「珍しいな」
「何が?」
「おまえが俺の隣を歩くのが、だ」
そんなのただの気紛れよ、淡々と言葉にする。先頭を歩く銀色の少年と若緑の少年二人の楽しげな声を耳にする度に多少なりとあの輪の中に居れば、と後悔の念はある。だが一度最後尾を歩く男の隣に並んでみたかった。其処から見える仲間達の背中と細かな動作は案外興味深く、面白い。――だが、彼女の目的は別にある。
降り注ぐ陽射しに目を細めながら時折ちらちらと男の様子を伺う。彼は背後からの襲撃を警戒しているのだろう、忙しなく周囲を見渡し、ライフルは肩に担ぎいつでも構える事が出来るようにしていた。普段最前列で少年達と談笑を交わしていた少女は、振り返る事はあっても意識的に彼の行動を目にした事は無かった故に、如何に自身の危機管理能力が欠けていたか思い知らされる。
(リカルドってやっぱ凄いのね)
彼にばかり意識を取られていると、他の仲間達の様子は声は聞こえるものの会話の内容迄は頭に入っては来ず、興味自体然程無かったのだがすぐ近くで薄紫の髪の少女が忍び足で別の仲間の元へ近付く姿が目に留まり、思わず息を飲み、静観する。
「エル、何してるか?」
「あっちゃー……気付かれてもうた」
背後で両腕を振りかざしていたエルマーナはその一言に心底残念そうな声と共に地団駄。頭を抱えながら不思議そうに振り向いてきたキュキュに言葉を放つ。
「あんな、キュキュ姉ちゃんのこと驚かせようと思ったんやけどなぁ」
「エルの影、動いてた。だからキュキュ、わかた」
地面を指差し得意気に笑うキュキュにエルマーナも釣られて笑う。影。殆ど意識はしていなかったが影は前方に出来ていた。そして前方でじゃれ合う少女の二人の影は大半が重なり合っている。
ふと、何かが脳裏を過った。
不審に思われぬよう控えめに、緩やかに腕を彼へと近付けていけば互いの影が重なり合う。それはまるで、
(手、繋いでるみたい)
物理的な繋がりがある訳でもない、何故こんなにも些細な事で表情が緩んでしまうのか。己の女々しい思考に嫌気が差しながらも視線は影へと落としたままで。意識的に腕を動かし影を重ねれば本当に手を繋いでいるような感覚になり、昂る気持ちに頬が熱くなる。――いっそのこと、触れてしまいたい。だが意図を勘付かれるのは困る。ならば偶然触れてしまった、と事故を装えば良い。
わざと余所見をし、少しずつ彼の方へと足を運ばせているとふいに腕を捕まれた。
「おまえ、どこを見ている?」
一瞬反応が遅れ、上擦った声をあげてしまえば気恥ずかしさで狼狽え、同時に足を止めてしまう。顔を上げると顔を覗き込もうとしていたのだろう、男は僅かに腰を曲げていた。
「へ? や、別に……」
「なら余所見をするな、転ぶぞ」
「な、何よそれ。ルカじゃあるまいし」
自身の名が聞こえたからか、振り返ってきた少年と目が合えば何でもないと首を横に振り、既に視線は前方へと向け歩き出している男の横顔を恨めしく見つめながら彼へと解放された腕を撫で、行き場を無くした感情を溜め息に乗せる。
(どうせこいつは気付かないんだろうなあ)
この感情の変化も、視線の内に秘めた願いさえも。
影と影が手をつなぐ
130723
白い兎と深海魚