刀剣男士は持ち主である審神者の霊力を原動力としている。決してロボットなどではないが、原理としてはそういうこと。一人の刀剣男士に対して必要な霊力の供給量は多くない。だからこそ何十とある男士たちを置いていられる。供給も互いの無意識下で行われるから、私が霊力供給において疲労を感じたこともない。 だが刀剣男士としての彼らを形成している体は、完全に人と同じではない。具体的にどう違うのかは私も詳細を知らないのだが、見た目や体内の内臓がどうとかよりもさらに内側。端的にいえば神気。彼らの内部における気の流れというスピリチュアルな部分だ。 その神気には時折乱れが発生するらしい。よくない気に触れたとか、感情があまりに高ぶりすぎているとかの理由で。しかしながら彼らの体もうまいことできているようで、自動的にその乱れを抑え正常に戻すことができるという。彼らもそれに関しては無意識であるらしい。無意識と言うより、彼らの体の仕組みなのだ。私という人間が、例えば暑くて体温が上がったから汗をかいて体温調節するというようなことと同じだ。それは無意識とは違う。 しかし稀に、調節機能がうまく働かないものもいるという。その場合、本人の意思で対処できるものではないので、審神者の霊力を通常より多く供給することで神気の乱れを中和することになる。 普段は無意識下で行われている霊力のやりとりを意識的にするには、お互いに触れ合うのが一番手っ取り早い。手を握ったり、肩に触れたり、頭でも背中でも腕でも、とにかく触れておけばどこであろうと問題はない。それは触れさえすればとても簡単に供給ができるという意味でもあったが、逆にいえば、触れ合わなくては神気の乱れを中和するほどの供給はできないということだ。 後になってわかったことだったが、我が本丸にいる御手杵はどうやらその「調節機能がうまく働かないもの」であるらしかった。 どうしてそれまでその事実が判明しなかったのかというと、いくら調節機能がうまく働かないとは言っても、神気が異常値ではなければ問題ない。普段の生活や戦闘においては、御手杵の調節機能が処理しきれなくなるほどの乱れは今まで起こらなかったのだ。 処理の限界を超えなければ何も支障はないし、大きく中和が必要なレベルで神気の乱れが発生することはない。だからその時まで気づかなかった。私も、御手杵本人も。 そして、刀剣男士は誉を獲得した場合、一時的に戦意高揚状態となり通常時よりも戦闘能力が上昇することがわかっている。時間が経てば元に戻るが、連続で誉を獲得したりした場合はそうならない。戦意高揚状態が上乗せされていくわけなので、通常時に戻るのにより時間がかかる。 思えば、あの日の御手杵は誉を取った回数が部隊で最多だった。そしてさらに、部隊長においては無条件で戦意高揚状態となる。あの日の部隊長は御手杵だった。 だからだ。 だからあの日、御手杵はあんなことをするに至ってしまったのだ。 過度の戦意高揚により、彼の調節機能が限界を超えた。中和が必要なレベルで神気が乱れた。 あの日、―――あんな風に私を抱いたのには、確かな理由があったのだ。 『はぁ……っ、主……!』 『お、てぎ、ね……っ』 私も御手杵も、あの日あの時まで御手杵が調節機能がうまく働かないものだと知らなかった。 おそらく御手杵は本能的に、霊力による中和を求めていた。触れればいいとは言ってもその時の御手杵はとにかく大量に霊力を欲していたから、ああなったのだろう。深く触れ合って、神気が正常になるだけの霊力を求めていた。それは確かに、少し手に触れればいいとかの程度で済むものではなかったのだろう。 女の裸など初めて見ただろうに、人間がするこういった行いなど御手杵は何も知らなかっただろうに。 人の体を得たが故の本能だったのか、私が知らないうちにそういう知識をつけていたのかは定かでないが、快感で麻痺しそうなほど与えられるたくさんの愛撫とその行為に、 ―――御手杵がとてもかわいそうだと思ってしまった。 霊力を求めるが故に、私が審神者だから、主だからという理由で、望んでもいない相手と望んでもいないまぐわいを本能的に行わなくてはいけなかった御手杵が、とてもかわいそうだと思った。だからこの行為にはそういう意味があるのだとして、もはや全てを受け入れた。 済んだあとに、御手杵は心底申し訳なそうに何度も謝ってくれたが、私は事の途中で、神気の乱れや調節機能のことやそれがうまく働かないものがいることなどいろいろと思い出し理解していた。 『主、お、れ…っ』 その時の御手杵は、もういつものような穏やかさを取り戻していた。 いろいろと小さな傷や赤みを宿した私の体に、脱ぎ捨てていた自分の服をかけてくれる御手杵は泣きそうな顔で、申し訳なさでつぶれてしまいそうな顔で。 だけども私は御手杵とは反対にゆるく笑う。 『大丈夫だよ、御手杵』 気にしないで。 御手杵は自分ではどうにもできなかったんだよね。仕方がないよ。大丈夫。もう平気?