(幼女と薬研)



本丸の風呂は広い。
多人数で入浴することもあるので、ある程度の広さがある。だが、自分はいつも入るのは一人だった。他の皆がわいわいしながら入浴する声を聞いて、羨ましいなと思ったことが何度かある。

桶ですくったお湯を被る。体から泡が完全に流れたことを確認してから浴槽へと体を沈めた。入浴剤によって色が付いているお湯はいい香りだ。



「大将、体洗ったか?」
「うん、あらったー」
「よし、ちょっと邪魔するぞ」
「はーい」



扉の向こうから聞こえた声と会話し、扉を開いたのは薬研だ。いつもの上着は脱いで、腕まくりしたシャツやハーフパンツはそのままに、裸足でぺたりと床に足を着ける。



「熱くないか?」
「だいじょうぶだよ」
「じゃあ、頭洗うか」
「うん」



お湯から上がり、木製の風呂いすに腰掛ける。
入るのはいつも一人だが、髪をうまく洗うことができないので、それをするために誰かがひとり付いてくれるのもいつものことだった。それが今日は薬研だった。

薬研が後ろに座り、シャンプーハットを頭に付ける。髪が濡らされ、シャンプーのポンプを押した薬研の手が頭に乗せられた。



「痛かったら言ってくれ」
「うん」



誰もが洗ってくれるときは同じことを言うが、大抵は申告するほど強い力で洗われることはない。



「ねぇやげん」
「んー?」
「ほかのみんなはいっしょにおふろはいるのに、なんでわたしはひとりなの?」
「…あー」



くしゅくしゅと泡立つ音を聞きながら、後ろに尋ねる。いつもは歯切れのいい返事をするのに、珍しく薬研は曖昧な相槌を打った。



「まぁ、なんだ。別に大将と入ってもいいと言えばいいんだが、いろいろあるからな」
「いろいろって?」
「大将が女になったらわかる」
「わたし、おんなのこだよ?」
「そうだったな。大人の女になったらわかる」
「…ふぅん」
「流すぞ、一応目ぇ瞑っててくれ」
「うん」



大人になったらわかることなのか。気になるのでできれば今教えてほしいと思ったが、ひとまず置いておくことにした。
目を閉じていると、頭にお湯がかけられる。何度かそれを繰り返して、また薬研の手が頭に触れる。コンディショナーをしているのだろう。またお湯がかけられて、シャンプーハットが外された。



「よし、終わりだ」
「ありがとう」



再び湯船に入ると、薬研に肩を沈められる。



「肩まで入らないと後で冷えるぞ」
「はぁい」



浴槽のふちに肘をついてこちらを見る薬研の手に、ぴしゃっとお湯をかけてみる。



「こら大将、俺は服着たまんまだから濡らすのは勘弁してくれ」
「だって、つまんないもん」



注意はされたが、薬研の口調はまったく怒った様子がない。退屈だし、段々と体が熱くなってくる。こうなると早く上がりたい。薬研の手を軽く引っ張る。



「あつくなってきた…。もうあがっていい?」
「もう少し入ってようぜ」
「ええー…」



引っ張った手を軽く握られ、ゆらゆらと宙で揺れた。



「じゃあ60まで数えたら上がるか。ほら、いーち、」
「うぅ…いーち、にーい」
「「さーん、よーん…」」



60に達するまで、自分と薬研の声がゆっくりと響いた。

薬研は先に風呂場を出ていき、体を拭いてから自分も上がる。薬研が60も数えさせるから、体が必要以上にぽかぽかだ。
脱衣所には誰もおらず、もぞもぞと服を着る。誰もいないが、いつも皆は脱衣所の扉の向こうにいるのだ。だから薬研もいなくなったわけではなく、そこにいるはず。



「やげん、あがったよー」



声をかければ引き戸が開いて薬研が入ってくる。



「大将、ちゃんと髪を拭いてから出ろって言ってるだろ?」
「ふいたよ?」
「拭けてないな。背中が濡れてるぜ?」



薬研が棚からバスタオルを一枚引っ張り出すと、広げたタオルにぽふりと包まれた。視界が白く染まる。
シャンプーをされたときのようにわしゃわしゃと髪を拭かれる。自分ではちゃんと拭いたつもりだが、なかなかどうしてうまく水分が取れない。

移動させられ頭からタオルが無くなると、お次は温風に当てられる。ドライヤーの音が耳にうるさい。だが体が温かい状態になっているせいか、だんだんと音が気にならなくなってくる。眠い…。
しばらくして音が止まり、ブラシで梳かされる。



「大将?」
「ねむい…」
「寝る時間か。もう終わったからな、部屋に連れってってやる」
「うーん…」
「ほら、大将」



首がかくかくしているところで、わきの下に手が入り込み持ち上げられる。
これ幸いと頼らせてもらうことにした。もう心身共に眠りに落ちようとしているのは自分でもわかる。薬研がそっと背中を叩くから、余計にだった。



*****



「それくらい、昔は大将も小さかったのにな」
「お願い薬研もうやめてほんと」



バスタオルを畳む薬研はおかしそうに笑う。一方で私は参ったと言わんばかりに手で顔を覆った。
脱衣所に置いておくためのタオルを畳んでいたら、昔のことを思い出した薬研が当時についてぺらぺらとしゃべり始めたのだ。

それだけなら単なる思い出話で済むが、内容が良くない。刀剣男士たちに裸を晒していた思い出なんて、ただの羞恥プレイでしかないではないか。



「ああーもう、薬研のせいで洗濯物畳むの進まない…」
「悪いな、そこまで大将が反応するとは思ってなかった」
「今さらながら恥ずかしくなる…」
「気にすんな、昔のことだ。あの年齢じゃあ、男も女も体は変わらん」
「…そうですね」



当時の私は短刀たちから簡単に抱っこされるくらい小さかったし、体の発育なんてまだだったのでそういった羞恥も持ち合わせていなかった。



「今の大将と風呂に行くほうが、よっぽど大問題だな」
「たしかに。とんだお目汚しにしかならないからね」
「どうだかな」



私の返しに薬研が笑って肩をすくめたところで、止まっていた作業を再開する。
考えてみれば子供だったとはいえいったい何人に裸を晒してきたのか…。薬研という比較的幼い容姿であっても、見られたと思い出すのはだいぶ恥ずかしい。



「大将、どうした?」
「…私のことは気にしないで」
「ふて寝しなくてもいいだろ」



畳む途中のバスタオルを頭からかぶり、縮こまって横になる。
思い返せば、光忠や長谷部といった青年の者たちにも同じことがあった。昔のことだし、成長した今の裸を見られたわけでもないが、…穴があったら入りたい。



「薬研、少しいいか。…これはなんだ?」
「おお長谷部。こりゃ大将だ」
「主?」
「…私はいません、ただの布の塊です」
「はい?」



どうやら長谷部が来たらしいが、今はちょっと顔を見たくないので、まったく意味を成さない言い訳を使った。



「あの、主…?」
「今はそっとしといてやってくれ。大将も年頃なんでな」
「薬研、余計なこと言わないでいいから!」



くつくつと薬研が笑うのがわかる。長谷部はきっと、よくわからないといった顔をしているのだろう。

ごめんなさい長谷部、私が勝手に恥ずかしいだけだから、気にしないで。



―――
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