そういえば、どうして名前はサキュバスなんて言われていたんだろう。ふと、教室で峰田が蛙吹に締められているのを横目で見ながら思った。名前は個性を自分から話すことはないはず。それなのに峰田は俺が名前のことを知らなかったとき、そんなことを言っていた。確かにサキュバスと言えば、人の夢に出てきていかがわしい行為を誘うようなもの、というイメージだ。ただ、悪魔という意味合いもある為、どちらにしてもあまりいい印象はない。峰田は確か、名前に会いに行った時にかなり拒否られていたようだし、名前自身も迷惑な話なのではないか、と思った。

 授業が終わり放課後、寮へ帰る為鞄を持ったが、ふと名前はもう戻っているんだろうか、今何しているんだろうかと考えた。あいつとは昼一緒に食べたり、メッセージのやりとりをしたり、それとなく関わりはあるが今までとあまり変わっていないような気もする。どうしてここまで名前のことを考えているんだろうかと思ったけど、長い間忘れていたからその反動なのかもしれない。小さい時の俺はかなり名前と一緒にいたし、少しだけ頼っていたような気もする。名前は兄弟がいないから、俺のことは弟だとでも思っていたかもしれない。

 鞄を持って学校を出て、寮へと向かう。ちょうど緑谷も今日はすぐ寮に戻るようで、前を歩いていたので声をかけて一緒に向かう。授業の話をしていた時、緑谷が聞きたいことがあると急に言い出す。妙な雰囲気に心配になり、どうした? と聞く。

「轟くんが最近話してる普通科の…名字さん。なんか前より仲良い気がしたんだけど、もしかして、その…つ、付き合ってたりしてるの?」

「は? いや…そういうんじゃねえよ。俺は最近まで忘れてたんだが、あいつとは…まあ、幼馴染ってやつだ」

「え?! 幼馴染!なの!? ていうか忘れてたってどういうこと?」

 一瞬、名前の個性について話していいのかわからず、言葉が詰まる。本人が気にしていても困るし、詳しく言われるのは嫌かもしれない。名前にとって嫌なことはしたくないし、緑谷はべらべら人に話すタイプでもねえから大丈夫だとは思うけど、でも名前の個性については、誰かに知られたくないなとも思った。言葉を濁して、ちょっとした個性事故だ、と言うと、緑谷はあまり深く聞いてこなかった。

 話は変わり、また授業の話をしていた時。どこかで口論しているような声が聞こえる。それは一方的に男性側の声。困ります、と言う女性の声に聞き覚えがあり周囲を見回す。建物の影になり人気があまりない方向からの声だ。早足で歩いていたが、どうしてもあの声は聞き覚えがありすぎる。思わず走って向かっていくと、そこには男子生徒と女子生徒。名前がいた。名前は男子生徒に腕を掴まれていて、ただごとじゃない雰囲気に走り出す。

「おいっ! やめろ、嫌がってるだろ」

「と、轟くん」

「あ? あぁー、一年のヒーロー科の子じゃん。関係ないからちょっと退いて」

「嫌がってんのに退くわけねぇだろ。あんた何してんだ」

 掴まれていた腕を無理やり払い、名前を自分の後ろに隠す。

「だってその子、サキュバスって言われてる子じゃん。いい夢見せてって頼んでだけだよ」

「そんなことはこいつにできない。さっさと自分の寮戻ったほうがいいぞ」

「君知り合いなの? じゃあ本当はみせてもらったんじゃないの? 噂聞いたんだよ、本当かどうかくらい確認させてくれてもいいじゃないか。君その子の彼氏かなにか?」

「幼馴染だ。こいつにはできない。誰がそんなこと言ってるかわからないが勘違いするな。こいつの個性はそんな事のための個性じゃねえ」

 背後にいる名前が少しだけ震えているのを払って奪った腕から感じる。大丈夫だと言うように、掴んでいた腕から手を離し、名前の手を握る。すると遠くから、緑谷の声が聞こえた。先生こっちです! その声に慌てた男子生徒は、走って逃げていく。捕まえようとしたが、今度は名前が俺の腕を掴み、大丈夫だと言った。緑谷が合流してきて、先生は? と聞いたが、急ぎだと思ったからただそれっぽく声を上げただけだと言った。緑谷に感謝して、苦々しい顔をしている名前のほうをみる。

「名前、大丈夫か?」

「うん…ごめん、ありがとう。助かったよ轟くん」

「名前」

「…焦凍くん」

「え、えっと…名字さん。大丈夫? なんかされなかった?」

「うん、大丈夫。緑谷くんもありがとう。またいつものことだし」

「いつものこと?」

 何を言っているんだ? と名前の言葉に首を傾げる。

「サキュバス…ってやつ。中学の頃の同級生が経営科にいて、そいつが多分原因だと思う。個性を知ろうみたいな授業の時に自分の個性を説明しないといけない時があって…夢のこと言うしかなかったんだよね…」

「名字さんの個性って…」

「えっとね…夢渡りって言って人の夢に出たり、自由に行動できるの」

「夢…!! す、すごいね! 初めて聞いた…人の夢に出ることができるって、相手は夢に入られたって言う意識とかあるのかな?」

「私が夢のことを言わない限りは覚えてないようにしてる。それに元々人の夢にほいほい入ろうとも思ってないから普通に生活してたらほとんど使うこともないんだけど…。中学生って本当に…なんというか、想像力が豊かで。変に噂されてるのはその時がきっかけなの」

「それはなんというか…災難だね…」

「誰だそいつ。名前」

「え? え、えーと…え? なんで名前?」

「噂の出どころなんだろ。好き勝手人の個性話すなって言ってくる」

「いや! え?! だ、大丈夫だよ焦凍くん、もう慣れてるし、急に焦凍くんが出てきたらまた変な噂が…」

 どこの誰だ。問い詰めようとする俺を緑谷が宥め、名前も大丈夫だと言う。全然大丈夫じゃない。嫌そうな顔してただろ。少しずつ胸がチリチリとする。名前の個性の話を好き勝手に他人に話されるのは嫌だ。名前はとりあえず寮に戻ると言うので、送ると言って緑谷と歩き出す。緑谷はソワソワとしていて、個性について聞きたいんだろうなと思った。名前のほうを見れば、なんとなく通じたのか個性のことを話し出した。両親のことには触れなかったが、俺の記憶については忘れて欲しいと言ったら本当に忘れてしまった、と伝えていた。あぁ、緑谷までも知ってしまって、なんだか少し胸がつっかえるようだった。

「なんていうか、俺だけがいいと思った」

「何が?」

「名前の個性、知ってるの。俺だけが知っていればよかったなって思った」

「と、とどろきくん…?!」

 名前が立ち止まってしまい、緑谷は顔を赤くして俺と名前のことを見ていた。名前はぽかんとしたような顔をしている。2人してどうした? と聞けば、名前はため息をついた。

「その…なんていうか…焦凍くん……。心配、してくれてありがとう。不謹慎かもだけど、嬉しいよ」

「あぁ」

 いつのまにか普通科の寮の前についていて、名前は俺と緑谷にお礼を言い、中へと入っていった。戻るか、と緑谷に声をかければ、緑谷は相変わらず顔を赤くしながら俺のことを見る。

「轟くん…無自覚なんだね」

「? なにが」

「なんでもない…」