駅で落とし物を拾って、その持ち主さんと知り合いになった。不思議なご縁があったものだ。

お礼にとその日は夕食をごちそうになり、なんとなくの流れで連絡先を交換し、時折やり取りをするようになる。
その後も数回食事に誘われ、通算三度目の食事をした時にはそれまでの敬称敬語をお互いに外した。同い年ということもあって、私も彼も今では普通に名前で呼び合っている。

友人、と言っていいのだと思う。恐らくは。もうただの知り合いというには彼と関わりすぎている。
ぽちぽちとスマホをタップしてメールの返信文章を作り上げた。



「お疲れー」
「あ、おかえり。今日のランチは何にしたの?」
「カルボナーラ。おしゃれでしょー?」
「社食のでしょ」
「それ言っちゃだめだって」



ランチに行っていた同僚数人がデスクに戻ってくる。もうすぐ昼休みが終わってしまう。水筒のお茶を口に含んだ。



「ねぇねぇ#刀剣#、今日の夜さ、どっか飲みに行かない?」
「あ…ごめん、今日は先約があり」
「マジか、残念。友達?」
「うん…まぁ、そんなところかな」
「歯切れ悪いわね。なになに?男?彼氏?」



彼氏。
その単語がぐっさりと突き刺さったような気分になった。



「ち、がうよ…!そういうのじゃない!」
「なぁんだ、男っ気ないなぁ」
「ほっといてリア充!」



同僚は深く追究してくることはなかったが、私の内心は大荒れ警報発令中である。

違う。彼氏じゃない。恋人ではない。
否定はしたけど、それはほぼ反射的なものだった。じわりと顔に熱がこもる。



「まぁ先約なら仕方ないわ。また今度誘うね」
「ん…ありがとう」



話の分かる同僚に感謝しつつ、行き場のない焦りと熱をぶつけるように必要以上に力を込めてスマホの画面に触れる。メールが返信された。その先約相手の男に。

向こうも昼休みのためかすぐに返信が来た。じゃあいつもの時間に駅前で、という今までにも何度か読んだことのある文章。つまりそれだけ私たちは待ち合わせを繰り返しているということ。
でも、恋人ではない。

そうなれたら、と思ったことがあるのは初めてではなかった。いつからだっただろう。
光忠と知り合ってもうしばらく経ったものの、特別なことは何もない。それは清々しいほどに。
時々連絡を取り合って、時々一緒に食事をしてお互いの近況を話して、紳士な彼は家まで送ってくれて、じゃあまた今度とお別れをして。そのサイクルの繰り返しだ。
今日だって例外ではない。いつも声をかけてくれるのは光忠からだけど、食事以外のことをしたことはなかった。もちろん、ある程度仲良くなっているからそれなりに個人的な話もしたりする。現在は、付き合っている人はいないと以前言っていた。

…私だけかなぁ、舞い上がってるのは。



「#刀剣#ー」
「なにー?」
「相手が男なら、早めに捕まえておかないとだめよー」
「…ご忠告どうもありがとう」



同僚の言うことがもっともだと思えた。それはそうだ。何せ光忠という男は、理想的な高身長な上に顔はとても整っている。見た目もさることながら、気配り上手でそつがない。
そんな男に惹かれるな、というほうが無理な話。私でなくても、落ちる女は世に多数いることだろう。
だからわからなかった。光忠のような男だったら、女性には困ったりしないはず。

光忠は、私をどう思っているのか。どうしてこう何度も誘ってくれるのか。会う度にその都度、とても嬉しそうにしてくれるのはどうしてなのか。
単なる、気の合う友人と思われている可能性もゼロではない。それはなんとなく嫌だけど、光忠の考えがわからない以上、今の私はどうするべきか。



終わりに近づく昼休み。いい年して、私は非常に甘酸っぱい感情を彼に抱いてた。





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