きっと、これは夢なんじゃないかと思った。私が私のために都合よく見せている夢。そうじゃないと、焦凍くんが私に話しかけてきて、一緒に勉強して、一緒にお昼食べて…昔の自分と同じように話せるなんて。

 近所に住んでいた轟焦凍くん。小さいころ、焦凍くんは自分の個性によってお父さんに厳しい指導を受けていて、それは一般的な家庭ではかなり危ないものであったと思う。それは幼いながらにもよく母親について轟家に行った時思っていた。
 焦凍くんとの出会いは私の個性がまだ出る前。母親がご近所さんに実家から届いた桃を配りに行くと言うのでついて行った。焦凍くんに初めて会った時、私も焦凍くんも、初めて会う人に対して不安な気持ちで、自分の母親の脚にしがみついて、ちらちらと伺っていた。焦凍くんも私も、恥ずかしがってないで挨拶しなさいと言われ、おそるおそると言ったように前に出た。焦凍くんを初めて見た時、赤と白のツートンカラーにとても目が惹かれた。その時焦凍くんに対して思ったことは小さいしはっきりとは覚えていないけど、左右で違う瞳と目が合って思わず、きれい、とつぶやいたのは覚えてる。

 それから焦凍くんとはお互いの家に週3くらいで遊びに行ったり、遊びに来たり。たまにお泊まりしたり。会いに行った焦凍くんは小さいのにとても疲れたような顔をしていたことを覚えてる。それでも、私が来た時は笑顔で遊んでくれた。

 焦凍くんのお父さんに会ったのは、私の個性が出始めた頃だ。焦凍くんから直接何かを聞いたわけじゃないけど、遊びに行った時に玄関先で焦凍くんのお父さんに追い返されたことがあった。その時はただただ怖くてびっくりしてすぐ出てしまったけど、出る前の焦凍くんは泣きながらお父さんをポカポカと叩いていた。
 その日の夜からだった。焦凍くんのことを考えて寝ると、焦凍くんが夢に出てきたのだった。しかもそれは、とてもはっきりとしたもので、普通に現実で話すようなレベルで意思疎通がとれる。翌日になって焦凍くんの家に遊びに行けば、焦凍くんは「昨日夢に名前ちゃんが出てきた」と言った。私もそうだよ! と嬉しくなって話していると、焦凍くんのお母さんがやってきた。2人して夢の話を焦凍くんのお母さんに話した。最初は偶然だと思った。でもその日の夜も、また焦凍くんのことを思い、夢で会えますように、と願えば、やはり焦凍くんがいる。

 何日かそれが続いて、焦凍くんのお母さんから話を聞いた私の母は、今日は母のことを思いながら寝てほしいと、寝る直前で言われた。そして寝入ったあと、私は自分の母親と夢で会うことができた。

「それは名前の個性ね」

 母が私にそれを言った途端、すとんと何かが落ちてきたような、納得のいくような、当たり前のことのような。そんな感覚だった。

 それからと言うものの、自分の個性で焦凍くんと夢で会う度、自分が夢の中で何ができるかをわかり始めてきた。思った通りにできた。悪夢も消せたし、思い浮かべた物がすぐに出せたし、機械とか構造の難しいものは私自身が把握していないからか、形だけをしたプラスチックのようなものを出すことなどはできた。

 その時の私がよく会っていた人といえば、自分の家族か、焦凍くん、焦凍くんのお母さんくらいだった。特に焦凍くんは私が個性を使う上で、どういうことができるのか、を一緒に探っていたからかよく夢で会った。

 その日は、夜遅くにトイレに行きたくなって、起きあがったとき。母は既に寝入って、仕事が忙しいという父がちょうど帰ってきた。私は父とあまり長い時間遊べなかったために、ちょうど会えたのが嬉しくて、お父さんおかえり! と言ったあと父がお風呂に入るまで話をした。けどそれも長い時間ではなくて、早く寝なさい、と言う父に促されベッドへと戻った。私は父ともっと話したいのに、と思った。そうして寝入ったあと、夢を見た。

 夢での父は、幸せそうな顔をしていた。隣の女の人は、少し若いように感じた。それは父がみていた夢だった。父と女性の距離感に、お父さんがとられてしまう、と幼いながらに感じたのか、私は夢の中で父に話しかけた。

「お父さん、その人だあれ?」

 父はとても驚いた顔をした。父は私の個性を知っている。そして、とても怖い顔をして、人の夢に入るなと怒鳴られてしまった。私は驚いてつい個性をといた。そして飛び起きて、母親の元へ泣きながら走って行った。悪夢をみてしまったのかという母に、自分のみた夢の話をした。母は驚いた顔をしたが、大丈夫よ、と私を布団の中へ入れてくれた。でも、朝起きて母の姿はなく、父もおらず、私は自分のみた夢のことをその時は覚えていなかった。

