どうにか名字ともう少し会話をする機会はないものかと、先程廊下で会った時に挨拶だけで終わったことを思い出して思案した。クラスが違うため名字と話す機会は休み時間くらいしかない。俺は女子とどんな話をしていいかもよくわからないし、名字はどんな話なら会話が弾むんだろうか、などぼうっと考えていた。
6月の3週目。そういえば期末試験が近い。クラスの奴らはあまり話題にしてないが、図書室でいつもより生徒を見かけた。主に普通科や経営科が多い気がする。図書室には放課後、借りていた本を返しにきただけだったが、たまには図書室で勉強するのもいいかもしれない、と思った。教室は結構騒がしいし、家に帰って勉強はするが気分転換があるといいものだと思う。
カウンターで返却を行い、今日は借りずにそのまま帰るつもりだったが、視界に入った机に、見覚えのある背中が見えた。すぐに気づいて、帰ろうとした足向きを変えて近づいていく。
「名字?」
「わっ……びっくりしたぁ、轟くんだ」
「すまねえ、驚かせるつもりなかったんだが…」
名字に話しかけると近くにいた他の生徒が静かにしろというような目を向けてきたから、少し声を顰めて話す。
「期末試験の勉強か? 一人なのか」
「うん…そう。図書室のほうがなんとなく集中できるし。基本はいつも一人だよ」
「そうか…」
名字はそう言って、また手元に目線を落とす。数学をしているようだったが、ノートが同じような数式が並んでいる。問題で止まっているんだと思った。名字に隣に座っていいか断ると驚いたように見ていたが、返事を聞く前に座ってしまい、まあいいかと思いながら名字にペン貸してくれと伝え、空いているスペースに数式を書いていく。
「ここ、間違ってたから、こうしたら解ける」
「…えっ、あ、ありがとう………」
「なあ名字」
「なに?」
「一緒に試験勉強しないか」
「…え? いや、轟くんいかにも勉強できそうじゃん」
「名字と一緒に勉強できればなって思ったんだが…嫌か?」
「ほ、ほんとさあ…」
ずるい。
そう言いながら困ったように笑う名字に、少しだけ胸がむずむずとした。元々名字とはもっと話したいと思っていた訳だし、試験勉強なら名字とも話題になるし、俺も名字も勉強できて悪いことはないんじゃないかと思った。
名字は困ったようだったが、もう一度、だめか? と聞いた俺に、いいよと答えてくれた。今日は試験勉強をする為に教室を出たわけではないので、今日は先に出ることにしたが、明日も勉強すると言っていた名字に、じゃあ明日図書室で勉強しないかと伝え、了承をもらえた。
翌日、ヒーロー科は7限あるから図書室に着くと名字は勉強を始めていた。すぐに名字を見つけ、向かいの席に着く。特に会話はないが、心地いいなと思った。それに、日中放課後のことを考えて少し楽しみだったことは流石に言えなかったけど、名字が声をかけてきて教えてほしいと言ったところは教えたし、声を顰めて会話をするのもなんだかいいものだと思った。楽しい、と思う。
そのまま勉強を進めていたが、気がついた頃には窓の外が暗くなりはじめていた。18時を過ぎていて、名字にキリがいいところで今日はやめようと言った。名字も荷物をまとめはじめて帰ることにした。荷物をまとめている時に気づいたが、駅まで一緒に帰れることに気づいて少しだけ嬉しくなる。今まで挨拶くらいしかできなかったのに、かなりの進歩だと思った。
「駅まで一緒行こう」
「うん。行こっか」
学校を出て駅まで並んで歩く。どの教科が苦手なのかとか、普通科はどこまで進んでいるのかとか、そう言う話をしていた。駅までは本当にあっという間で、名字がまたね、と言って離れるのが少し嫌で、声をかけてしまった。声をかけてもどうしたいかすぐには思いつかなかったけど、もう少し名字と話したいと思い、名字に意を決して聞いてみる。
「あのさ…俺、もっと名字と話したい」
「うっ…う、うん、そ、そっか。今日は結構話せて私もよかった。勉強も教えてもらえてラッキーだよ。ありがとう」
「ああ。…連絡先、聞いてもいいか」
一瞬固まる名字は、また困ったようにはにかむ。またすぐあとに、いいよと言ってスマホを取り出した。俺も取り出して、連絡先を交換する。
「また連絡する。何かあったら俺にも連絡ほしい」
「うん。わかった。期末まであと少しだし、また時間があったら勉強みてくれると嬉しいな」
「! それは俺も、嬉しい。来週とか、多分時間あるから」
「ん。じゃあね、轟くん」
そう言って別れて、俺も歩き出す。電車に乗ってスマホが揺れて、なんだと見てみると名字からで。ウサギがよろしく、と言っているスタンプが送られてきた。それを見て口角が上がるのを感じる。俺はありがとうと一言送って帰路につく。
帰ってからもたまに名字とのトーク画面を開いては閉じるを繰り返してみる。今送ってあいつはどうしているんだろうか。いつも何時に寝るんだろうか。夕飯はもう食べたのか。ぼんやりと考えながら、姉さんがご飯だよ、と声をかけてきて、立ち上がった。