(幼女と物吉)



ぱんぱんっ

ふと廊下を通りがかると、主人が急に手を二回叩いたのが見えた。そのまま主人は嬉しそうにして再び歩き出す。
何かあったのだろうかと思ったが、物吉はそれほど気にしなかった。



「今日のおやつはカステラだよ。零さないようにね、主」
「うん、ありがとうみつただ」
「はい、物吉くん」
「ありがとうございます!」



カステラの乗ったお皿を持ってテーブルに着く。



「いただきまーす。はい、ものよしもやって」
「はい。いただきます」
「…あ、おおくりから!ちゃんといただきますしないとだめっていったでしょ!」
「…ちっ」



物吉は素直に手を合わせて目の前の食べ物に感謝したが、向かいに座る大倶利伽羅はそれをせずに食べようとしていたらしい。それを主人に見つかったようだ。
ひとしきりやるやらないの問答を続けていたが、観念した大倶利伽羅はきちんと手を合わせていた。幼子とはいえやはり主人のほうが強いらしい。
主様は強いんだなぁ、とここに来てまだ日が浅い物吉は笑った。

カステラを食べ終えてから、ごちそうさまでした、と再び手を合わせる。



「ものよし、かすてらどう?おいしかった?」
「はい、とても!」
「よかった、かせんとみつただよろこんでくれるよ!」



嬉しそうに笑った主人は、先ほど廊下で見かけたときのように手を二回叩き合わせた。
まただ。なにか意味があるのだろうか?
疑問に思ったがなんとなく訊けずじまいだった。



*****



「ねぇ、ものよし」
「はい。何ですか?」
「よくものよしがいってる“こううん”ってなに?」



不意に訊かれたことに物吉はつい言葉に詰まった。
そうか、幼い主人は幸運がどういうものかわからないのだ。意味としてはわかっているのかもしれないが、幸運という言葉は聞きなれなかったのかもしれない。



「幸運というのは、幸せを持ってくる運のことですよ」
「うんがいい、っていうこと?」
「そうですね。その中でも、幸せにする運のことを言います」
「へぇ〜」



新しいことを知れたことが嬉しいのか主人は納得したように頷いた。



「じゃあわたし、もっとうんがよくなるんだね」
「主様は今までも運がよかったんですか?」
「うん。ここにいるといいことがいっぱいあるの」
「例えばどんなことですか?」



特に何の気なしに尋ねてみた。



「みんないてくれるから」



主人は少しも考える様子もなく口を開いた。即答だった。



「おいしいごはんとかおやつつくってくれるし、あそんでくれるし、みんなといるとたのしいから。ね、いいこといっぱいでしょ?」
「…じゃあ、僕がいたら、もっと主様を幸せにできますね!」
「やったぁ!」



主人は今までも幸運だったらしい。
この本丸には、主人に幸運を運ぶのは自分だけではないらしい。物吉が守ろうとする信頼置ける仲間たちが、すでに主人を幸せにしているらしい。だがそれで自分の役目が薄れるとは思わなかった。これからの自分の役目は、主人に今まで以上に幸運を運ぶこと。それが一番だ。

すると、目の前の主人が手を二回叩いた。まただ。さすがに気になる。



「主様、それは何か意味があるんですか?」
「ん?これ?」



尋ねてみると、主人は急にひらめいたように顔を輝かせた。



「これ、ものよしにぴったりだからおしえてあげる!」



*****



ぱんぱんっ

ふと廊下を通りがかると、物吉が急に手を二回叩いたのが見えた。そのまま彼は嬉しそうにして再び歩き出す。
何かあったのだろうかと思ったが、長谷部はそれほど気にしなかった。



「あ、はせべー、おしごとおわった?」



角を曲がると、自分を見つけた主人がぱたぱたと駆け寄ってきてくれる。
自分を見てそうしてくれるのはとても嬉しい気持ちになる。



「はい。今日のところは終わりましたよ」
「ほんと?あそんでくれる?」
「はい、もちろんです。何をしましょうか?」
「えーっとね…うーん」



考えながら並んで廊下を歩きだすと、主人は嬉しそうに笑う。

ぱんぱんっ

すると主人は突然手を二回叩いた。その動作には見覚えがある。先ほど物吉も同じことをしていた。この短時間で同じ光景を二回も見れば気になるというもので。



「主、今手を叩いたのはなぜですか?」
「はせべ、しらない?」
「はい。長谷部は知りませんでした。物吉も同じことをしていましたが」
「うん、さっきものよしにおしえてあげた。これ、うたなの」
「歌、ですか?」



手拍子とも違う。何か手を叩く歌があっただろうか。
長谷部が首をかしげたが、主人は長谷部の手を握ってゆらりと揺らす。



「はせべにもおしえてあげる」



笑った主人は、また長谷部の目の前で手を叩いた。



(しあわせなら てをたたこう)





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