ふれあった指先


そのまま流れで、菅原と帰り道を歩いた。

卒業だねー、そうだな、と改めて言ってみたり。そういえばあんなことあったな、そうだね、と思い出を振り返ったり。
卒業に関してのことと、思い出話を何度も繰り返し、いつのまにか私の家の前に着いてしまった。



「ありがとう菅原、わざわざごめんね」
「いいって。風邪ひくなよ?」
「ひかないよ。どうしたの急に」
「鼻がぐずぐず言ってたから」
「泣いたせいだから、風邪じゃないよ」
「ならいいけど」



いたずらっぽく菅原は笑う。寒さのせいか、菅原の鼻は赤くなっている。そして目は、私と同じように赤くなっている。でも、それは寒さのせいではない。

今日、学校を卒業した。
部活はそれよりも前に引退した。
次、みんなに、菅原に会えるのはいつだろう。
引っ越したりする前に、もう一度みんなで集まれたらいいとさっき言っていたけど。



「そうだ菅原、あとで写真送ってね」



ふと、さっき教室で撮った菅原とのツーショットのことを思い出した。



「えぇー、どうするかな。あ、三年のトークグループに晒すか」
「え!?なにそれ!だめだめ、やめて!」



どことなく意地悪く笑った菅原は、シャレにならないことを言い出した。

そんなことしたら、澤村や旭にまで私の本音が知れてしまうじゃないか。彼らがなんとなく察しているのかどうかまでは知らないけれど、潔子ちゃんにしか正式に教えてはいないのだ。まさか卒業してから周囲に暴露されるとか、ひどい羞恥プレイだ。



「しょうがないなぁ、じゃあ大地と旭と撮った写真も晒すから」
「誰得なのそれ。交換条件になってないよ。とにかくだめ!」
「…ぷっ、わかってるって。必死だな笠原。言うほどひどい顔で写ってないのに」
「あ…、そ、そういうことも女子は気になるの!」



私の必死さが面白かったのか、菅原は吹き出す。
どうやら、泣きはらした顔で写った写真だから私が嫌がっていると思っているらしい。たしかにそれもある。大部分は違うけど。

最初から冗談のつもりだったようで、菅原がぽんぽんと私の頭を撫でた。



「大丈夫、ちゃんと笠原にだけ送っとくから」
「ほんとに?すごい疑わしい」
「ほんとだって」
「えぇー、菅原の言うことだからなぁ」
「俺が日常的に嘘言ってる、みたいな言い方やめろよ。じゃあ約束する。はい」
「え…」



はい、という言葉とともに、菅原は手袋を外して手を差し出してきた。その手は、よくある指切りの形状になっている。約束するって…。



「なんで指切り?」
「約束ごとの定番だから?疑われたままってのも心外だし」
「ごめん。別に本気で疑ってないよ」
「わかってるって。でもどうせだからさ、ほら」



つん、と目の前に出された菅原の手に、ちょっと躊躇いながら自分の小指をひっかけた。
少しだけ、菅原の小指に力が入ったような気がした。



「じゃ、約束な」
「うん。ありがとう」



子供みたいだなぁ。
さすがに指切りの歌は歌わなかったけど、つながった小指が軽く上下に揺れる。
手袋を外した手は冷たい外気でどんどん冷えていくのに、小指だけはどうしようもなく熱くなった。



*****



「ただいまー」



玄関の扉を開けて家に入ると、居間のほうから「おかえりー」と返ってきた。
どうせバレー部のみんなといろいろしていくから、卒業式を終えてから両親は先に帰ってきていた。

居間に入ると、温かい風がふわっと顔に当たる。



「おかえり。卒業おめでとう、支緒」
「ただいま。ありがとうお母さん」



お父さんにも同様に帰宅の挨拶をして、着替えるために二階の自室へ向かう。

三年間の染みついた動作でリボンを外すも、手が止まって、また首に付け直した。なんとなく、もう少しだけ制服を着ていたい。まったく往生際が悪いと思った。
暖房のスイッチを入れてベッドに座ると、携帯が光った。メッセージアプリによる通知だった。表示された名前は、菅原孝支。
アプリを開くと、『改めて、卒業おめでとう』というメッセージが表示されていた。冷えているせいで、まだうまく動かない指で文字を打つ。



