(幼女と鶴丸) 鶴丸国永という刀剣は、常日頃から行動的だった。 退屈を嫌い、何か驚きはないかと日々それを探しては自分も誰かに驚きをもたらす。その対象は同じ本丸に属する刀剣男士たちのみならず、自分たちの主人にも向けられていた。 自分たちの主人はまだ幼子で、いろいろなことに興味関心を持っている。 鶴丸にとってそれらは非常に好都合だった。主人は鶴丸が提供した驚きにいつも素直に驚いてくれるし、すごいすごいとはしゃいでくれるし、時には一緒にそれをやりたいと言い出したりする。 一緒に驚きの提供をして、歌仙に長谷部、燭台切やらから何かしらの小言を言われたりもするが、主人も鶴丸もあまり気にしない。だが以前、夜中に主人を驚かした時には、驚くと同時に大泣きされ他刀剣たちから大目玉を喰らったので夜に行うのはやめるようにした。 驚いては欲しいが、泣いて欲しいわけではない。 縁側で眺める庭は、春という季節柄のおかげでいろいろなところに花が咲き誇っていた。 歌仙が選んだ花々が花壇には植えられているものの、それとは違い野草という類のものもあちこちからぐんぐんと葉やつぼみを出している。 無情にも誰かが踏みつけてしまったと思われるのもあったが、その野草もしっかりと花を咲かせていた。 「踏まれてもなお、花咲くか。こいつは驚きだ」 鶴丸の求める驚きは、自分が驚かすばかりではない。自分が驚くこともまた、喜んで彼は求めている。 すると突然、視界が暗くなった。背中にぽすんとぶつかる何か。 花に集中していたせいか背後からの気配に気づけなかった自分を詰ったが、害を成すものではないから冷静でいられた。 目が何かに覆われたのだというのはわかったが、同時に誰がそれをしたのかというのもすぐにわかった。 「おっと、こりゃ驚きだねぇ。何も見えなくなったぜ」 「だれでしょーか?」 当然ながら聞き覚えのある声だった。この声は短刀の…。 だが違うとわかっていた。こんなに手が小さい者は本丸には一人しかいないし、普段から刀を振るっているのがこの手からは感じられない。 「声は乱藤四郎だな?だがこの手は、」 「うわっ!」 後ろに手を回して、背中に張り付いていた本人を捕まえる。 それに驚いたせいか鶴丸の目を覆っていた手が外れた。 「やはりきみか、主」 「あー、ばれちゃった…」 「ばれちゃったね主さん」 振り向けば思っていた通り幼い主人が背中にくっついていた。その後ろには、これまた思っていた通り乱藤四郎がいる。 「つるまる、どうしてわかったの?」 「きみの手くらいわかるさ」 「だまされてみだれ、っていうとおもったのに…」 「おいおい、主人の手もわからないほど俺は馬鹿じゃないぜ?」 乱に手伝ってもらうことで、本人としてはうまく引っ掛けるつもりだったのかもしれないが鶴丸もそこまで単純ではない。 「鶴丸さん、そこはあえてボクの名前言ってくれればよかったのに。ねー、主さん?」 「ねー?うまくいくとおもったのになぁ」 「驚きを求めてはいるが、わざと引っかかりに行くのは好まないんでな」 少しだけ膨れた主人だったが、そのまま鶴丸の首に手を回してきた。 「ん?おんぶでもするかい?」 「んーん、いい。みだれ、てつだってくれてありがとう」 「うん、また何かあったら言ってね」 乱が去って行くと、主人は鶴丸の頬をぺちぺちと触る。退屈しているのだろうか。 「つるまる、きょうはおどろきをやらないの?」 「それを今考えていた。何かしたいことはあるかい?」 「うーん…」 そう言われるとすぐには思いつかないもので、鶴丸の肩に顎を乗せたまま主人は黙った。 立っているのに飽きたのか、背中から離れたと思うとそのまま鶴丸の隣に腰を下ろす。 「退屈かい?」 「じっとしてるのは、つまんないなぁっておもった。はせべとかみつただとか、みんないそがしいから」 「ああ、確かにそうだな」 彼らが忙しいのは、諸々の仕事を請け負っているからだ。 