※エセ土佐弁ご注意



執務室にはペラペラと紙を扱う音と、ペンで何かを書く音と、凝った体を伸ばす音と、近侍が時々漏らす声が不規則に響いていた。



「ふぅむ、なかなか面白いもんじゃのぉ」
「それはよかったです」



後ろで聞こえる感心の声は、今日の近侍である陸奥守吉行さんのものだ。購入した資源や手入れ道具の決算書の何が面白いのか、私にはわからないが。



「もし数字が間違っていたら、訂正をお願いします」
「おう。任せちょけ!」
「あと、陸奥守さん」
「なんじゃ?」
「いつものこの状況、何か意味があるんですか?」



背中を向けたまま尋ねると、少し間があった。

何故そんなことを訊くかというと、激しく謎だからである。
執務室には私が使うもの、近侍が使うものの文机が一つずつ置かれている。それぞれ壁際に寄せられ、きちんと互いの適正と言える距離がある。それなのに、なぜか陸奥守さんが近侍の時、彼はいつも文机を移動させ私のすぐ後ろに持ってくる。そして、私と背中合わせになるようにして座るのだ。
これほど近くなくとも会話には困らないのに。



「なーんじゃ、またそれか。前に教えちゅう」
「何をですか?」
「わしはおんしに惚れちょるけんのぉ」
「またそれですか」



背後からの声に返しはするが、振り向きはしない。そのまま手元の書類に目を通す。

以前から彼はそんなことを言っている。おんしに惚れた、わしはおんしが好きじゃ、とかなんとかいろいろ言ってくるが、私はどうにもまともに取り合う気が起きなかった。
つまりこの近い距離は、陸奥守さんが私を好きだからということだ。なんだそれ。



「おんしは変わっちょるのぉ。男にこれだけ口説かれてまーったくなびかん女子はおらんき」
「よく言われます」
「ほうか。誰にじゃ?」
「和泉守さんとか」
「なに!?和泉守に手を出されちゅうがか!?」
「いえ、そういうわけではないですけど」



アンタ年頃なのに男の一人もいないとは変わってるな、とよくわからない心配をされているだけだ。
彼らの前の主には深い関係があるせいか、陸奥守さんはずいぶんと食いついてきた。仲が悪いわけではないけど。



「おんしがそんなじゃき、悪い虫が付かんか心配じゃ」
「虫と言うなら、もう陸奥守さんという虫に付かれてますけどね」
「わしも虫か!?」



せめて刀か銃の扱いをして欲しいのぉ…、と少しだけ落ち込んだような声だが、実際そこまで落ち込んでいるわけではないだろう。そのまま順調に書類を片付けている音が聞こえる。

誰かから慕われたり、好意を持ってもらえることは素直に嬉しいことだ。
でも陸奥守さんから言われる告白じみた言葉は、嬉しくないわけではないが真に受けることができない。
彼は付喪神だ。人の形をしているとはいえ、愛情までもが人と同じようだとは限らない。それに、



「陸奥守さんの前の主は、新しいものが好きだったんですよね?」
「ほうじゃのう。最新式の拳銃持ったり、ブーツを履いたりしとった」
「陸奥守さんも新しいものが好きですよね?」
「おう」
「じゃあそのせいですよ」
「…ん?」



彼の前の主が新しいもの好きで、彼自身もそう。そこが、陸奥守さんの人格形成に影響したのだというのは想像に難くない。

人の形をしていても、彼は本当の人間ではない。だからこそ、この本丸で唯一の人間である私に興味を持っているだけで、それは別に恋や愛ではないのだと思う。



「…ちっくとばかり、傷ついたぜよ」



とん、と背中が重くなった。書類にハンコを押していた手も止まる。



「たしかに、前の主も新しいものが好きじゃった。わしもそうじゃ。おんしからもらった人の体が、まっこと面白い。本丸にも新しいものが多い。全部に興味が惹かれてかなわん。じゃがのう、おんしだけは別格じゃ」



首元に、ふわふわと髪が当たって少しくすぐったい。



「前の主が伴侶を持っちゃるき、それを見てきたわしも色恋事にはそがな鈍感じゃあない」
「…そう、ですか」
「少なくとも、おんしよりはわかっちょると思うぜよ」
「失礼ですね…」



否定はしたが、陸奥守さんの言っていることのが正しい気がする。恋愛ごとにさして興味がないのも事実だが、そこまで言われるとなんだか悔しい。



「わしの性格に龍馬が影響しちょることを否定はせん。じゃが、おんしを気にいったんはわしの意思じゃ。それを否定されるのは容認できんのう」
「…怒ってます?」
「いんや、怒っちょらん。すまんのう、困らせたか」
「いえ、私も、すみません…」
「おんしが謝る必要はないきに」



彼はあくまで陸奥守吉行という刀の意志であって、前の主本人ではない。影響があるとはいえ、陸奥守吉行そのものの意志を否定しているようなことを言ってしまった。それを許す彼は、相変わらず懐の深い人だなぁと思う。

持っていた書類を机に置き、椅子の背もたれに体を預けるように後ろにもたれかかった。どれだけ背中合わせでいようとも、今までこんなことはしなかった。広い背中から、人肌の温かさが伝わる。
恋愛ごとにさして興味はないが、こうして陸奥守さんと一緒にいることを煩わしくは思わない。そもそも煩わしかったら、近侍になどしないか。



「私、変わってますか?」
「わしの知ってる一般的な女子とは、だいぶ違うぜよ」
「それなのに好きとか言ってくる陸奥守さんも、だいぶ変わってると思います」
「そりゃ褒め言葉じゃのう」



けなしてはいないが褒めているつもりもないのだけど。
でも陸奥守さんは朗らかに笑っているに違いない。

後ろから手が伸びてきて少し彷徨っていたと思ったら、私の手に指先が触れる。それが手だと確認するように軽く触れてきた。



「お、見つけた見つけた」



そのままギュッと握られる。大きな手だ。



「惚れた女子の手を握るのは幸せじゃのう」
「利き手が塞がると仕事がしづらいので困るんですが」
「なに、わしが進めちょるき。おんしはその間にわしに少しでも惚れちょってくれ」
「意味がわかりません」



仕事を進めなくてはと思うのに、手を振り払う気も、背中を離す気も今は起きない。

陸奥守吉行という彼は大らかで、争い事はあまり好まず、しかしながら出陣時には活躍し、何をするにも前向きで。
もっともっと、挙げていけばいいところがたくさんある。その中でも、



(なんといってもあなたのよさは わたしに惚れる風変はり)

まったく、陸奥守さんは変わった人だ。
でもそんなところが、とても魅力的だとも思う。





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