はれた日にすること


【一年・九月】



まだ少し残暑が続く中で、いつも通りに部活は始まる。ドリンクを作り、ボールを拾い、練習内容などをノートに書き込む。

休憩中に、少し暇だったのでボールを取ってアンダーでぽんぽんと上げる。マネージャーとはいえ、一応これくらいはできる。



「お、笠原、パス!」
「え?あ、はいっ」



近くにいた澤村に呼ばれたと思うと、レシーブの構えをしていたのでそちらへボールを飛ばす。澤村がアンダーで打ったボールが再びこちらに戻ってきた。今度はオーバーで返してみる。

澤村はレシーブがうまいなぁ。選手ではない私の目から見れば、部員全員がうまいなと言えるのだけど、その中でも澤村のレシーブはとても安定しているような気がした。
何度かボールを往復させていたが、はたと気づいてボールをキャッチする。



「どうした?」
「どうしたって、休憩中なんだからちゃんと休まないと」
「ああ、そうだな。悪い」



休憩中はしっかりと休まなければならない。
休憩時間にも練習を重ねることは決して悪いことではない。でも、休むべき時に休まず、そのツケが練習の時に回ってきては意味がない。練習熱心と言えば聞こえはいいが、練習と休憩の両立ができないのは、褒められることじゃないのだ。

苦笑した澤村は、すまんと謝ってドリンクを口に運んだ。



「菅原と旭も!」
「あ!はいっ!」
「ご、ごめん…!」



コートへ立ち、さっきのスパイクもう一回やってみよう、とかなんとか話していた2人を私は見逃さなかった。
名指しで注意を受けた菅原と旭はびくっと肩を揺らして、コートから出た。



「休憩中にスパイクとかさ。何のための休憩なの」
「あー…うん」
「万が一もしそれで怪我した、とかアホのすることじゃない?旭」
「そうだな…」
「盛大にアホ呼ばわりされたいって思ってるなら止めないけど」
「それは嫌だな…」
「じゃあ、二人とも休もう?」
「…はい」
「ごめん…」



旭の持っていたボールを預かり、自分が持っていたのも含めて籠へと入れた。
相変わらず旭は小心者だなぁ。菅原も少々しょぼくれているのがおもしろくて、小さく笑った。



練習を終えて部員たちが片付けと掃除をしている間に、私と潔子ちゃんは外の水道でドリンクのボトルを洗う。



「支緒、ちょっと聞いてもいい?」
「んー?」
「…菅原と、何かあった?」



声を抑えて控えめに訊いてくれたのは、潔子ちゃんの配慮だ。一瞬、ボトルを洗う手が止まるが、すぐに再開する。すすいで、水を捨てた。



「…そんなに、わかりやすかった?」
「ううん、私の、なんとなくでしかないけど」



最近は、極端に菅原と話をしていないわけではないけど、潔子ちゃんから見たらわかりやすかったのかもしれない。



「帰りに聞いてもらってもいい?」
「うん、もちろん」



まだ体育館には部員がいるし、扉は開いたままだし、さすがにここでは話せない。
潔子ちゃんの返事は短かったけど、優しさと心配が混ざったような声だった。



帰る前に、誰もいなくなった渡り廊下に座り、潔子ちゃんに失恋したことを話した。少し察していたのかもしれないが、それでもやはり驚いていた。

私が嫉妬をしたこと。
その嫉妬から、勢い任せで告白してしまったこと。
結果は聞くまでもないこと。
それからもうすぐ二か月経つこと。
だいぶ平気にはなったけど、少し気まずさがあること。
――まだ、菅原を好きなこと。



「そう、だったの」
「…ごめんね、こんな話して」
「ううん。…支緒、泣いてないでしょう?」
「え?」
「支緒が目を腫らしていたりするの見たことがなかったから。泣いてないんじゃないかって」
「…泣いてもどうしようもないかなと思ったんだ」
「そんなことないと思うけど」



潔子ちゃんはそっと頭を撫でてくれる。それが合図になったかのように、一気に視界が歪んだ。
部員はみんな帰っていったし誰もいないというのはわかっていたけど、それでも声を上げられないのは、自分が嫌だからだ。