 そこから、少しずつ母が泣きそうな顔になることが増えて、父はもっと帰らなくなって、離れ離れになることになった。母の実家へ戻ることになり、私は自分の家から物がどんどんなくなっていくことに違和感を感じた。どうして写真すてちゃったの? だとか、どうして箱がたくさんあるの? だとか。そういうことを母に聞いていた。母は私に、泣きながら話をした。

「名前。私は名前の個性、素敵だと思うわ。でもね、人の夢は、その人のとても大切な物で、みられたくないって人もいると思うの。夢はその人の心のなかとも言えるかもしれない。名前がこのまま何もわからず使ってしまったら、その人のことを傷つけることもあるかもしれない。だから、個性をコントロールできるように私と頑張ろう。名前…本当に、ごめんね」

 母は私を責めたことはない。結果として、今が幸せな家庭だったとしても、崩壊のきっかけは私だった。私は、その時に悟った。きっと、自分が父親の夢をみてしまったからだと。そしてその話を母にしたからだ。母親を泣かせているのは自分なんだと思った。

 挨拶回りをしたとき、焦凍くんの家は最後に行った。正直、焦凍くんに会いたくなかった。会ってしまったらきっともう会えなくなる。それが辛かったからだ。
 焦凍くんのお母さんが、名前ちゃん遠くに行ってしまうから、最後にお別れの挨拶しようねと言うと、焦凍くんは泣いてしまった。泣いて、嫌だと言っていた。私も嫌だった。焦凍くんを泣かせたのは自分だとも思った。焦凍くんはお母さんに撫でられながら、夢に会いに来て、と言った。私は自分の個性を使うのが怖かった。でも、私の母親は私に、最後だからと諭した。そして寝る前に個性を使った。夢で会った焦凍くんは、私を見つけるなり走り寄って、最後なんて嫌だよと言った。

「焦凍くん。焦凍くん。わたしのせいなんだ。わたしのせいで、お母さんも泣いた。焦凍くんのことも泣かせた。ごめんね。わたし、焦凍くんとあそべてほんとうに楽しかったよ。でも、もう忘れてほしい。わたしのせいで、焦凍くんまで悲しいことになってしまうかもしれない」

「また遊ぼうよ。名前ちゃんがいないと僕いやだ」

「ごめん。ごめんね。お願い、わたしのことはもうぜんぶ忘れて」

 そう言って自分の両手を合わせ、一方的に個性を解いた。それが最後にみた焦凍くんとの夢。

 だから、雄英で会えるとは思ってなかった。でも、きっと彼の個性なら…っていう期待はないとは言えなかった。
 校内で見かける時も、視界に入れると胸が詰まり、無意識に避けた。そもそもヒーロー科と普通科は終業時間も異なるし、唯一会いそうなのは昼時間くらいだ。それでも、これだけ生徒数がいれば私の存在なんて埋もれるはずだ。体育祭で成長している姿を見た時は、涙が出そうだった。私が小さいころに遊んだ焦凍くんは、やっぱりかっこいいなとも思った。

 昼時間にすれ違うことがあっても、彼の容姿は目立つ為すぐ気付き、目を合わせないようにと避けて通った。だから、あの時、自販機の前で目が合ってしまった時は、時間が止まったかと思ったし、まさか話しかけられるとも思わなかった。

「なんかあんた見てると変な感覚になる。よくわかんねえ感覚。常時発動型の個性使ってるのか?」

「…いいえ、違うと思います。多分気の所為」

 焦凍くんの記憶がなくなっているかどうかは、半信半疑だった。とはいえ、全てを忘れてくれていたことに、ちいさいながらにも個性を使いこなせていたんだと昔の自分が怖いなとも思った。焦凍くんは変わらず少しマイペースで、でも昔みたいにニコニコとはしてなかった。かっこよくなったなあ、と思った。個性のことを聞かれてもちいさい頃のトラウマか、いえなかった。それでも焦凍くんは、私と話そうと少しずつ歩み寄っていた。身勝手な女だと自分でも思う。

 ニュースで巻き込まれた話を見たり、聞いたりした時は本当に、心配した。強い個性だとしても、私の記憶の中の焦凍くんはよく泣いていたからだ。その後会ってけろっとした表情をみると、やっぱり昔とは違うんだなあ、と思わされた。私が心配していた轟焦凍くんは、私の記憶の中にしかいなかった。
 それでも、焦凍くんは私の中で特別な存在であった。私が守らなきゃ、と思った人でもあった。でもそれは昔のことで、私が焦凍くんの記憶を消したのは、結局のところ自分の嫌な部分を覚えていてほしくなかったからだと思った。

 だからこそ、自分の個性について、話すことにした。もう私は昔とは違ってコントロールもできるようになったし、焦凍くんもきっと昔とは違って、とても強くなったと思った。私が守る必要もない、立派なヒーローだ。

「もう、俺は忘れたくない。だから…この夢から覚めても、忘れさせないでほしい」

 私は焦凍くんに救われたんだと思う。もう、あの時の自分に囚われなくてもいいんだと。あの時の幸せはもうないけど、お母さんも前を向いている。私だけがずっと後ろを向いたままだ。許されたような気がした。もういいんだと。

「また、夢で会おうね」