ショート・ショート


【一年・七月下旬】



最近、ちょこちょこ菅原と帰ろうと何気なく努力していた。
家の方向がある程度一緒だったことは非常にラッキーだったと思う。

でも人間というものは欲深い生き物で、ひとつの欲求が満たされるともっともっととさらに求め続けてしまう。私もその例に漏れず、一緒に帰る以上の何かを求め始めてしまっていた。
そんな自分がなんとなく嫌で、少し落ち込む。
その間にも菅原が視界に入るたびに、やっぱり好きだなぁと思ってしまうのだからもはや末期。



昼休み、ふと菅原に視線を向けたら、クラスメイトの女子が菅原に近づいていた。



「菅原君、この前の委員会の話し合いだけど、先輩から連絡事項があるから、今日の放課後に少し集まって欲しいって」
「そっか、わかった。ごめん、俺この前ちゃんと出れなくて…」
「ううん、大丈夫だよ。むしろ放課後って、部活大丈夫?」
「少し遅れるって伝えてもらうから大丈夫」
「オッケー。じゃあ放課後にね」
「おう、ありがとう」



クラスメイトの子は菅原の席から離れていった。
なんてことはない。菅原と委員会が同じだから、その事務連絡だ。それ以上の内容なんてどこにもなかったはずなのに、無意識に聞き耳を立ててしまっていた。
…ざわざわする。どこかに行こうと思ったわけではなかったけど、席から立ち上がって教室を出た。





HRを終えてみんな各々で教室を出ていく。私もいつものようにバッグを肩にかけて教室を出ようとしたが、



「あ、笠原!」



菅原の声に呼び止められて振り向く。



「ごめん、俺これから委員会に出てくるから、少しだけ部活遅れる」



昼休みに菅原は、少し遅れるって伝えてもらうから大丈夫、と言っていた。その伝える役割は恐らく私に回ってくるのだろうなと思っていたから、予想していた。
知ってるよ、昼休みに聞いてた。とは言えない。言えるわけがない。聞き耳を立てて菅原とクラスメイトの子の会話を聞いていたなんて、気持ち悪すぎる。



「わかった。先輩に言っておくね」
「ありがとう、ごめんな」



できるだけちゃんと笑って菅原に頷く。
そのまま菅原は、同じ委員会のあの子の所へ行き、二人で教室から出ていった。同じ場所に行くのだから二人が一緒に行く義務はないが、ばらばらに行く理由もない。いつもの、体育館へ向かう私と菅原と同じだ。でもどうしてだろう。あの子と一緒のほうが、どことなく絵になっているように見えてしまった。だめだなぁ、私…。ため息が出た。





今日は特に意図したわけではなかったけど、流れのままに菅原と一緒に帰ることができた。いつもならそれは嬉しいことのはずなのに、昼休みから地味にテンションが低い私には少々苦行だった。



「今日の体育館、暑かったなぁー」
「そうだね…」



いつもみたいな声が出せない。

嫉妬だってわかっている。菅原のことが好きなのだからしょうがない。でも私はどの立場で嫉妬しているのだろう。
菅原の彼女なわけではない。彼女になる手前、とかの特別仲がいいわけでもない。私が菅原に対して特別な感情を持っているだけで、関係は至って普通の友達以外の何物でもない。
こうして一緒に帰っているのも、家の方向が同じだというだけで、尚且つ暗くなっているのに女子が一人では危ないからと、菅原が優しさと義務感を働かせているだけだろう。

冷静になってみると、そんなことに今さら気づいた。今までの私は、一人で舞い上がりすぎていたのだと。
菅原と一緒に部活に行っていたから何?一緒に帰っていたから何?
そんなもの、なんの特別にもなっていない。



「笠原?」
「ん?なに?」
「もしかして、具合悪い?」
「え、ううん。そんなことないけど」
「そう…?」



やはり菅原は周りをよく見てるなぁ。
そうやって細やかなのに、きっと私が好きだということには何も気づいていないに違いない。何か特別なアプローチをしたわけではないから、当然だけど。
だからこそ、菅原が他の子と一緒に帰ろうが話をしようが、私には何かを言う権利などないのに。嫉妬ばかりが先立って、どうしようもなく自分が嫌だ。



「うん、別に、菅原には関係ないから」



そんな自己嫌悪に気分が支配されていたから、私が言った返事は自分でもわかるほどに棘のある言い方になってしまっていた。



「…笠原、怒ってるのか?」



菅原の声のトーンが少し落ちた。



「別に…怒ってはないけど」
「わかった、言い方を変える。機嫌が悪いだろ?」
「そんなんじゃないよ」



俯いたままの返事は、より突き放しているように聞こえてしまう。
いつもなら、そんなことないよと笑って見せるのに、今のどす黒い感情はそれすらも許してくれない。これではまるで、菅原を責めているみたいじゃないか。



