再加熱
客も疎らになった午後2時の団子屋。
その暖簾を一人の男がくぐった。
「あ、原田さん、いらっしゃいませ!」
この団子屋の看板娘である楪から原田と呼ばれた男は小さく頭を下げた。
壬生浪士組の原田 左之助。
楪はこの左之助が『壬生狼』であることを知らない。
何故なら左之助はあの浅葱色の隊服を着て団子屋に来たことがないからだ。
勿論これからも着てくるつもりはない。
ただの原田左之助として笑顔で接してくれる楪を怖がらせたくなかった。
「さ、座って下さい!ご注文はいつも通りですか?」
にこにこと笑いかけてくれる楪。
彼女につられるように左之助は口元に弧を描く。
そして楪の言葉に一度頷いた後、短く付け加えた。
「今日は二本で頼むぞな」
いつも一本だけ注文していた左之助が今日に限って二本を頼むとは。
楪は一瞬驚くもすぐに笑顔で了承する。
「すぐにお持ちしますね!」
腰掛けた左之助に小さく頭を下げ、その場から離れる楪。
その顔は少しばかり沈んでいた。
左之助の注文を叔父である店主に告げ、楪は左之助を盗み見る。
いつも団子が届くまで真っ直ぐ前の往来を見ている左之助が、今日は落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを探っている。
(誰を待ってるんだろう……)
左之助の様子から恋人である可能性が高い。
左之助に淡い恋心を抱いていた楪は萎れた花のように項垂れた。
よくよく考えれば左之助のことなどよく知らない。
無口で表情は余りなくてそれでもどこか優しさが滲み出ていて——それだけだ。
何をしているのかどこに住んでいるのか。
家族は?友人は?そして恋人は?
(全く知らないのに……)
気づけば時折見せる緩やかに弧を描く口元と優しい眼差しに、きゅぅと胸が締め付けられていたのだ。
けれど想いを伝える前に失恋してしまった。
(でも、傷は浅いから!)
楪は左之助に少しだけ気があっただけだと自分に言い聞かせる。
自分の言葉に胸がツキンと痛むが気づかないふりをしてぼーっと宙を眺めた。
その楪の頭をニュッと伸びてきた手が叩く。
「何ぼーっとしてるの!ほら、運びなさい!!」
「はぁい……」
左之助の注文した団子が出来たようで楪は叔母からお盆を受け取った。
いつもなら左之助と話すきっかけになると率先して動くのに今日ばかりは足が重い。
それでも個人的な理由で失礼な態度は取れず、楪は貼り付けた笑顔で左之助の元へと向かった。
「原田さん、お待たせしました!」
「っ」
既に左之助しかいない店内に楪の声が響く。
思っていたよりも大きかったようで、左之助はビクッと身体を揺らした。
もう一人座れるようにと
その傍らに楪は団子が二本乗った皿と二つの湯呑を置いた。
「お連れさん、早く見えるとよいですね」
精一杯の笑顔を浮かべ、楪は左之助に軽く頭を下げる。
自分から言ったくせに胸がズキズキと痛んだ。
(早く奥へ行かなくちゃ)
左之助が他の女性と睦まじくしているところなど見たくない。
頭を上げた楪は踵を返して左之助へ背中を向けた。
お盆を脇に抱えて一歩踏み出す。
だが、それ以上歩くことが出来なかった。
「っ……原田、さん……?」
掴まれた右手首。
楪は息を詰まらせ、恐る恐る振り返った。
少し低い位置に見える左之助の顔。
それは戸惑っているような、困っているような表情だった。
普段余り感情を表に出さない左之助に驚きを隠せず、楪はまじまじと端正な顔を見つめてしまう。
左之助は楪の視線から逃れるように目を彷徨わせ、口を開いた。
「そこに座るぞな」
「へ?」
『そこ』とは一体どこなのか。
頭にハテナを浮かべる楪の手を離し、左之助は指を差す。
左之助の指の先は先程楪が置いた団子の入った皿と湯呑の隣だった。
(え……そこって……)
その場所は左之助の連れが座るはずの場所だ。
状況が飲み込めず、楪は立ち尽くす。
それに痺れを切らしたのか左之助は再び楪の手首を掴み、ぐいっと下へ引っ張った。
「あ、えっと……」
早く座れと言わんばかりの左之助に楪はたじろぎつつも腰を下ろす。
座ってから左之助の恋人がこの現場を見たら拗れるのでは、と嫌なことを考えてしまう。
どうしたらよいのだろう。
楪は、膝の上に置いたお盆の縁を握り、俯く。
左之助の隣に座ることが出来て嬉しい。
けれど、いくら好きでも他人の恋人を取るなんてことは出来ない。
悶々と考え込む楪。
その視界に見慣れた皿が見えた。
「えっ、えっ?」
二本の団子が乗った皿。
それを左之助が楪へ差し出している。
左之助の意図が分からず、目を丸くする楪。
そんな楪を今度はしっかりと見つめ、左之助はぽつりと呟いた。
「一緒に食うぞな」
言い切った途端、恥ずかしくなったのか薄っすらと頬を染めた左之助。
一方で楪は左之助の言葉を頭で理解する前にコクンと首を縦に振った。
身体は素直に動き、皿に乗せられた団子へと伸びる。
けれど脳内では目を回しそうなほど、左之助の言葉が飛び回っていた。
(わ、私が食べていいってことだよね?)
楪が取りやすいようにとこちらへ向けられた串の根元。
そのさり気ない気遣いに嬉しさを感じるも楪が団子を取ることはなかった。
「あの、原田さん……これ、お連れの方の分ではないのですか?」
つやつやと皿の上で太陽の光を受けて輝く三色の団子。
自分の店の物だから、と贔屓目に見なくても美味しそうだ。
けれど、本来ならばこの団子は別の女性の口に入るはずのもの。
その女性が来なかったため左之助は楪に処分させようとしたのでは、と勘ぐってしまう。
お盆を握る指先に力を込め、楪は口を噤む。
そんな彼女の横顔を見つめて左之助は尚も団子を差し出した。
「連れなんていないぞな……あしが楪さんと食べたかっただけぞな」
「?!」
左之助の言葉に楪はバッと顔を上げる。
団子越しに見える左之助は、表情こそいつもと変わらないものの焼けたかのように顔を真っ赤に染めていた。
つられて赤くなってしまった楪はあわあわと混乱しながら、ぎこちない動作で団子を一本手に取る。
「あのっ、そのっ、い、いただきます……!!」
顔から火が出るとはこういうことか——それほどに顔が熱い。
団子片手にチラリと隣の左之助を見れば、左之助も伺うようにこちらを見ており、視線がかち合う。
二人はお互いの赤い顔を見た後、視線を逸らしておずおずと団子を口に運ぶ。
会話はないが気まずくもなく、少しの気恥ずかしさと嬉しさを感じる。
(もっと、好きになっちゃう)
消えかけた想いが息を吹き返す。
楪は手にした団子を齧り、その柔らかな甘さに浸った。
2015.03.10