座っていた彼女は漸く洗い終わった髪をぎゅっと絞れば高い位置で結わえ、落ちないようタオルで巻きながら鼻歌を奏でていた。やはり長い髪は手入れが大変なんだな、と自身の短い赤毛を指で弄りながら。己に向けられている視線に気付いたのか金色の瞳がこちらを向いている。一瞬の沈黙。
「どしたか?」
「あー、別に。キュキュも髪長いわねえって思ってただけ」
「そうか?結べるくらいの長さないと…あー…髪、当たる、気になる。それ、闘いの邪魔。だから伸ばしてる」
 小首を傾げながら言葉を探し、途切れ途切れに答えるキュキュ。拙い言葉ではあるが何を言わんとしているかは理解出来た。なるほどね、とイリアは息を吐きながら蛇口を捻りシャワーの湯を止める。キュキュは身体を洗おうとスポンジを湯で濡らしていた。
「イリアは髪、短い」
 首筋にぴったりと張り付いた赤い髪を指差しながらキュキュはぽつりと呟く。
「ほら、あたしは癖っ毛だし?伸ばすと大変だし手入れ面倒なのよねえ…だからリカルドの髪とか見ると妬ましくなるのよ」
「ねたま、しく?」
「んー、嫉妬ってやつ?」
 意味を問われるも無意識に発した言葉ゆえに正しい意味など知らなかった。宙を仰ぎ唇を尖らせながらイリアは自信無さげにそう答える。言葉を殆ど知らない彼女に今の説明さえも理解して貰えたのかは不明だが満足気に頷く様子から問題はないようだと察した。
「さて、と。あたしはちょっと浸かって来るかなー」
 二人だけしかいない浴室。広く使うなら今のうち、と出入口を横目で見ながらイリアは周辺の片付けをする。そんなイリアを見ながらキュキュは泡立てたスポンジを身体に擦り付けていた。程無くして立ち上がり、自分に背中を向けた少女にキュキュは声を漏らす。
「なに?」
「イリア、背中に泡、残ってる」
「あ、本当?」
 湯煙のせいではっきりとは見えないが流し損ねたであろう泡らしきものが背中――厳密には肩甲骨部分に貼り付いていた。じっと薄い背中を見つめていると白いそれはまるで、
「羽、みたい」
「は?」
「背中の泡、羽に見える!キュキュには見える!」
「なっ…!」
 瞳を輝かせながら自分の背中を見入るキュキュにイリアは唖然とする。指摘してくれたのだから直ぐに洗い流してくれるのだろうと思っていたのだがどうもそれどころではないようだ。嬉しそうに笑う彼女を邪険に扱う訳にもいかず、イリアは苦笑を浮かべながら立ち上がろうと浮かせていた腰を椅子へと落とした。
「…あんたってたまに変なこと言うわよね」
「キュキュ、どこか変か?」
「……やっぱ何でもない。あんたが身体洗い終わるまで待ってるわ」
「じゃあキュキュ、イリアの羽大きくする!」
「へ?」
 そう言いながらキュキュは腕を擦っていたスポンジをイリアの背中に当てた。端から見れば背中を洗ってあげている、となるが実際は流し損ねたボディーソープを見付けた彼女がどうせ流してしまうなら、と遊び感覚で手を出しているだけである。
押しの強さにあっさりと折れたイリアは他人に背中を洗われるのはどれくらい振りだろかと考えながら再び泡立つ感触と心地良い力強さを背中に感じていた。
「イリア、真っ白」
「そりゃあ泡だらけだもん」
「キュキュも、背中に羽欲しい!」
「あー、はいはい。後であたしがやってあげるから」
 絞りきっていたスポンジを手にするイリアを見てキュキュは目を細めながら背中から抱き付いた。
「ありがと!イリア、大好き!」
「おわっ!いきなり抱き付かないでってば!」


title by fuyou
121112
白い兎と深海魚