刀剣たちは皆最初から決められた姿だった。 刀種による容姿の傾向はあれど、主人程幼い姿の者はいなかった。皆、人の成長というものをどう思っていたかは知らない。月日が経つにつれて変化していく主人の姿をどう思っていたかも知らない。 だが少なくとも、長谷部にとっては喜ばしいものだと感じられた。同時に少し寂しくも感じられた。 「主、どちらへ?」 「あ、長谷部。ちょっと花壇の手入れに行こうと思って」 「俺も手伝いましょう」 「でも内番終わったばっかりでしょ?休んでていいよ?」 「いえ、差支えなければぜひ」 「そう。ありがとう長谷部」 食い下がった長谷部に、主人は少し苦笑しながらも了承してくれた。花壇の手入れならば然程人手も多くいらないが、主が何かをするというのであれば手を貸したいと思うのが長谷部だった。 庭へ出て花壇のある場所へと向かう途中、風が吹いた。いい天気で、今日は絶好の作業日和だねと主人は笑った。 「今度新しい花を植えようと思うの」 「いいですね。どの種類をお考えですか?」 「名前がわからないの…、紫色で、少し紫陽花に似てるような感じ。私が小さいときに植えられてたかなって思うんだけど…。長谷部、わかる?」 「ヘリオトロープのことかもしれませんね」 「ヘリオトロープっていうんだ、あれ」 「あとで写真をお持ちするので、主の思うものかご確認ください」 「わかった、ありがとう」 通り過ぎる風を受けながら、耳をすませて主人の声を聞く。 こうして主人と花壇へ向かうのも、庭を歩くのも、文字通り数えきれないほど同じことを行ってきた。それでも飽きるなんてことはない。むしろ変化が楽しいのだ。 小さかった主人は、長谷部に手を引かれて歩いていた。 手を引かれることはいつの間にかなくなったが、徐々に伸びた身長は今や脇差の者と同じくらいになった。それでも長谷部より小さいことに変わりはないが、こうして立った状態でも主人の表情が近くに見えることが嬉しかった。 昔は庭を歩くとき、よく歌を歌っていましたね。それがなんの歌だったかまでは覚えていないが、幼い頃の主人の歌声はよく覚えていた。 「ああー…、ついにこれ枯れちゃった…」 「水をやり過ぎたのかもしれませんね」 「そうかもしれない…」 「ではここに新しいものを植えましょう」 「うん、そうだね。引き継がないと」 花壇にたどり着き、枯れたものがあることに主人は悲しそうに眉を下げたが、次の花へつなぐということを考えてか、しゃがみ込んで枯れた花を引っこ抜いた。しつこく生えてくる雑草を抜いて、土の状態を整える。 本当はこんな作業、自分たちにやらせておいてもいいものだが、主人は自分でやりたがった。百歩譲って花の世話はまだよかったが、畑当番や馬の世話まで積極的にやりたがるのだから刀剣たちは参っていた。今でこそある程度落ち着いた少女へと育ったが、主人はとてもお転婆だ。 「…あ、長谷部」 「はい」 こちらを見た主人が何も言わずこちらに近づいてくる。不思議に思う長谷部をよそに目の前にしゃがみ込むと、軍手を外した主人の手が頬に添えられた。 突然の接触に、思わず仰け反りそうになったがなんとか耐えた。 「主…っ?」 「あ、動かないでよ長谷部。ほら、主命だから」 「し、主命とあらば…」 いつもいつも、主人は主命の使いどころがおかしい。 しかしながら主命とあらば従わないわけにはいかない。努めて大人しくしようと思ったが、突然のこの距離で動揺するなというのはなかなか難しいものだ。 ポケットからハンドタオルを出した主人の手がこちらに伸び、軽く頬をこすられる。 「はい、とれたよ」 「…あ、りがとう、ございます」 どうやら顔に土が付いていて、主人はそれを拭いてくれたらしい。 頬から手が離れていく。動揺の元が無くなったのはありがたいが、名残惜しいなどと思った自分の邪念には強固な蓋をしておく。 そのまま隣り合った状態で、草むしりやら水やりを終えた。 「よし、終わった!」 