浮上したばかりの意識は、まだ随分とぼんやりしていた。
目を開ける気すら起きない。今は何時なのだろうと時計を確認したくもなったが、たぶんまだそんなに焦る時間ではないだろうと思ってそのまま目を閉じ続けた。
布団の中はいつも心地よくていい具合にぬくいのに、今はひどく暑苦しく思える。背中に接触している熱がその原因だろうというのはわかりきっていた。それが嬉しいような気分になる反面、暑いから早く離れてほしいとも少し思った。

まどろみの中にあっても少しずつ意識ははっきりしていく。先に起きたほうがいいのだろうか。いつもは私のほうがあとだが。それが知らず知らずのうちに条件化していくような気がしていた。
もぞり、と不意に背中にある熱が動いた。動き出すその音や息で、布団から腕を出して時計を確認したのだということや、大きく伸びをしたのだということもわかった。腹に巻き付いていた腕が解かれて、私の体は自由になった。そしておそらく体を起こしたのだろうそれは本格的に布団から出ていく。服を着ているのだろう音を聞きながら、私は薄らと目を開けた。障子の向こうはまだ明るくなく、薄暗さがはっきりとわかる。ああ、この暗さならきっといつも通りの時間なのだろうなと思った。時計を確認するまでもない。また目を閉じる。

布団が少しめくれているのか、入り込んでくる夜明け前のまだ冷たい空気が背中や腰をひやりと撫でる。一瞬だけ、聞こえていた音が途切れた。そしてめくれていた布団が直されたのか、冷たい空気が入ってこなくなる。
畳をこする音と共に静かに障子の開く音。またこそりと目を開ける。

寝間着とも言えない、ただ風呂に行くためだけに着ているのだろう着流しに自分の服を雑に畳んで小脇に抱えた、その後ろ姿はまだ暗い外の世界へと出ていく。覚醒しきっていないのか、あくびをする音と共にふらふらと障子の間を抜けていく。緩い癖のある髪が揺れて、静かに障子は閉められた。
その様子を見てから私は寝返りを打った。一人がいなくなった布団は本来の広さを取り戻し、狭くて暑い寝苦しい場所ではなくなった。

私が起きるのはあと一時間後。そうしたら私も本格的に起きて、他の皆が起き出す前に入浴を済ませなくてはいけない。別に誰がそう決めたわけでも、彼と私が話して決定したことでもない。ただなんとなくでそういうサイクルが出来上がっていただけ。
汗でべたつき、どろりとした感覚の残る体を綺麗にしてから朝を迎えなくては。
素肌に直接触れている布団も、カバーを外して洗濯しなくてはいけない。互いの汗を吸い込み、体液やら何やらの付着した布団は今でこそさっさと抜け出したく思える。
同時に、昨夜の感覚全てが明確に思い出されてきた。
大きな手に触れられる心地よさと、自分の内が疼く女特有の感覚と、それが高められていく快感と、それがはじけて頭が真っ白になり、そのまま彼が触れる限り溺れ続ける夜の快楽と。

しばらく昨夜のことを思い出していた。
だからといってそれは、ああ昨日は素敵な夜だったとときめきを馳せるような余韻ではなかった。ただよくわからない感情を、体の中心でぐるぐると渦巻かせるだけのものだった。



「はぁ、…だるい」



体はただただ怠かった。心地よさは確かにあって、彼もそれは同じはずなのに、それを終えた後に迎える朝はいつも言葉を交わさなかった。私よりも早く彼は目覚めて部屋を出ていく。後になって目覚めた私に残るのは、静寂と虚無感と、それを受け止める体の怠さだけだ。

相変わらずわからない。わからなくていいのかもしれないけれど。知ってもきっと得はしないだろうと思う。だからこれでいいんだと、いつもその結論に落ちていく。



(指だけ、そっと)



触れたところで、いつも私たちには何も残らない。そうでしょう、御手杵。





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