「わたしも男として生まれたかったなあ」
「……は?」
注文していた料理がテーブルに並び、立ち去るウェイターの後ろ姿を目で追い掛けながらアンジュは溜め息混じりにぼそりと呟いた。彼女のその発言にイリアは口元に運んでいたアイスを乗せたウエハースを持つ手 を下ろし、顔を上げる。唖然とする少女の視線にアンジュは首を傾げ驚かれる事を不思議がっているような 反応を示した。恐らく互いの頭上には疑問符が浮かび上がっているだろう。ぎこちない沈黙が暫し続き、耐え切れなくなったイリアがパフェの山にウエハースを刺しながら口を開いた。
「なんで男になりたいわけ?アンジュは美人だし声だって綺麗だし性格とかもさ、男受け良さそうじゃん――いやまあ、それが素なのかある程度狙ってるのかは知らないわよ?でもあたしなんかよりもずっと女の子って雰囲気出してるし服だってまさに清楚系!ってやつだし」
「別にわたしは男の人にモテたいわけじゃないんだけど…」
「でもそう評価されるのは嫌じゃないでしょ」
「まあね」
備え付けのチョコレートソースを掛けながらアンジュは口元に笑みを浮かべていたがそれは苦笑いに近いあまり良くない意味の笑みだった。納得していない、そう感じたイリアは罰の悪そうな顔で水分を含み柔らかくなっていたウエハースの端にかじり付く。
「男になる必要ってないじゃない。ていうか、どうしたのよ急に」
「急にじゃないわ、前からずっと思ってたの……そのことでずっと悩んでたしルカ君達を見ていて凄く羨ましいなって何度も思ったわ」
何気無く立ち寄ったカフェで何気無くパフェを頂きながらの突然の告白。もう少し場の雰囲気等があるだろうという思いは頭の片隅に押し寄せ、もしかしたら彼女は自分にこの事を話したくて今日の自由行動時に自分に声を掛けてきたのでは、と前向きに考え、イリアは批判めいた発言は止めようとゆるゆると首を横に振りアンジュに向き直った。真剣に聞く耳を持ったであろう少女にアンジュはほっと息を吐き、スプーンから手を離した。
「わたしね、イリアのことが好きなの」
「……え?」
呼吸が一瞬止まる。そんなイリアの反応をアンジュは見逃さず、揺れる赤い瞳を真剣に見つめた。意味を理解出来ていないのか自分を遠慮がちに見てくる少女にアンジュはもう一度同じ言葉を告げた。
「だからね、イリアのこと、好きなの……仲間とか友情とかじゃなくて、恋って意味で。あ、うん大丈夫よ、 そんな反応されるだろうなあって予想はしてたし答えを聞きたいわけじゃないの。ただもしわたしが男だったらイリアもわたしの見方が変わるでしょうし恋をすることに迷いも何もないと思ったの。何よりあなたを愛する資格だって――」
同性愛の差別や偏見は自分の中にも確かにある。それは理屈でどうにか出来るものではなく恋愛は男女の間でのみ成り立つものだと幼少の頃から常識として認識していたからで呼吸するのと変わらない当たり前の事として疑いも何も持たなかった。だが今目の前で泣きそうな顔をしている彼女は異性ではなく同性である自分を好きだと言った。そしてその自分が常識だと思っている事柄が大きな壁となっていて、偏見や差別に恐れたからこそ男になりたいと思考が傾くようになったのだろう。
「……だから、男になりたいって事?」
「ええ、そうよ」
酷く疲労した声が、溜め息と混ざり合う。
「ねえ、軽蔑した?」
「……別に」
「嘘ね。顔、引き吊ってるわよ」
「ち、ちが…っ」
それにね、とアンジュは溶けていくアイスの山を見つめながら目蓋を伏せる、目尻に熱を帯びていくのを感じながら。
「今更わたしが男になってもイリアは女であるアンジュ・セレーナを知っているんだもの。何も変わらない……」
某即興小説のお題「彼女の発言」より。
130504
白い兎と深海魚