帰り着いてみれば、なんだか楽しそうな声が聞こえて来た。
自分がいなければ、この二人だけの住居では彼女だけのはずなのに、あいつは一人でもいつも楽しそうだ。また何かやらかしてはいないか、楽しそうな彼女は楽しんでいるならそれが一番なのだが、如何せん彼女の性質故に毎回変な心配をしなくてはならない。楽しみ過ぎて暴走でもしたらその辺が悲惨な事にもなるかもしれない。
一番心配する所は自分の身ではあるが、彼女から齎される事に対しては、過ぎる程寛大に許してしまうので、端から見れば真っ先に被害を被っているはずのクラウドは自分よりも家が壊れていないかと、慎重になりながら帰り着いたばかりの自宅にゆっくりと入って行った。
廊下を抜け奥へと、この家で一番長く彼女と一緒に過ごしているだろうリビングへと扉を潜れば、下手な鼻歌が大きくなった。
扉を開いた音で気付いたらしく、静かに入って来たクラウドへとにぱっと笑う。

「おっかえり〜」

帰り着いたクラウドへの挨拶もご機嫌に、満面の笑顔で部屋の中を忙しなく行ったり来たり。
手には毎日振る舞われている彼女お手製の料理が乗った皿を、ダイニングテーブルへと並べている。
時間にして夕食なのだとはわかるが、いつもと様子が違い、更にはいつもより何だか豪華に見える皿の上もいつもと違う。
杞憂した暴走ではなかったが、何があったのだろうかと、まだまだ忙しなくキッチンから出てくるたびに新しい皿をテーブルに並べる姿を見て、クラウドは訝しんだ。
こんなに彼女が張り切って食卓を盛り上げるのは、まあ色々彼女なりの理由を付けては結構頻発する事ではあるが、何かのイベントに託ける事だ。クラウドは彼の中にある少ないイベント知識を思い起こす。
真っ先に思い浮かんだのは、誕生日。だがどちらの誕生日もまだ先だ。次には彼女の世界にあってこちらにはないが、ここでも楽しみたいと勝手に盛り上がるもの。四季に寄って何かしらあるが、それは本日には当てはまらない。
では何か。クラウドが覚えているイベントには何も当て嵌まらず、答えが見つけられないままにるんるんと鼻歌を続ける彼女の傍に寄っていった。
仲間からは固まっていると評判の表情は今もそれ程動いてはいないだろうが、怪訝な顔つきで近くに来たクラウドを、彼女も首を傾げて見上げた。

「ん?どしたの?」

静かに様子を窺うクラウドを見上げる目が眇められていく。また自分が変な事でもやったのかと疑っている顔だ。長い付き合いになって来たこいつの顔を見れば大体わかる。

「なんだ喧嘩売る気か!?ご飯食べてからなら勝ったげるから早く食べるぞ!」
「誰が喧嘩なんか売るんだ馬鹿」
「はい今売った!すぐ馬鹿とか言うクラウドが売ってるんだよいっつも!!」
「売ってないし喧嘩する気もないから殴ろうとするな」

食べてからなどと言いながら、持っていた皿をちゃんと置いてから拳を握る小さな手を掴んで制し、勇む彼女を落ち着けようと、誤解が深まる前に言葉で聞いた。

「何かあったのか?」

目配せした彼女が作ったばかりであろう、まだ湯気の立つそれら。
クラウドに倣ってテーブルの上を見てから、彼が何について言っているのかを察した。
時折気分でちょっと豪華に食事を作って見たりする自分はクラウドも知っているだろうが、本日はちょっと豪華すぎる料理を不思議に思っているのだろう。たまにやる気分でのそれも今日のも、ちゃんと節約しているので文句は言わせないぞ、と余計な所まで言い分を考えてから、不思議に見ている彼の手を引いた。