“こちらこそ、卒業おめでとう。もう家に着いたの?”
“もうちょっとで着く”
“ながら携帯は危ないよ”
“心配ありがとー”
“どういたしましてー”



ぽちぽちと短いやり取りを繰り返していると、顔が緩んでいることに気付いた。菅原とやり取りしてるからって、この単純細胞が…と自分をののしる。

しばらく返信が来なかった。歩きながらは危ないと言ったので、そのせいかもしれない。
少し待っていると、再度メッセージ通知がきた。菅原からの個人メッセージではなく、バレー部三年生のトークグループだった。澤村だ。



“卒業おめでとう。これ、三年で撮った写真な”



そのメッセージのすぐ後に、写真が送信された。教室前で、バレー部三年生だけで撮ったやつだ。澤村が真ん中、その両脇に菅原と旭。旭の隣に潔子ちゃん。菅原の隣に私。
しっかりと写真を保存して、“ありがとう澤村!”と返信した。それに続いて潔子ちゃんや旭も、ありがとう、と返していて、そこにまた澤村から写真が追加された。今度はバレー部全員で撮ったもの。

写真を見ていたらなんだか段々と切ないような寂しいような、妙な気持ちになってきてしまった。みんなといたい。
卒業と言ったって、これ以降みんなとの関係が切れるわけでもない。それなのに、一人でいると、また泣きそうだ。
そのまま会話履歴をぼんやり眺めていると、ぴこん、と新しいメッセージが表示された。



“帰ってきた”



菅原との個人メッセージに投下された、短い一言。
少し頬が緩んだ。返信の文字を打っていると、また通知が来る。三年のグループのほうへ菅原が“サンキュー、大地!”と送ったのだ。



“おかえり菅原”



短く返すと、しばらくしてから履歴に写真が表示された。



「あ…」



教室で撮った、菅原とのツーショットだ。

二人で並んで、私は片手を菅原の肩に乗せて、もう片方はピースをして。
菅原の手は、片方は携帯を持っているので塞がれていて、もう片方は…私の肩に回されている。
私は赤い目をしていて、やっぱり自分的にはあまり納得いかない写り方だったけど、そんなことは正直どうでもよくなった。
写真をタップして、保存を選択する。



“写真ありがとう。でもやっぱりひどい顔だね、私(笑)”
“そんなことないって、大丈夫大丈夫。さっきさ、間違って三年グループのほうに写真載せそうになった (笑)”
“ちょっと!?約束やぶりか!”
“未遂だよ!”



本当に間違って送りそうになったのか、それともただの冗談かはわからないけど。
大丈夫。だって、約束したんだから。



“まぁ、いいけど。ありがとうね。”



そこまで打って送信ボタンを押そうとしたけど、思い出したように文章を付け足した。送信ボタンを押すと、私の送ったメッセージが表示される。



“まぁ、いいけど。ありがとうね。あと、第二ボタンも”



制服のポケットから、帰り道の途中でもらったボタンを取り出して手の上で転がす。



“おう。大事にしろよー、失くすなよー”
“もちろん!”
“言ったな。約束だぞ”



また約束。



“わかってるよ。絶対失くさない”



約束という響きが妙にくすぐったい。さっき菅原と指切りなんてしたせいだ。

ねぇ菅原。
二人で写真撮ろうと言ったり、肩に触れたり、第二ボタンくれたり、指切りなんて提案してきたり。
今日はいったいどうしたの?卒業式だから?高校生活の最後だから?それともただ何となく?

私にとっては嬉しいことばかりだけれど、菅原はどんな感情を持っていたの?



(ふれあった指先)

少しだけ菅原の指に力が入ったのは、ただの気のせい?

そんなことを思っても、菅原が何かを言ったわけでもなければ、私が訊いたわけでもないからわかるわけがないのだけれど。

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