へアレンジが最近のマイブームだ。

普段から可愛くいることを徹底している加州に教えてもらったヘアスタイルいろいろを練習している。定例報告会などで現世に戻る際に、なにも手を加えない髪形で行くのは少々だらしがないように思えていたから。
それでもなかなかすぐにはできるようにならず、四苦八苦しながら練習していた。



「ねえ、あるじさん」
「あ、ごめん。引っ張りすぎた?」
「ううん、大丈夫だけど」
「お手洗いに行きたい?」
「それも違うけど…。今日もボクが呼ばれたのはこれのため?」
「え、うん。そうだけど」



鏡に映る乱ちゃんは、むぅ、と少し不満げに頬を膨らませた。

ヘアスタイルの練習を始めてからというもの自分の髪で練習するに留まらず、本丸にいるみんなの髪を借りることも増えた。そうなると練習台には苦労しない。刀剣男士たちは綺麗な髪を持つ者が多いから。
特に、男の子といえど乱ちゃんは普段の服装からして女の子に見えるため、私にとっては格好の標的となったのだ。

刀剣男士たちの髪を借りるとはいえ、本来は自分自身のための練習だ。髪形が可愛くできても、明らかに容姿が男性だとやはり本当に練習の成果が出ているのかわかりづらい。
だから乱ちゃんや次郎を始めとして、「美しい」もしくは「かわいい」という表現が当てはまる人へよくモデルを頼んでいた。

もう何回目のモデルになったかわからない乱ちゃんも、呼べばすぐに来てくれたけど、どうやら少々不満らしい。



「ごめんね、乱ちゃんすごく似合うからつい…」
「褒められるのは嬉しいけど…。ボクの役目ってこれだけなの?って思っちゃうんだ」
「え、そんなことないよ!」



寂しげに俯いた乱ちゃんに、私はあわてて弁解した。

しまった、配慮が足りなかった。
刀剣男士たちはあくまでも刀という武器だ。武器としての役目を果たしていないことに不満を持つ者も多い。最近、乱ちゃんにはモデルを頼んでばかりで出陣や遠征回数が多くなかったことに気付く。



「ごめん、乱ちゃん…」
「ううん、平気。でもたまにはボクもみんなと一緒に活躍したいなって思っただけだよ」
「そうだね。じゃあ…、このあとの出陣で第一部隊に入ってくれる?」
「え、第一部隊に入れてくれるの?」
「当然だよ。だって乱ちゃんは強いから」
「わぁ、ありがとうあるじさん!」
「わっ!?こらこら」



振り向いて飛びついて来た乱ちゃんの背中をよしよしと撫でる。
乱ちゃんは初期の頃から戦ってくれているから、その実力は充分高い。そして可愛い。



「出陣だけど、せっかくだから可愛くして行こうね。さ、鏡のほう見て」
「はーい!」



嬉しそうに笑う表情を鏡越しで見ながら、私は乱ちゃんのヘアアレンジを進めた。
我ながらいい出来に仕上がった髪形を乱ちゃんも気に入ってくれたようで、はりきって出陣していった。
その後、自分の髪形も整えると、これまたなかなかの出来に仕上がったことに満足する。乱ちゃんがモデルをやってくれたおかげだ。せっかくだから乱ちゃんが帰ってきた時に見せてみよう。



出陣した第一部隊が戻ってきたのは日が沈んだ頃だった。
第一部隊が戻ってきたと近侍から言われ、部屋を出ようと襖を開けたら、そこには乱ちゃんが立っていた。いきなりの正面衝突しそうな距離に、驚いて一歩後退する。



「乱ちゃん、おかえり。お疲れ様」



労いの言葉をかけたものの、乱ちゃんは俯いたまま顔を上げない。何も言わない。



「乱ちゃん?」
「ごめんなさい、あるじさん…」
「え…、ど、どうしたの?」
「髪、ぐしゃぐしゃに乱れちゃった…」



ようやく顔を上げたと思った乱ちゃんは泣きそうな顔をしていて、絞り出すように出た言葉は謝罪だった。

言葉と共に乱ちゃんは帽子を取る。その髪は、出陣前に私が施した可愛らしさはすっかり消滅していて、差し出された髪紐もぷつりと切れた状態だった。



「み、乱ちゃん…!」
「ごめんなさ、」
「怪我してない!?大丈夫!?どこも痛くない?手入れ部屋行く!?」
「え…、あ、ううん、怪我はしてないよ…?」
「ほんと…?よ、よかった」



ぺたぺたと乱ちゃんの体を触り怪我がないと確認できたので、ほっと胸を撫で下ろす。あ、怪我をしてるかもしれなかったんだからむやみに体を触るんじゃなかった。

そしてそっと、廊下を見渡して誰もいなかったことを確認する。少年(少女?)の姿である乱ちゃんの体を私がぺたぺた触るのは、はたから見れば少々危ない光景だ。決してそんなつもりはないけれど。



「よかった、怪我してなくてほんとよかった」
「怒ってないの…?」
「どうして?怒らないよ。髪形なんてまたいくらでもできるし、部隊のみんなが戻ってきてくれるほうが大事だよ。無事でありがとう、乱ちゃん」



今はぐしゃぐしゃになってしまった髪を撫でると、乱ちゃんはきゅっと私の首に手を回してきた。



「また、やってくれる?」
「乱ちゃんがモデルやってくれるなら喜んでやるよ」
「うん、やる!」



髪をいじっていた時は少し不満げだったが、乱ちゃん自身もモデルが嫌だったというわけではないようだ。



「そういえばあるじさんも、髪の毛可愛くしたんだね」
「あ、うん。我ながらうまくいったかなって思うんだ」



そうだった、この髪形を乱ちゃんに見てもらいたかったのだ。

でも乱ちゃんは可愛いと言いつつ、髪紐を引っ張り私の髪を解くと、くしゃくしゃと撫でてしまった。呆気なく崩れた自分の髪と乱ちゃんの行動に目を瞬く。



「可愛いけど、他のみんなもこのあるじさんを見たんでしょ?」
「え、うんまぁ、そうだね」
「一番最初に可愛い主さんを見たのがボクじゃないのは、嫌」



ぷくりと頬を膨らませた乱ちゃんに自然と頬が緩んだ。



(貴方に見せよと結うたる髪を 夜に乱すもまた貴方)

あーあ、ぐしゃぐしゃになっちゃったなぁ
ボクとお揃いで乱れちゃったね
あはは、そうだね



じゃあ、また新しく結い直そうか。





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