「さて今日は何の日でしょう?」

何かあったかの問いに対する答えが質問で帰ってきて、クラウドは更に顔を顰めた。楽しい事が大好きな彼女だから、それも彼女に取って楽しめる事なのだろうが、先も考えたイベントの日でもない。クラウドにはその答えを見つける術などなかった。
黙り込んだクラウドを見上げて、やれやれとわざとらしく首を振る姿にはちょっとムッとしたが、ここで言い返すと長引くので黙ったまま彼女が答えをくれるのを待った。
だろうな〜クラウドがそんな事覚えてるはずないもんな〜、なんてまたも馬鹿にしたように言われて、今度こそ言葉ではなく手が出て額を小突いてやった。

「あいてっ!」
「それで、何の日だって?」
「人のおでこに打撃しといて何しれっとしてやがる!」
「いいから早く言え」
「じゃあ謝れ!わたしのでこに謝れ!」

お前じゃなくてお前の額にだけか、なんて突っ込みもすると本当に収集が着かなくなるので、小突いたばかりの額を擦ってやりながら、もう一度視線だけで問いかけた。
テーブルに乗ったいつもより手の込んだ豪華な料理たちの意味は。
クラウドが覚えているはずがないと言う今日、何かあったかともう一度考えてみるが、やはり彼女の言う通り覚えがない。
そんなクラウドにしょうがない、と言うようにようやくまともな答えが与えられる。

「今日はね、初めて会った日だよ」

え、と声が出た。誰と誰が、なんて質問はしない。そんなの自分と彼女に決まっている。だが初めて会った日とは、もう何年も前の、初対面では良いとは言えない邂逅の事だろうか。
あの日の事はクラウドもしっかりと覚えている。しかし日付などあの頃気にしてはいなかった。
にっこりと笑う顔を見て、次に出て来た疑問は、なんで今なのかという事だった。こいつが今し方クラウドに言ったように、こいつだって一々初めて会った日を記念日などと言って覚えておくようなタチではない。証拠に、去年も一昨年もその前の年の今日に、本日と同じような事はなかった。
となればこいつだってクラウドと同じだ。

「お前だって覚えてなかっただろ、絶対」

大方何かの拍子に気が付いたか、誰かに言われたか、その辺りだろう。そして思いついたのが、豪勢な夕食を食べる理由に違いない。

「おう、バレた!あはー、実はティファとたまたまそんな感じの話題になって日付見てたら本当に今日だったんだよね〜だからごはん頑張ってみた!ていうかお腹減ったから食うぞ!座れ!いやその前に手ぇ洗ってこい!」

だろうと思った、と溜息が勝手に出て、クラウドは言われる通りにいつもは帰り着いてすぐにする帰宅後のあれこれを済ませる。すぐに楽な格好になれば、いつものように二人で向かい合って彼女が用意してくれる、クラウド一人では気を付けもしないだろう栄養も考えられた食事を囲む。
いただきます!と勢い込んで声を上げて、彼女は楽しそうに自分で作った料理を頬張り始めた。あまり多くはない人間関係の中の女性の食事姿から見るとかなり色々気にしていない食べっぷりだが、クラウドフィルターでは何でも笑顔で美味しそうに食べる彼女はとても愛しいものだった。同じくクラウドも食べ始めて、いつも通りに彼にも美味しいと感じられる彼女の手料理に、初めて会った時にはこんな事になるだなんて思いもよらなかったな、と今感じられる幸福をあの頃の自分に聞かせてやりたくなった。
今お前の目の前で罵詈雑言を喚き散らしている奴が、本当はどんな奴でどれほど大切な奴なのか。詮無い事だが、彼女を想えばあの時もっと優しくすれば良かったなんて、言葉には出来ないまでも、クラウドは今あの頃を補うように優しく微笑んだ。
二人とも素直とは言い難い性格で、お互いに持つ気持ちも普段言葉になど出来ない。
それでもこうして想い合う証が何気ない日常にある。

出逢ってくれてありがとう。平常心では言えないその感謝を、二人は目を合わせた瞬間にだけ、互いに聞こえない心の中で言い合っていた。