潔子ちゃんが渡してくれたポケットティッシュをありがたく使わせてもらう。



「すぐに、あきらめは、つかないと思ってたんだけど…まだ、全然、だめで」
「…うん」



菅原にとって迷惑だろう。
何度も繰り返し告白するなんてことはしないけど、今やこの感情自体が迷惑になるのではないかと思う。だから早く諦めて、吹っ切って、今までような友達に戻らなくては思うのに。なかなかどうしてうまくいかない。

私は隠すのが下手だから、菅原といるうちに、またそういう感情が溢れた行動に出てしまうことも否定できない。



「わからなくもないけど、でも…今みたいに少し避けたような感じもあんまりいいとは思えないかな」



潔子ちゃんはそう言った。



「それに、支緒が本当に切り替えられるまでは、好きでいてもいいと思う」
「…けど、」
「だって、菅原にオーケーしてもらえるまで告白し続けようとか思ってないでしょ?」
「そりゃあ、ね…」
「意地でも菅原に振り向いてもらおうとかも、思ってないでしょ?」
「うん」



そんな度胸はない。
する気力もない。傷口に自分で塩を塗り込むようなことはしたくない。旭ほどガラスのハートではないが、強靭なメンタルを持っているわけでもないのだ。

潔子ちゃんの口数がいつもより多くて嬉しいというのは、密かに飲み込んだ。



「それなら、菅原に直接迷惑をかけてるわけじゃないから、支緒がちゃんと諦められるまで、好きでいてもいいんじゃない…?」



諭すような潔子ちゃんの言葉に、徐々に涙は引いていく。



「それにしても、菅原は見る目がない」
「あはは…そうだね」



一気に冗談めいたトーンになり、つい私も笑った。
ティッシュで涙を拭いて、ついでに鼻もかんで。



「ありがとう潔子ちゃん」
「元気、出た?」
「うん、少し。明日にはもう元気になってるよ」
「そう。期待してる」



微笑んだ潔子ちゃんに、帰ろうかと促して立ち上がった。

わかったことがある。
悲しかったり辛い時に、吐き出さないで溜めるほうが、よっぽど無意味なんだということ。負の感情なんて、溜めていても仕方がなかった。そんなことに今さら気づいた。

今まで通りでいたい、なんて菅原に言っておいて、私が一番今まで通りじゃなかった。
いいのだと思う。菅原の近くにいても。話をしても。一緒に笑いあっても。
それが今までだったのだ。菅原を好きになる前からも。好きになってからも。友達と話をするのに、何を遠慮する必要があったんだろうと、それも今さら気づいたことだった。





帰宅してからも寝る前にまた泣いてしまった。
そのせいで今朝は少々目が腫れていた。



「あー、やっちゃった…」



でもまったく気分は落ち込んでいなくて、すっきりしていた。目くらい、気にすることないか。いつも通りに家を出れば、外の天気はとても晴れていて、気分はより上を向いていく。
学校に着いて、偶然会った旭からその目はどうしたといった質問が来たが、感動ものの映画を見て号泣したと適当に取り繕った。
クラスが違う旭と別れ、自分の教室へ向かう。



「笠原」



呼ばれて後ろを振り向くと、菅原が歩いてきていた。なんていいタイミングだろう。

小さく手を振って呼びかけに答えると、こちらに近づくにつれ菅原は不思議そうな顔をした。目が腫れていることについてだろう。二か月経った今になって、失恋が原因で泣いたとは思わないだろうし。
普段から化粧っ気などないし、目が腫れているからいつもよりちょっとひどい顔かもしれないけれど今日はもう、そんなことは私にとってはどうでもいい要素だ。

ああ、そうそう、これだ。
自然と笑ってしまうこの感覚、これが菅原と話をするいつもの感覚だった。これでいい。今のベストだ。



「おはよう菅原!」



(はれた日にすること)

まだしばらくは吹っ切れそうにない。だからもう少し、好きでいることを許してほしい。
…ごめんね菅原。

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