光忠の住むマンションは、何度来ても広くて綺麗だなと思う。

シンプルな部屋だけどそっけないわけでもなく、家具以外にも本やCDなどの物もあって、生活感のある部屋だ。テレビゲーム機やソフトもあったのは意外で、初めて来た時は驚いた。たまにだけどやるらしい。



「飲み物は何がいい?」
「光忠のおすすめがあったら、それがいいな」
「オーケー、任せて」



キッチンに立っている光忠に返答し、私はソファーでそれを待つ。
手持無沙汰なのもあり、テーブルの上にあったメンズのファッション雑誌を開いてみた。



「光忠も、ファッション雑誌とか買うんだね」
「ああ、うん。流行は別に気にしないけど、一応ね」



光忠は格好にとてもこだわる。身だしなみはいつもきちんとしているし、仕事のスーツはもちろん今日のようなオフの部屋着も例外ではない。部屋着は少しゆったりとしたものだけど、決してだらしなくないスタイル。

今言ったとおり流行などは特に気にしないのだろうけど、格好にこだわる者としてチェックしているのだろう。



「はいお待たせ」
「わぁすごい。ラテ?」
「ショコラテにしてみたよ」



テーブルに置かれた二つのマグカップからはいい香りが漂う。光忠も座れるよう、私は横にずれる。
一口飲んでみると、甘くておいしい。でも少し熱かったので一度カップを置いた。

再びファッション雑誌に目を移し、適当にページをめくる。どれもこれも光忠には似合いそうだと思った。



「むしろ光忠がモデルをできそう」
「そうかい?」
「でもやって欲しくない」
「うん?」
「女の子のファンが付くのは、ちょっと嫌だな」



ちょっとというか、だいぶ嫌だ。
当然私にも独占欲というのはあるわけで。

光忠が見た目も中身も伴った素敵な人だというのは、もう身に染みてわかっている。そんな人がモデルをやって女の子に囲まれようものなら、嫌な気分にしかならない。そしてきっと、光忠はファンを大事にしそうだから、もっと嫌な気分になる。
くだらないもしもを想像した時点で、嫌な気分になってしまった。雑誌を閉じて、甘いショコラテを口に運ぶ。



「あんまり勘違いして欲しくはないけど、僕は別に博愛主義者なわけじゃないよ?」
「…というのは?」
「誰にでも優しいんじゃないってことだよ。大事な人にしか、ちゃんと優しくできなかったりね」



す、と光忠の手が頬を緩く撫でた。
ああ、これは…、私はその“大事な人”という枠に入っていると解釈していいのだろうか。嬉しいけれど気恥ずかしくて、目線を下げた。



「…ねぇ光忠」
「なに?」
「光忠は、私のどこを好きになったの?」



なぜ今、そんなことを訊いてしまったのだろう。
でもずっと気になっていた。

光忠のような素敵な男性であれば、付き合う女性など選び放題。選り取り見取り。黙っていても女性のほうから寄ってくる。言い方は悪いが、彼はそれが充分にあっておかしくない人。
これだけの人がどうして私を好きになってくれたのか。どうしてなんて、本当はこんなこと訊かないほうが良いのだろうけど。
好かれているのは嬉しい。でも気になってしまう。時々不安になってしまう。私でいいのかと。

不安に駆られて目線を光忠に戻すと、彼はきょとんとした顔だった。
光忠…?と声をかければ、彼は微笑んで私の手を握る。



「難しい質問だね」
「ごめんなさい…」
「ああ、違うよ?答えるのが難しいわけじゃなくて、答えが多すぎて答えきれないから難しいんだ」



そんな返事に、今度は私が呆気にとられた。



「君が何かをすれば、それが僕の好きなところになる。たくさんありすぎて、たぶん数えきれないな。数えてみるのもいいけどね」



光忠は思い出すように目を閉じると、ゆっくりと開いた。
月並みでちょっと格好付かないけど、とその口は弧を描く。



「君だから好きになったんだ」



絶対に君がいい。君じゃなきゃ、だめなんだよ。

好きという感情の他に、強い想いと、何かの誇りと。他にもいろいろなものが詰まっているような気がした。それが具体的には何なのかを訊くのは恐らく野暮なのだろう。
馬鹿な質問をしたと思った。自分から距離を詰めて、光忠の首に腕を回す。



「…訊いてごめんね」
「謝ることじゃないさ。いつだって訊いてくれていいよ」
「ううん、もう訊かないと思う」



さっきの答えで充分だ。これほどに自分を好きになってくれる人がいる。私がいいのだと言ってくれる。それだけで充分。もう訊かない。訊く必要もない。そう言い切れるくらいだ。

私はもっと胸を張っていいのだと思えた。
こんな私が…、なんて思っていてはその私を好きになってくれた光忠に失礼だ。光忠が好きになってくれた私を、自分も好きにならなくては。



「私、頑張るね」
「何をだい?」
「光忠の隣に、もっと胸張って立てるように」
「今でも充分なくらいなのに、もっと素敵な君が見れるってことかな?」
「ああ…まぁ、そういうことかな」
「嬉しいな。ありがとう」



宣誓してこれからのやる気に繋げるつもりが、なぜか光忠からお礼を言われるというおかしなことになった。
もちろん、そう言ってくれることでやる気になったのは間違いではないけれど。ついでに、今でも充分なくらい、という言葉につい顔が熱くなった。甘やかすのがうまい人で困る。

背中に手が回ってきて、光忠の肩に顔をつける形になる。



「ああでも、嬉しいけど…うーん…」
「え…なに?」
「いや、君が素敵になってくれることはすごく嬉しいんだけど…」



もう片方の手が後頭部に回り、髪を撫でられる。



「他の男の視線が集まるんじゃないか、心配になるなぁ」
「…それは、別に心配には及ばないんじゃない?」
「僕にとっては大きな懸念事項だよ」
「一応言っておくと、私はいつも光忠にその心配をしてるからね?」



光忠は苦笑して、ごめんと謝ってきた。心配をさせていることに関しての謝罪だろう。
私は今後もその心配をするのだろうけど、光忠が離れていくのではないか、なんて不安はもう持たない。

そうならないために頑張らなくては。
光忠を捕まえておけるように。
私はこの人を離したくない。
この人が欲しいと、今までの何よりもそう思う。

決意を固める中、そっと頭を撫でてくれる手が心地よくて、いつの間にかまどろみ始めていた。



「眠くなった?」
「…少し」
「寝ていいよ。起こしてあげるから」
「じゃあ、一時間だけ…」
「わかった。…おやすみ」



光忠に体を預けたまま目を閉じると、ひどく安心した。

小さく笑った彼が何か言ったような気がしたが、落ちていく意識では聞き取ることができなかった。



(君が頑張ると、もっと君を好きになるよ。僕はこの先、いったいどのくらい君を好きになるのかな)




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