出陣、遠征の記録に戦績の提出、資源の調整に、歴史修正主義者についての動きや報告…。最近では検非違使という第三勢力も見え始めている。 本来それらはすべて審神者であるこの主人が行うべきものであるが、幼子には到底理解できようもないことだ。さすがに時の政府の者もそこまで鬼ではないらしく、然るべき年齢に到達するまでは、彼女はあくまで自由な子供なのだ。 数多くの刀剣男士たちがここにはいるが、全員が常に暇なわけではない。 内番に回されている者、出陣している部隊の者、遠征に行っている者とそれぞれが与えられた仕事をしている。例え暇であったとしても、主人の暇つぶしに積極的でない者も中にはいるのだ。 主人の年齢では退屈を嫌っていても無理はない。 「きみは退屈が嫌いか?」 「のんびりするのはすき。でもだれもいないときはつまんないからきらい」 「今はどうだ?」 「つるまるといるから、たいくつじゃないよ」 「ははっ、そりゃいいことだ」 主人を楽しませるために、何か驚きを考えようか。 先ほどまで自分は自然の草花に驚きを感じていたが、主人はそれに驚くだろうか。もう少し別のことをしたほうが驚くだろうか。 先におやつをくすねてきたら喜んでくれるだろうか。だがそうすると、おやつの管理をしている歌仙や燭台切が怒りそうだ。怒られたら主人は元気を失くす。やめておこう。 何かしたいことはあるか、と再び主人の意見を仰ごうと思った。 「なぁ、」 「あ!」 だが突如、弾かれたように主人は立ち上がりぱたぱたと廊下を走って行った。角を曲がりその姿は完全に見えなくなってしまう。 突然だったので鶴丸は呆気にとられ、追いかけることもできなかった。 何か大事なことでも思い出したのだろうか。主人がいつも楽しみにしている甘味の時間はまだだったはずだが。とりあえず、一緒に来てと言われなかったのならば、少なくとも主人は助けを求めてはいない。 しかしながら主人がひとりで何かをするのは、放っておくとどうなるかわからない。そのとき主人の相手をしていた者として、自分の監督不行き届きを言われても困る。追いかけようかと腰を上げようとした。 「あ、つるまる、どこいくの!うごいちゃだめ!」 どうやら外に出たらしい主人が、庭を突っ切ってこちらに向かってきていた。 先ほど廊下を曲がってからそれほど時間が経っていないのに、もう外にいたことに鶴丸は驚いた。 おいおい、人間の子どもはこんなにすばしこいのか? しかしながら主人が再び目の届く範囲に来たことで鶴丸には立ち上がる理由がなくなった。動いてはいけないという命令も下ったので、上げかけていた腰を再び下ろす。 「どうした?」 自分の正面に立った主人は少し俯いていたが、不意に顔を上げたと思うと大きく両腕を振り上げた。 鶴丸は反射的に目を閉じかけたが、物理的な制裁が起こったわけではなかった。 薄らと開いた視界の中には、何かが落ちていく。目を開けばその正体がよくわかった。 ひらひらと落ちる小さな色たちは鶴丸の白い着物に良く映える。庭に咲いている植物の花びらだった。 ぽかんとしながら目の前の主人と目が合う。主人の掌には舞いきれなかった花びらが張りついていた。鶴丸の掌に花びらが一つ落ちる。 幼子は嬉しそうに鶴丸の手を握る。その表情はよく知っている。きっと自分も驚きが成功したときはこんな顔をする。 「つるまる、どう?おどろいた?」 そんなことを尋ねてきた主人に、くつくつと喉が鳴った。 どこでそんな台詞を覚えたのか、などと訊くのも馬鹿らしい。 「うわっ!」 花びらがいくつか付いた主人の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 まったく以て、自分の主人は退屈しない。 「ああ、最高に驚いたぜ!」 縁側に広がった花びらの掃除?そんなこと考えるのは野暮ってもんだろう。長谷部に頼んでおけばいいか。 |