名字名前という人間は、特段可愛いだとか綺麗だとか言われていることを聞いたことは自分の周りから感じたことはない。女子のことに関してうるさい峰田だったり、峰田とよくそう言った話をしているように思える上鳴が言っていたことも聞いたことはない。なら何故妙な噂があるのか。それは言わずもがな、個性によるものだろう。緑谷が言っていたように、普通科とは特に関わる機会がないから、誰がどんな個性を持っているかはわからないし、知る術もない。本人達から聞く他ない。
自販機で話して以降、名字と話す機会はほぼほぼない。ほぼ、というのは見かけて目があっても話題がないから何を話していいかわからない。名字は目が合うと、どうも、だとか、やっほ、だとか当たり障りない、なんとでもないような一言を言ってくれるから、それに対して俺自身は、ああ、とかしか言ったことない。
それでも、名字に会う度、何故だか妙な気分になる。それはポジティブなものではなくて、少しネガティブなものに思える。その意味を知ることはいけないような気もして、特に会話をする機会もないから名字には何も聞かずにいた。
名字と特に会話をすることもなく、気づいたら職場体験が近づいた。俺は体育祭の後、エンデヴァー事務所からの指名を受けることにした。それは自分の個性のことを考えてからのことだった。
他のクラスの奴らも、心なしかそわそわしているように見えた。ヒーローを目指す手前、初めての現場に心躍らせるのは俺だけじゃない。
いつもの昼休み、また緑谷達と食堂へ向かい、蕎麦を注文して席を探していたところに、ちょうど数人分空いている机の端に女子生徒がいた。名字だ、とすぐに気づいた。緑谷が気づいて、一声かけようと言った為、俺達は名字の方へと近づいていった。多分緑谷達は話したことない、だろうか。それなら俺が声をかけたほうがいいかもしれない。そう思い声をかけようとしていた緑谷より先に声をかけた。
「名字」
「ん、ああ、轟くんだ」
「悪い、空いてる席ここくらいなんだが隣いいか。あとこいつらもいるんだけど」
「うん、いいよ気にしないで。どうぞ」
礼を言って名字の隣に俺が座り、向かいに緑谷と飯田が座った。
「あ!あの、ご、ごごごめんね、あ…席、ありがとう。僕…1-Aの緑谷出久って言います」
「礼を言う、俺は飯田天哉」
「C組の名字名前。よろしくね」
「うん、よろしくね。…轟くんは名字さんと知り合いだったの?」
「いや、この前が初めて。…だと思う」
「なんだいその、だと思うっていうのは」
「私は初めてだよ。轟くんの思い過ごしだと思う。ほらほら、お昼終わっちゃうよ、みんな食べなきゃ」
確かに、となり緑谷と飯田は食べ始めたが、何か思うところがある俺はじっと名字を見ていた。本当に初めてなんだろうか? ずっと感じているこの違和感はなんなのだろうか。それを知りたい。いや、知らなければいけないんじゃないだろうか。
「そういえば轟くん、エンデヴァー事務所にしたんだったね」
「ん、ああ」
「左の個性伸ばす為?」
「ああ。癪だけど、やっぱアイツのとこが一番わかるんじゃねえかって思って」
「…へえ、ヒーロー科は職場体験も一年生からあるんだ」
「う、うん!」
「轟くんはエンデヴァーのところなんだね。…お父さんのとこか」
「あぁ」
名字の表情は少しだけ暗く思えたがそれは一瞬のことで、緑谷にどこへ行くのかと聞き始めていた。
名字はどうしてそんな表情をする? どうしてお前と話していると言いようもない感情が出てくる? やっぱり俺はお前とどこかで会ったことがあるんじゃないか?
口を開こうとした時、名字は席を立ち、またね、と言って出て行ってしまった。いつになったら聞けるのか。聞いてもいいのか。昔会ったことがあるのかと。きっと名字はまた何も教えてくれないだろう。どうしたらいいのかと思いながら、蕎麦を啜った。