(幼女と大倶利伽羅) 午後十二時。一般的な昼食の時間。 この時間ぴったりでなかろうが、たいていはこの時間帯に昼食を食べる。人の体は食べなければもたない。今の刀剣男士たちも然り。一日三食は必須事項だった。 「はい、主。おかわりは他のをちゃんと食べてからだよ?」 「はーい。ありがとうみつただ」 「主、どうかこぼさないよう」 「わかってるよはせべ」 おかずの乗った皿を持ち、列になった刀剣男士たちの横を主人が通り過ぎていく。 他の者たちも食事当番からおかずや米などを受け取り、自分の膳へ並べていく。全て貰い終わった者は先に大広間へと行き、全員が揃うまで待っている。それがこの本丸の食事風景だった。 大広間での席順は不定で、先に来た者から順に詰めて座っていく。主人の次に並んでいたのは大倶利伽羅で、お互いに何も気にせず隣の席に座る。 全員が席に着いたところで、今剣と秋田藤四郎が俗に言う誕生日席の位置に立つ。 ここから先が、大倶利伽羅にとって一番理解しがたいことだった。 「皆さん揃いましたね?では、」 「てをあわせてください」 その声と共に全員が全員、胸の前で手を合わせる。 食事とは他の生き物から命を貰うこと。人間にはそういう理屈があるのはわかった。これを一日三回、毎日のように行っている。今や最初の頃のように文句を垂れることはしないが、未だにわざわざ全員でこれをする必要があるのかと謎だ。 二人は視線を動かし、全員が手を合わせていることを確認する。 「はい、いただきます!」 いただきまーす、とあちこちから声が上がる。 食事に対して感謝はあるが、大倶利伽羅はそれを口にすることが以前から嫌だったので、いつも言わずにやり過ごす。だが、今回は隣の相手が悪かった。何の気なしに、何も気にせずお互いが隣に座っていたのに。 「おおくりから、ちゃんといただきますいった?」 隣に座っていた幼子が、目敏くそれを見つけたらしかった。 「…言った」 「えぇ、きこえなかったよ。もういっかい」 「……」 面倒なのに捕まった。 構わず箸へ手を伸ばすと、小さい手が手首を掴み阻まれる。じっと見上げてくる目に少したじろいだ。主人は何も言わないが、不思議と圧せられる何かがある。目は口ほどにものを言っていた。 普段は、なぜ己がここにいるのかもよくわかっていないくせに。 なぜこれだけの男と生活しているのかも、よくわかっていないくせに。 主人なのに、刀剣である自分たちと同じ位置で慣れあっているくせに。 こういうときだけ、主人の威厳を放っているから、厄介だ。それが筋の通ったことであるならなおさら。 周囲の者たちはすでに食事に手を付けているが、主人と大倶利伽羅はまだだった。 手首を掴んでいる手に、少し力が込められたのがわかる。 とん、と脇腹を軽く突かれた。主人がいるのとは反対側の隣から。今日そこにいるのはへし切長谷部だった。素知らぬ顔で食事をしているが、今脇を突いたのは間違いなく彼だろう。「主の言うことを聞け」という意味でそれをしたのがわからないほど、大倶利伽羅も馬鹿ではない。 よりにもよって両隣にこの二人か。本当に面倒なのに捕まった…。 舌打ちしたい気分になったが、それをするとまたどこかの方向から、行儀が悪いだのなんだのと注意してくる奴がいるのはわかっていたのでぐっと堪える。 堪えたついでに、諦めて再び手を合わせた。手首から手が離れていく。耐えろ。今、一回だけだ。 「…いただきます」 ぼそりと言ったそれはきちんと主人に聞こえたようで、満足げに頷いた。 「はい、よくできました」 膝立ちの状態になったと思えば、頭をくしゃくしゃと手が撫でた。 突然のことに呆気にとられたが、「主、食事中に立たない」という歌仙の声でそれは止まる。注意された主人は返事をして座り直し、再び手を合わせた。 「いただきまーす」 その声に、ようやく大倶利伽羅も箸を手に取り食事を始める。 「おおくりから、おゆうはんもとなりすわっていい?」 箸が止まった。いい加減食事をさせろと思った。正面の食事から、隣の主人へと視線を移す。 ずず、と味噌汁をすすりながら主人は返事を待っているようだった。おそらく、何か理由があってどうしてもというわけではないだろう。断ったって何も問題はない。むしろ今のようなことがまた起こると考えれば断ったほうが良い。 「…勝手にしろ」 だが口をついてきたのはいつも自分が言っている言葉だ。そのこと自体はいつも通りだったが、気づけば自分から火の中に飛び込むことをしていた。 「ほんと?じゃあおゆうはんもとなりね」 「……」 「ね?」 「…ああ」 「やった!」 「騒ぐな、飯がまずくなる」 「ごめんなさい」 謝りつつも、その声は落ち込んだものではないというのが伝わる。嘘を吐いた。これっぽっちも食事はまずくならない。むしろまずくなってくれたほうがよかったのに。 長谷部が小さく笑ったのがわかった。 …何がおかしい。ああ、くそ。 本当に、面倒な主人に呼ばれたもんだ。 |