大きな夢を見ていた、そんな春の頃


【一年・四月】



高校生になってからすぐの頃、クラスでは「授業大丈夫かなー」とか「ああ、あそこの中学なんだ。よろしくね」とか「体育館広かったなー、さすが高校」とか、新入生ならではの話題で一杯だった。

中でも部活動に関しての話題がひときわ多かった。
中学時代と同じ部活にするか、新しい部活を始めてみるか、はたまたどこにも入らないか。
中学時代から帰宅部だった人は高校でもその延長線に乗ることが多いだろう。私も中学の頃は部活をやっていなかった。



「笠原ちゃん、部活とかもう決めた?」
「うん、とりあえず」
「へぇー、どこどこ?」
「バレー部のマネージャーやろうかなって」



中学でも部活をしていなかった私が、なぜ高校でバレー部に入ろうと思ったのか。

一言でいうなら、憧れだ。
中学時代、部活に打ち込んでいた友人たちが眩しく見えたのだ。もちろん、ただなんとなくやっているという人もいたけれど、少なくとも仲が良かった友達はみんな一生懸命で、そんな姿がうらやましかった。
だから、高校では自分も何か部活をやろうと決めていた。

なぜバレー部にしたかというのは、親も学生時代はバレー部だったそうで、少なからずその影響もあった。運動は嫌いでも苦手でもないが、得意なわけでもないのでマネージャーが妥当かな、とそんな理由だった。

男子バレー部マネージャー、と書かれた私の入部届を見て友達は頑張ってね!と応援してくれた。
入部届は各部の部長か顧問の先生に提出するように言われている。まだ仮入部期間だから、そんなに急ぐ必要はなかったものの、正直言って初めて始める部活に私はワクワクしていた。

部活見学に行く人、そのまま帰る人。ちらほらと教室から人が減っていく波に乗って、私も教室を出て体育館へ向かう。入学式の時に入ったほうではなく、男子バレー部は第二体育館で活動している。



「あ、ねえ!」
「……」
「ちょ…!ねえってば!」
「へ?ぅわっ!私!?」
「あ、ごめん…!」



廊下で聞こえる生徒たちの声の中に通った、少し大きめの声。
確かに聞こえていたけれど、まさかそれが自分に向けられたものだとは思っていなくて、後ろから肩を掴まれて驚いた。

振り返ったそこには男子生徒がいた。この人…。
顔は知っている。だって、クラスメイトだ。でもまだクラスメイト全員の顔と名前を一致できてはいなくて、彼の名前は知らなかった。ただ第一印象として、穏やかそうだな、真面目そうだな、とは思っていた。

下手したら、クラスメイトとはいえほとんど関わらないかもしれない同士。席が近いわけでもなかったから、話したこともまだだった。急にどうしたんだろう。
驚いた私に、一言謝罪を言った彼は肩から手を離した。



「男子バレー部に行くんだろ?よかったら一緒に行くべ」



ああ、もしかしてさっき友達と話しているのが聞こえたのかな、と私がバレー部に入るのを知っていたことにはあまり驚かなかった。同時に、この人もバレー部に入るのかとわかり、不意に仲間意識が芽生えたのだ。初めて話すのに。



「あ、ほんと?うん!じゃあ、一緒に行こう」
「ありがとう。あと、急にごめんな」
「ううん、大丈夫」



むしろ、声をかけてくれたことにこちらが感謝したいくらいだった。知らない男子の先輩たちの所へ一人で行くのは少し心細くも感じていたから。

廊下を歩きながら、クラスメイトだけどお互いに自己紹介をする。



「俺、菅原孝支。よろしく」
「笠原支緒です。よろしく菅原」



こちらこそー、と菅原は笑った。左目に泣きぼくろがあるんだ。
勝手に抱いていた第一印象の通り、菅原は穏やかで、でもはしゃぐのも好きなようだった。そしてそれに加えて、爽やかだなぁと思った。

体育館に着くまでは、どこの中学だとか、今までの部活だとかの話をした。私は帰宅部だったから、ほとんどが菅原の話だ。
菅原は中学でもバレー部で、そのまま高校でも続けようと思っていたらしい。



「菅原はどこのポジション?」
「俺はセッター」
「へぇ、司令塔だ!かっこいいね」



学生時代を振り返る親曰く「セッターのトスがあってこその攻撃だ」と言っていたので、軸となりチームの司令塔であるセッターの人はすごいという個人的な認識だった。



「そうかな、ありがとう。それに、烏野って一回全国にも行ったことあるしさ」
「え、そうなの?知らなかった…」
「小さな巨人って聞いたことない?」
「ああー、それは知ってる」



何年か前にテレビで春高バレーの中継を見ていた親が、その名前を言っていたのを覚えている。その時はバレーにそれほど興味もなかったから、テレビで見た学校がこの烏野高校だと知らなかった。

烏野って思っていたよりすごい学校だったんだなぁ。
新入生への部活紹介では全国に行ったということは言っていなかったが、どうやら現在は当時ほどの強さを誇ってはいないらしい。



「でも俺は行きたいな。全国」



そう言う菅原の表情はとてもキラキラしていて、一生懸命に部活をやってる人の顔だった。
中学まではそれに憧れるだけであったけど、私もこれからは部活に所属するのだ。やるからには、一生懸命打ち込みたい。



「じゃあ…、私たちが卒業するまでにさ、烏野がもう一回全国に行けたらいいね」
「そうだな!」



菅原が第二体育館の扉を開ける。
「失礼します!」と挨拶をすると、中にいた部員の視線がこちらに集まる。



「いらっしゃい。見学かな?」
「あ、いえ。正式に入部をしたいので、入部届を持ってきました」
「俺もです」



部長と思しき先輩へ入部希望を渡すと、その人は感心したように瞬きをした。



「おおー、まだ仮入部期間なのに正式に入部希望か。君たちで五人になったよ」



入部届が受理されるのは来週からだから、とりあえず今日は見学ということで中へ入れてもらう。

私と菅原以外にも、もう正式に入部届を出した人が三人もいたらしい。
壁際にいくつかパイプ椅子が用意されていて、そこの三つが埋まっていた。この人たちがその入部希望者だというのは容易に予想できる。



「入部希望者?俺たちもなんだ。よろしく」
「あ、こちらこそ」
「よろしく」
「ええっと…よ、よろしく」



手前に座っていた黒髪の男子生徒が声をかけてくれた。人をまとめるのが上手そうな人だなという第一印象。

その隣に座っていた眼鏡をかけた女の子も挨拶をしてくれる。クールビューティーという言葉が似合いそうな美少女だった。でもちゃんと私の目を見て挨拶してくれたので、無愛想ではないみたいだ。

そして、その隣には…なんだか同じ高校一年とは思えない風貌の男子。しかしながらその風貌に反して、挨拶は少しオドオドしていた。



「「よろしく」」



菅原と挨拶が重なったことに少し笑う。
彼らと同じように椅子に座り、先輩たちの練習風景を見る。



私も、中学の頃に見ていた友達やさっきの菅原みたいに、キラキラした顔をするようになりたい。菅原の言っていた全国の舞台に、行ってみたいと思った。

ぱしん、と軽く頬を叩いてこれからの自分に気合を入れた。



(大きな夢を見ていた、そんな春の頃)

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