「じゃあなんで、さっきから俺のほう見ないんだ?」
「…別に、そっちを見る必要がないから」



菅原の言うとおりだ。いつもなら、もっと菅原のほうを見て話すことができるのに。

菅原が立ち止まった。



「俺が何かしたなら謝るよ。何か悩んでることがあるなら話も聞く。言えないことなら無理には聞かない。でも、そうやって何でもないって言いながら棘のある言い方するのは違うだろ」



半歩分の斜め後ろ。そこから聞こえる菅原の声も明らかに不満を持った声で、正論だったから言葉に詰まった。



「…ごめん。でも、本当に何でもないんだってば」
「怒ってるのに?」
「怒ってないったら!」



引き下がってくれない菅原の言葉に、自分の中の何かがぷつりと切れた。



「私が!!私が、勝手に!嫉妬した、だけなんだから…」



後ろを振り向いて思わず飛び出た大きな声は、徐々に尻すぼみになった。

同時に俯いてしまった顔を上げることができなくなった。菅原が驚きとも戸惑いともとれる表情をしているのが見えたから。嫉妬、というワードで何かを察したのだろう。
でも、ここまで言ってしまってはもうごまかしは効かないなと思った。ごまかしたってきっと気まずくなる。
それなら、いっそ、その嫉妬の理由を明かそう。



「…菅原が、好きです」



声が震えた。
でもせめて、菅原の顔を見て伝えようと、必死で顔を上げる。だが私とは対照的に、菅原が俯いていていく。



「そ、の…ごめん…」



…ああ、だめか。
その一言で答えだった。



「笠原のことは、好きだけど…そういうのじゃなくて…」
「…うん」



うん、わかるよ。好きは好きでも、異性に向ける好きではない、っていうことだよね?

友達として、クラスメイトとして、同じ部活の仲間として。
選択肢はいろいろあって、私はその中に入ってはいるけれど、そこから発展した関係の候補にはいないのだ。

じくじくと目元が熱くなってくるのを感じる。
だめだ、耐えろ。ここで泣いたらだめだ。菅原に罪悪感を植え付けるな。菅原は優しいから、全く罪悪感を抱かないというのは恐らく無理だろう。でもせめて、フラれたから目の前で泣くなんてことは、してはいけない。



「…ごめん、ほんとに…」
「菅原は悪くないんだから、謝らないでよ。私こそ、急にごめん…」
「いや、その…うん…」



お互いに何と言っていいのかわからないまま、道に立ち尽くしてしまう。
ここでまた明日、なんて言ったら明日はきっとまともに顔を合わせられない。それは、とても嫌だ。



「あのさ、図々しいかもしれないんだけど…友達とか、部活仲間としては、私、今まで通りでいたいんだ」
「あ、うん…それは、俺も」
「そっか…。…じゃあこれからも、よかったら、友達でいて欲しいです」



菅原の顔を見て、少しだけ笑う。



「…うん、もちろん」
「ありがとう、菅原」



何とも表現しがたい表情のままだったけど、菅原も小さく笑ってくれた。



「菅原、先に帰って大丈夫だよ」
「あ…、うん…」



菅原は何か言いたげだったけど、頷いた。
周囲はもうすっかり暗くなっているからそれを心配したのかもしれないが、このまま2人でいることはよくないとわかっているのだろう。



「…じゃあ、また明日な。気を付けて」
「うん、また明日」



こんな状況になったのは私が悪いのに、気を付けて、と気遣いをしてくれるのがとても菅原らしい。
私の横を通り過ぎて、菅原の足音が完全に聞こえなくなるまで私はそこに突っ立っていた。

ふぅー、と上を向いて息を吐く。こんなに呆気ないものなのか。
少女漫画のような展開にはならない。現実は厳しい。バカなことしたなぁ。なんでこんな、勢い任せで、ムードのかけらも何もない。



前に菅原との帰り道で泣いたな。三年の先輩が引退する前のことを思い出した。
あの時も菅原と一緒に帰って、菅原が肉まんを買ってくれて、「俺はわかってるからな」と言ってくれて、それで私が泣いて、菅原が隣で頭を撫でてくれて。
あの時、泣いている私にとって菅原の優しさは特効薬であったけど、今はその特効薬をくれる人はいない。
そう思ったら、泣くことがとても無意味に思えてきた。泣いたって菅原が私のことを好きになるわけじゃない。ここで泣いて体力と気力を消費するくらいなら、さっさと家に帰って、宿題のプリントをやらなくては。

目元や喉は熱いままだったけど、涙は流れてこない。
ぎゅっとバッグのストラップを握って、止まっていた足を動かした。



(ショート・ショート)

なんて呆気ない、短い恋だったんだろう。
なんて呆気ない、一瞬の告白だったんだろう。

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