ひまだなぁ、と縁側で足をぶらつかせた。 本丸の皆が遠征やら出陣に行っているとき、留守番している自分は暇だった。子供の自分はひとり本丸に残されることはなく、近侍を務める刀剣は残ってくれている。だが、その近侍もいろいろとやることがあるらしく、常時自分と何かをしてくれるわけではなかった。 近侍を始めとした刀剣たちがやっている机仕事というのは、どうやら本来は自分が行うべきものであるらしい。子供の自分ではそれができない。難しいことはよくわからないが、自覚はしていた。 だが、机仕事は実行できる者を選ぶらしく、どの刀剣も全てがそれをしているわけではなかったが。 「主君、どうしました?」 「まえだ…」 そっと隣に膝をついたのは前田藤四郎だった。藤四郎と名の付く者がここにはたくさんいて、彼もその一人だ。 自分には呼ばれ方がたくさんあった。 ある者からは「あるじ」と呼ばれ、ある者からは「たいしょう」と呼ばれ、前田のように「しゅくん」と呼ぶ者もいる。「あるじどの」とも呼ばれるし、「おまえ」とか「あんた」といった呼ばれ方もする。呼ばれ方は様々だが、全て自分を差しているというのはわかっていた。 そんな自分はいったいどうして彼らとここに住んでいるのか、実はよくわかっていない。でも彼らはとてもいい人たちだし、普段は何の疑問も思わないのだが、こうして一人でいる時は少し考えてしまう。けど、考えてもわからないのがいつもだ。 「ちょっとね、あんまりひとがいなくてさびしいなって、おもってた」 「ああ、皆さん遠征や出陣に行っていますからね…」 こればかりはすぐに解決できない。困ったように前田は眉を下げた。 「心配ですか?」 「…うん」 出掛ける皆を、いってらっしゃいと送り出すのはいつものことだが時折怪我をして帰ってくる者がいる。 実際、自分が何のためにここにいて何のために彼らといて、彼が出先で何をしているのか、自分は詳しく知らないのだ。あなたがもう少し大きくなったら説明します、と言われている。だが、出先で怪我をするような何かがあるのだというのはもうわかっていた。だから心配だった。遠征だろうとなんだろうと。 「みんなが、けがしないかなって。いたいってないてないかなって」 「主君はお優しいですね」 そう言って笑う前田の笑顔に少し安心する。 「でも、きっと皆さん無事に帰ってきますよ」 「そう…?」 「一番に主君が信じてあげなくては。皆さん、主君が待っているから、ここに帰ってくるんですよ?」 「わたし?」 はい、とさも当然のように前田は頷く。 「主君のために、頑張ろうと思えます。帰らなくてはと思います。おそらく、皆同じ気持ちを根底に持っています」 「こんてい、ってなに?」 「…あ、申し訳ありません。そうですね…心の底にある、という意味だと思っていただけると」 そう言われて少し考えた。 燭台切や歌仙、長谷部や今話している前田など、ここにいるのは自分をよく扱ってくれる者がほとんどだが、然程自分と積極的に関わろうとしない者もいたりする。大倶利伽羅とか、同田貫正国とか。別にいじめられているとかの意味ではないが。 そういった面々もみんな、思ってくれているのだろうか。もしそうだとしたら、嬉しい。 「わたし、みんなのことすきだから、かえってきてほしい…」 「でしたら、皆さんは主君の気持ちに応えようとします。信じて待っていましょう」 「…うん」 「それまで、何をして待っていましょうか」 「うーん、おえかきしようかな」 「では、お供させていただきます」 「ありがとう」 自分が待っていればみんなが無事に帰ってくる。それなら例え退屈であろうと、待っていられる気がした。 玄関が開く音がして、すぐさまそちらへ走った。 他の部隊はすでに帰ってきていたが、遠くの遠征に行っていた部隊が最後だった。 「かせん…!」 「やぁ、主。今帰ったよ」 「おかえり!」 部隊長であった歌仙を筆頭に、燭台切や鶴丸といった面々が玄関へと入ってくる。 皆それぞれ自分の頭を撫でたり、ただいまと笑顔を見せてくれたりする。怪我人などはいないようだった。遠征とはいえ、やはりそこは心配になるもので。だが、この部隊に入っていた者がひとり足りないことに気付いた。 「…はせべは?」 「ああ、長谷部くんはちょっと倉庫のほうに行ってるよ。すぐ来るから」 燭台切の返答にひとまず安心するが、聞いただけで姿が見えないというのは完全な安心をもたらさない。 「ああ、来た来た」 ぱっと顔を上げると、紫のカソックに身を包んだ長谷部が玄関を超えた。 自分のお出迎えに気付いた長谷部が身を屈める。何かを言う前に、その首元に飛びついた。 「…主っ!?ど…どうしました?」 戸惑った声も今は関係ない。ぎゅうぎゅうとしがみつく。 長谷部の姿を見た瞬間、なんだかひどく安堵が込み上げた。安心した。嬉しくなった。 よかった、みんな帰ってきてくれた。怪我もしてない。ちゃんと帰ってきてくれた。嬉しい。 「おかえりなさい、はせべ」 そう言った後に長谷部の体が一瞬硬くなったような気がしたが、その次には耳もとで小さく息を吐くのが聞こえた。 そっと、背中に手が添えられる。手を緩めてゆっくり長谷部の首から離れてみると、長谷部は微笑んだ。 「はい。へし切長谷部、ただいま戻りました、主」 留守番をしていると難しいことをいろいろ考えてしまう。それは正直退屈で、少しだけ苦痛だ。でも自分がここにいることで、みんなが本丸に帰ってこようと思うのなら喜んでその役割を果たそうと思えた。 だからこれからもずっと、みんなみんな、無事に帰ってきて。 ――― さにわんらいへ提出したもの |