目を開ける。真っ暗な世界に立っている。瞬きをする。すると目の前に、3人くらいが掛けられそうな長い椅子が置かれている。また瞬きをする。するとそこには、
「こんばんは、轟くん」
「…名字」
「ここはね、夢の中。私は轟くんの夢の中に来ている」
「ゆめ…」
「私の個性は、夢渡り。人の夢の中に入ることができる。…とりあえず、ここ座って」
名字は自分の座る横に手を添える。ぼんやりとした意識のまま、名字の隣は座る。名字を見やると、自分の手を眺めていた。
「今から、個性を少し変わった方法で使う。情報量がきついかもしれないけど、許して」
「え…」
「轟くん。"夢で会えたね"」
「……!」
意識がだんだんとはっきりすると同時に、記憶があふれる。走馬灯のようにゆっくり感じるときもあれば、一気に駆け巡るようにも感じる。名字、名字だ、俺は昔、名字とよく遊んでいた。名前を呼んで、夢に出てきて、嫌な夢も名字が消し去ってくれて、たくさん遊んだ。夢の中での名字はまるで魔法使いのようだった。思いのままにいろんな物を出せたり、風景を変えたり、たくさん夢の中でも遊んだ。最後に覚えているのは、夢の中名字が、
「……な、んで」
「うん」
「何でいなくなったりしたんだ」
「…記憶の整理はできた?」
「あぁ、いや、わかんねえ、ぐちゃぐちゃで、なんで、いつも遊んでたのに、忘れちまってて、最後に覚えてるのはお前が泣いて謝ってて」
「小さい時は、私の個性のことあまりちゃんといえなかったと思う。それを今から話すよ。どうして私がいなくなったかも」
名字はつらつらと話し始めた。名字の個性は夢渡り。基本は人の夢に入ることができるが、明晰夢として人の夢をコントロールできる。明晰夢自体、夢の中で夢を見ている本人が「これは夢だ」と認知し、夢を自分の好きなようにコントロールして行動できる。名字の場合はそれが個性となり、意識もやりたいこともかなりはっきりとできる。発動条件は24時間以内に対象を名字が認知すること。それは名字が対象の夢の中に入ることを認知したり、寝る前に対象のことを思い浮かべて寝入ることで発動する。夢から覚める時は名字自身が手と手を合わせること。
でもそれでどうして俺が忘れているのか。
「夢ってね、人がノンレム睡眠、レム睡眠のときみるものなの。記憶が残るのはレム睡眠。ノンレム睡眠時は記憶が残らない…。私の場合は個性でそれを人の脳に働きかけて、ノンレム睡眠時の状態のときに相手の夢に入る。レム睡眠の時にももちろん入れるんだけど、人の夢に入るのはその人の本性を見ることにもなるから…。ノンレム睡眠の時に入るおかげで相手の記憶に残らないようコントロールしてる。もちろん、思い出すことはできるよ。起きている時も夢の中でも、夢で会えたことを相手に伝えるだけ。相手は私という存在を認知して、思い出す…って感じかな。小さい頃はそこまで理解してなくて、コントロールも今よりできていなかったから、普通にレム睡眠のときに入るときもあって、相手も私と夢で会ったこと覚えていたよ」
名字は俺の方を見ながら、大きくなったね、と言った。俺はずっと忘れていた名字を見て、個性の影響とは言え思い出せなかったのが悔やまれた。それくらい、小さい頃に遊んだ名字の存在は俺にとってとても大切だった。どうしていなくなったのか聞いてみる。名字は少しだけ間を置いて、口を開いた。
「轟くんと遊んでたあの頃、私、家族の夢の中に意図せず入ってしまった。お父さんの夢の中。明晰夢って言っても、入った本人が夢を見ていたらその場面を私もみることになる。それは轟くんの夢の中にお父さんが出ていたのと同じだね。私のお父さんの夢に入った時、お父さんは知らない女の人と仲良くしていた。距離も近くて、何も気づくことができない私は、夢でお父さんに声をかけてしまった。その人だれ? って。」
そこから視界は反転し、翌朝。幼い名字は母親に、夢の中の話をした。それは俺と遊んでいた時も同様だった。ただ、その話をしてから少しずつ壊れ始めていった。夢で名字と会ったことを覚えていた父親は母親に責められ、両親は離婚することになってしまったと。母親についていくこととなった名字はその為に離れていった。
「お母さんはその後、数年してから優しい人に出会えて、再婚したの。だから苗字も変わってね。でも…お母さんと小さい時に約束した。人の夢もパーソナルスペースだ。だから勝手に入ってしまって悲しい思いをしないように、コントロールできるようにしようってお母さんと練習した。今のお父さんはすごく優しくて、自分とも特訓しようって言ってくれて…。全然、辛いこととかはないよ。けど、もう人の夢に勝手に入ることはなくなったの」
「そうだったのか…」
「轟くんが思い出せなかったのは、私自身、その時自分の個性が怖くなったせい。夢に入ってしまった人を不幸にするんじゃないかって。轟くんにはそうなってほしくなくて、最後夢で会った時に、轟くんに全部忘れてって言ったの。個性を使って、私が夢でのことを言わない限り、轟くんは思い出せないようにした」
「俺は、忘れたくなかった」
「…ごめんね」
「けど、お前とまた会えて嬉しい。でもずっと忘れていたのに名字を見かける度に変な気持ちになってたのは何でだ?」
「うーん。これは個性コントロールの為に通ってた病院のお医者さんの受け売りだけど…記憶を封じて忘れていても、体が覚えていることがあるって。轟くんが話しかけてきたとき、すごいびっくりしたし、本当に忘れていたんだって思ったけど、轟くんがそういうことを言う度、お医者さんの言葉が浮かんだ」
そうだったなら嬉しいけど、と名字は笑って言った。名字と遊んだのはほんの一年くらいだった。一年分の記憶も、気持ちも流れ込んできて、まだ整理できてはない。それでも、名字のことをもう忘れたくなかった。きっと名字はいろんな思いをしてきたんだと思った。隣に座る名字の手をそっと触る。びくっとしていたけど、拒否はされなかった。ずっと忘れていたのに、どこかで妙に感じていた。きっと、名字のことを忘れたくない気持ちが強かったんだと思った。
「名字、もう、俺は忘れたくない。だから…この夢から覚めても、忘れさせないでほしい」
「嫌じゃない? 夢の中に他人が入ってくるなんて」
「名字なら歓迎する」
名字は驚いた顔をしたけど、すぐに笑ってくれた。
「うん、わかった。起きてもきっと、覚えてる。レム睡眠で起きるように調整するから。起きて、学校であったらまた…お話しよう」
「あぁ」
それじゃあ個性解くね、と言う名字。手と手を合わせようとした時に少しだけ惜しくて声をかける。
「名前」
「え…」
「おやすみ」
「…おやすみ、焦凍くん。また明日」
名前が手と手を合わせ、どんどん意識は朦朧となり、視界はブラックアウトした。