おかしなところはない? ―――霊力は、足りた? 御手杵は神気の調節機能がうまく働かないのだと、もう完全に理解していた。だから今後は、必要があればまた意識的に霊力を供給しなくてはいけないだろうと思ったから。 御手杵の頬に手を添え、目元から零れそうな小さな水の雫を親指で拭う。 大丈夫。これも私の役目だ。 『また必要だったら、言って?』 御手杵は驚いたように目を見開く。 そう言うことが、その時の私に課せられた言葉だった。 ***** 一度時計を確認し、そろそろ御手杵もお風呂を上がっただろうと思い布団から体を起こした。何もまとわない自分の体に、枕元に置いていた服を手早く着る。 静かに部屋を出て廊下を歩き浴場へと向かった。静かな廊下と薄暗い外。もう何度も見たことのある光景だ。 脱衣所から浴場へ続く扉を開けて、かかり湯をして湯船に体を沈めた。 ふと視線を下げてみると、体には赤い跡がいくつもあった。別に初めてではないので驚くことでもない。一応、服を着て隠れる箇所ばかりなのでどうにでもなるが、それは御手杵の配慮なのかそれともただ何となくなのかはわからない。 お風呂を上がり、他のみんなも起き出していけばいつものようにわいわいと楽しい本丸の一日が始まる。 その中にいる御手杵も私ももちろん楽しく過ごしているし、その楽しさと多くの皆に慕われるのが嬉しいという気持ちに嘘偽りはない。審神者を始めてからずっと。遠征に送り出し、演練に参加し、刀剣男士たちの無事を祈りながら出陣してもらう。 それを繰り返して何日か経つと、ふとした夜に御手杵は私の部屋へやってくる。 もう驚くこともない。離れの部屋へと静かにやってくる足音に、来たかと思うだけだ。 障子を開けてそこに立っている御手杵はどこかしらいつも通りではないように見えるのは気のせいなのか、そうではないのかすらも私はもうわからなくなってしまった。 「今日、いいか?」 「うん。どうぞ」 短いやり取りの後に、布団の上に乗ってくる御手杵に私はそれを受け入れる。とはいえ、この布団は私が眠るためにと準備したものであって、最初からこういったことに使う目的だったわけではない。今日をはじめとして御手杵がやってくる夜に、布団は使用される目的を変えるだけのことだ。 キスをして、服を脱いで体に触れて、御手杵が満足するまでその行為は続く。 何かが原因で、限界を超える神気の乱れがやってくるときがあるのだろう。御手杵も徐々に、自分の調節機能の限界がどこまでなのかを理解したのかもしれない。これ以上は無理だとなったときに私の所に来るのだろう。 その都度、こうして体を重ねなくてはいけないほどに霊力が必要なのかはわからない。その感覚は他でもない御手杵にしかわからないのだ。だが私に御手杵を拒否する理由はない。御手杵を受け入れて、触れ合って霊力を供給するという条件を満たすために体を重ね、それに伴って与えられる快感に不可抗力の声を上げる。 その時の御手杵は、最初の時のように自分では抑えきれない何かに突き動かされているようではない。神気が乱れているせいなのか少しだけ荒っぽいときもあるし、行為が行為なのでもちろん性的に興奮しているというのもあるだろう。 だけども目の奥はどこか冷静で、その真意が、御手杵が今何を考えているのかというのが私はわからなかった。 そうして夜を明かした後は私よりも早く御手杵は目覚め、私を起こすことなく、声をかけることもなく静かに部屋を出ていく。その後の日中や数日間は、私も御手杵も何事もなかったかのように過ごし会話をしている。 そういえば一度だけ、御手杵から問われたことがあった。 ―――あんたは、いいのか。俺と、こうして。 それに何と答えたかは言わずもがな。 ―――……もちろん。 それ以外に何と答えればよかったのだろう。 私は審神者だ。彼の主は私だ。彼の持ち主である以上、私には彼の問題を受け入れ対処する義務がある。間違っても「嫌だ」なんて答える選択肢はない。 それに実際、嫌ではないのだ。必要なことであるとはいえ、体を重ねるときの御手杵は自分の欲ばかりぶつけてくるわけではなく私に気遣いすら向ける。 ただ本当に自分勝手すぎるほどの振る舞いをしてくれたほうが、いっそよかったのかもしれない。そうではないから、私は御手杵を拒絶しようとは思わないし、霊力供給における行為も嫌だと思ったことはない。 仮に嫌だと思ったとしても、きっと拒否する権利は私にはない。 御手杵だって、好きで私とこんなことをしているわけではないだろう。仕方のないことなのだ。 処理の限界を超えた神気の乱れを御手杵は自分でどうすることもできないし、霊力をもらう相手は自分の持ち主でなくてはならない。その持ち主が私だから、御手杵は私としているに過ぎない。 そんな御手杵を、やはり気の毒だと思ってしまうから。 「は…っ、おてぎね……っ」 「あるじ……!」 (唇に指を這わせ) だから私はこうして目の前にいる御手杵を全身で受け入れるしか、彼を癒す術を知らない。 |