「お疲れ様です、主」 長くしゃがんだ状態から、主人は立ち上がり体をほぐすように伸びをした。 「長谷部もありがとう。じゃあ部屋に戻って、ヘリオトロープ、だっけ?それの手配しよう」 「写真を確認されなくてよいのですか?」 「うん、もう手配しちゃおう」 「しかし…」 せっかく植えるのだから、きちんと主人の望むものを用意したい。長谷部が提示したヘリオトロープはあくまでも可能性のひとつであって、本当に主人の言っている花であるかは確定していない。 「いいの。早く新しいのを植えたいから」 「それならなおのこと確認されたほうが…。俺が言っただけであって、主がお望みのものかどうかは…」 「長谷部が教えてくれたから、それにしたいの」 その返しに、長谷部は呆気にとられた。それは、どういう意味だろう…。 「もし私が言ったのがヘリオトロープだったら、長谷部の大正解。もし違っても、せっかく長谷部がヘリオトロープって花を教えてくれたんだから、私はそれがいい」 だから確認はしなくていいよ。 そう言って笑う主人があまりにも綺麗に思えたから、何も言えなくなった。 「…わかりました。主の思うままに。手配は俺がしておきますので」 「そう?私が自分でやるよ?」 「せっかくですから、花が届くまで主にはお楽しみということにしましょう」 「どういうこと?」 「俺がきちんと主の希望を叶えるに至ったか、そのときに答え合わせをするというのはどうです?」 長谷部が教えた花だから、例え自分の思っていた花ではなくてもそれがいい。 主人はたった今そう言ってくれたが、それでも長谷部としては主人の望み通りにしたい。もし主人の言う名前のわからぬ花と、長谷部の言ったヘリオトロープが合致していたならば―――。 それはきっと自分にとっての誇りになると、長谷部は思った。 お楽しみという響きに惹かれたのか、主人は頷く。 「わかった、そうしよう。私と長谷部がどこまで以心伝心かっていうことでしょう?」 「そうなりますね」 「うん、ちょっと面白そう」 楽しみだね。 はい。 当たってるといいなぁ。 すぐに花が届くでしょうから、答え合わせはすぐですよ。 そうだね! 庭から家屋へ戻る途中、また風が吹いて花の香りがした。 ***** 「…せべ、はせべってば!」 体を揺すられて、はっと目を開けた。ぼやける視界はすぐに鮮明になる。 「あるじ…?」 「はせべ、だいじょうぶ?ぐあいわるい…?」 小さな手がぺたぺたと長谷部の頬に触れる。明らかに小さすぎるその手。 目の前にいるのは自分の主人であるが、どう見てもほんの幼子だった。 ん…?主は、少女で…。違う…、まだ、幼子…? 上手く回らない頭をゆるゆると振りつつ、横になっていたらしい体を起こす。 夢か…?今なんの夢を、見ていただろうか。 覚醒と同時に、今まで見ていたと思われる夢の内容はあっという間に薄れていく。 「はせべ、おきた?」 「はい、起きました。申し訳ありません、主に起こされるなどみっともないことを…」 「ぐあいわるくない?」 「寝ていただけですから、大丈夫ですよ」 「よかった…」 主人は安心したように息を吐く。自分はいつの間にうたた寝していたのか。 「はせべがおきてあんしんしたから、わたしいくね」 「どちらへ?」 「おはなにみずやるの」 「長谷部もお手伝いしましょう」 「ほんと!ありがとう」 そう言われて付いていかない理由はない。 庭へ出て、小さい手を引きながら花壇へと向かう。 「ねぇはせべ、このおはな、なんていうの?」 小さな如雨露で水をかけながら、主人は一つの花を指さす。花はいつも歌仙が選んで手配していたから、長谷部は花の種類に詳しくなかった。 しかし、今主人の示した花の名前は、どうしてか不思議なほどすんなり口からこぼれ出た。 「それはヘリオトロープといいます、主」 小さな紫色の花が集まった植物の名前。―――俺は、どうして知っている? ――― (夢をみた/遊佐未森) フォロワーさんから教えていただいた曲で。 |