「綺麗とか、言うな」



刀としての切れ味も、刃の輝きも、自分は自分だと言う懸命な姿勢も。
全てが綺麗だと思った。
しかし、そう言った後に返ってきたのは否定の言葉だった。



最初の五振の刀から一振を選べと言われ、不思議と引かれたのは山姥切国広だった。理由はわからないが、導かれるようにそれを選んだ。

付喪神として顕現する姿がどのようなものかはわからなかったが、いざ顕現してみたところ、現れた彼はぼろぼろの白い布を頭からかぶっていた。
その布は、彼の元となった霊剣・山姥切に対して、写しである彼のコンプレックスの表れであるらしかった。本科との比較を嫌がるのもそのためか。
しかしながら、私としてはそんなことはどうでもよかった。
私は彼が…というか、申し訳ないことに彼に元となった刀がいることを知らなかった。審神者自身が刀の名前や刀派などに深く精通している必要がなかったから。
だから私は本科云々を言ったつもりはこれっぽっちもなかったのだが、今まで散々本科とのいろいろを向けられてきた彼にとって、私の発言は不用意極まりないものであったらしい。



『あなたはとても綺麗な刀だね』



そう言ったことはなんの嘘偽りもない本心だったが、否定されて以来、私と彼の間には『綺麗』というのは暗黙でNGワードとなった。





出陣から第一部隊が戻ってきた。
今回の敵は今までよりも強く、勝ちはしたが皆傷を負った。隊長であった彼も例外ではなく。
他の刀剣たちよりも傷が浅かった彼は、他の奴らの治療をしてやれ、と私を手入れ部屋に押しやった。そっけないようでいて、実は彼は優しい。



「山姥切国広、最後、あなたの番だよ」
「直す必要なんてないというのに」
「だめ。早く入らないと廊下で服を剥ぐよ」



隊員たちの治療を終えて、彼を手入れ部屋へと引き込む。
座らせた彼はなかなか布を外そうとしない。いつものことだが、外せ、嫌だと軽い押し問答がある。



「布外してくれないと、手入れができない」
「なら、手入れなんて必要ない」
「まだ言うか…」



仕方がないので服をまくった腕から手入れを始める。本体である刀剣は腰から外させ、霊力による修復と補強を施す。



「きちんと手入れをしないと、次の出陣で思うように動けなくなるよ」
「…それは困る」
「じゃあ布を取って」
「……」
「取れよ」
「あんたは一気に口が悪くなるな」



強情だ。いつも思うけど、強情だ。
汚れていれば、傷ついていれば、治療したとしても傷跡が残っていれば、本科との明確な違いとなる。そんな意図があるのだろうか。だから彼は馬当番や畑当番も嫌がったりはしないのだろうか。自分がみすぼらしくなるいい機会だとでも思っているのだろうか。

写しであったとしても、彼は単なるコピーではない。
写しとはそれ単体で本科とは別の刀としての価値があり、まがい物にもかかわらず真作を謳う贋作とは違うのだと、蜂須賀から教えられたことがある。
彼は山姥切国広という、山姥切とは全く別の作品なのだ。にも関わらず、自分は写しだからと汚れたり傷つくことを厭わない彼の姿は痛々しくて、胸が苦しい。

腕に包帯を巻き終える。
刀剣本体の修復が終われば自ずと彼らの体の傷も治るが、できれば体の傷もちゃんと治療をしておきたい。でも彼は布を取らない。服も脱がない。追い剥ぎでもしてやろうか。



「もっと、体は大事にしてよ。今は人の体なんだから、当然だけど痛いでしょう?」
「所詮、俺は写しだ。あんたの興味も、いつまで続くか」
「…っ」



喉がぐっと締め付けられるような感覚。
また、そういうことを言う。

例え太刀や大太刀が増えようが、私は彼を第一部隊の隊長から外したことは一度もない。
何か褒め言葉を言えば、本科と比較やらをしたうえでの言葉だと受け取られてしまう。だからこそ、彼が大事だということをなんとか示してきたつもりだが、それすらもなかなか理解してもらえない。

うんそうだね、興味は長続きしないかもね、なんてそんなこと嘘でも言えるわけがない。口が裂けたって言う気はない。彼自身が言われることを望んだとしても、絶対に言うか。
でも、心からの称賛を言うこともできない。言っても信じてもらえない。
あなたはとても強いと、素晴らしい刀だと、綺麗な刀だと、あなたを選んでよかったと、本当に思っていることを言いたいのに。
本当は彼だって、自分を認めてもらいたいという気持ちは何よりも強いのだろうに。なんて、歯がゆい。



「国広」
「…!」
「山姥切、国広」



俯いたまま名前を呼ぶ私を、彼はどういう目で見ているのだろう。
彼が大事なのに、どうしたらそれをわかってもらえるだろう。

包帯を巻いたばかりの腕を強めに引っ張ると、まさかそうされるとは思っていなかったであろう彼の体はあっさりとこちらに倒れこんだ。彼の頭を肩に押し付けて、背中に腕をしっかり回して。
びくりと跳ねた体と、引き離そうとする手が私の腕を掴む。



「おい…っ!離せっ」
「嫌です」
「血で汚れるぞ」
「上等」



掴まれた腕も、力はそれほど強くはない。



「あなたが大事だよ、山姥切国広」
「何を、」
「私は本科を見たことがないし、あなたしか知らないの」



見たこともない本科の代わりとして彼がいるのではない。私が選んだ彼は彼でしかないのだ。

必要ない、興味がないなんて、思ってもいない嘘は言えない。彼が嫌がるから、誰よりも綺麗だと、本当のことも言えない。



「あなたが好きです、国広。とても大事です。第一部隊から外す気は全くありません。エースとしてこれからも頑張ってほしいです。近侍として傍にいて欲しいです。これに返事はしなくてもいいけど、ただ知っておいてください。国広が大事です。未熟な私に力を貸してくれる、山姥切国広がとても大好きです」



布に覆われた背中を撫でながら一気に言い切ると、彼がピタリと全く動かなくなった。
ややあって、私の腕を掴んでいた手の力が少しだけ強くなる。



「国広…?」
「俺に構うな…」
「わかった。このままでいるね」



覗き込もうとした顔は、彼が布を引っ張って隠したせいで見えなかった。

構うなとは言ったが、離れろとは言われていない。
なら余計なちょっかいをかけなければ、このままでいてもいいということだろう。勝手に解釈して、肩に付いたままの頭を緩く撫でる。
表情は見えないままだったけど、彼の顔と接触している肩口がじんわり熱いのは気のせいではないと思うのだ。



(嘘は言えないほんとも言えぬ お前が好きとしか言えぬ)

それしか言うことが許されないのならば、それだけを私は何度でも言おう。




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