私には大きな欠点がある。 それは、家事の類が一切できないことだ。 刀剣男士たちと生活するにあたりそれができないと死活問題になることが、本丸に来てようやくわかった。 片づけが苦手だから掃除がそもそも始まらない。 包丁を持てば食材は無残にもばらばらになる。台所への出禁を喰らった。 家電だから楽勝、と高をくくっていたら、洗剤を入れすぎて洗濯機から泡が大量に溢れ出た。 ダメ主と、家事の勝手は何もわからない刀剣たちが集まってしまい、かなりギリギリの生活を送っていた。 そんな我が本丸に救世主が訪れた。 「主さん、昼食の準備ができたよ」 「主さん、洗濯物があったら出しておいてください」 「使い終わった書物は片づけておきますね、主さん」 堀川国広くんである。 ある日の鍛刀でこの本丸入りを果たした彼は、なんとも心優しく穏やかでそして、―――華麗なる主夫であった。 その日に人の姿へ顕現したばかりだったというのに、彼はひどい生活の有り様だった本丸の大掃除を始めたのである。テキパキと部屋を片づけ、何度も洗濯機を回し、綺麗になった台所でおいしい料理を作ってくれた。私も、他の刀剣男士たちも感激のあまり声が出なかった。 闇討ちと暗殺以外にも、お手伝いやお世話はお手の物のようだ。まさに救世主。 「いつもありがとう、堀川くん」 「いいえ、空いてる時間がもったいないですから。それに他の皆も手伝ってくれるので、僕がやってることはたいした量じゃないですよ」 堀川くんの指導のおかげで、他の刀剣たちでローテーションが可能になるほど家事には困らなくなった。 しかしながら、本来一番指導されるべき私は日々、事務仕事に追われなかなか家事に参加できないでいた。つまり、未だに私の家事スキルはマイナス値を保っている。 「ごめんなさい、任せっきりで…」 「いいんですよ。僕は好きでやってるんですから」 「いやぁ、でもほら、私もいい加減できるようにならないと人間としていろいろダメな気がして」 そんなことを言っても、今さらかよと自分で突っ込みたくなる。 今までも散々生活力の低いところを見せていたのだ。言われずとも、私のダメさは堀川くんもすでに知っている。主としてというより、人間として恥ずかしいよ最早。 今日の出陣や遠征の報告書を書き終えて最後にハンコを押す。 「よし、今日の仕事終わった!」 「よかったですね!お疲れ様です。お茶でも入れましょうか?」 「とりあえず後でいいかな。それより堀川くん、私も何かやる!何か私に家事を伝授して!」 「ええっ」 これ以上堀川くんに甘えて、家事を任せっきりにしておくわけにはいかない。自分でもできるようにならなければ。 部屋の隅で、私の代わりに本や書類の整理をしてくれていた堀川くんは困ったような顔をした。 「お願い堀川くん」 「うーん…そう言われても、もうお洗濯は終わっちゃったし、夕食の支度もまだ早いし…」 「あぁー…。お掃除は?」 「主さんの部屋だけです。他の所はみんなで手分けしてやったから」 「ダメ住人は私だけか…」 そんなことないですよ!と堀川くんは言ってくれるが、そんなことある。 本丸内で汚いのはこの部屋だけとは。これでは私の生活力は何も成長しない。 これ以上自分が何もしないのは申し訳ないし、情けなくて仕方がない。 落ち込んだのが顔に出ていたのか、堀川くんは少し考えるように顎に手を当てた。 「じゃあ…主さん、廊下に出て」 「廊下…、雑巾がけとか?」 「違うよ。さぁ出てください」 「え、う、うん」 整理する手を止めた堀川くんに背中を押され、部屋から廊下へ出る。 そのまま私を残し、堀川くんは庭へと降りていく。庭の物干しには、ひらひらと洗濯物が舞っていた。 洗濯物を触り、うん、と頷いた堀川くんは次々と洗濯物を物干しから外すと、腕に抱え廊下へどさりと置いた。 「乾いたので、洗濯物を畳みましょう」 「あ、り、了解です!」 その場に座って、洗濯物を一枚手に取る。 手ぬぐいやタオルの類は普通に畳んでいけばいいのかな。 私がそれらを畳んでいる間、堀川くんは再び洗濯物を外してこちらへ持ってくる。重ねられたのは衣服だった。外し終えた堀川くんも座り、畳む作業に参加する。 衣服を畳むのも、苦手なんだよなぁ。案の定、綺麗に畳めずにいる私に堀川くんは苦笑する。うん、笑ってくれ。いっそもっと爆笑してくれ堀川くん。嘲笑でも構わないよ。 「もう一回やってみよう、主さん」 「…どうやったらそんなに綺麗に畳めるの?」 「はい、まず服をしっかり広げます」 「は、はい」 「肩のところをこうやって折って」 「うん」 「反対側も同じようにやります」 隣に来て衣服を畳む堀川くんに倣い、私も同じ通りに行うそれはなんだか子供の折り紙遊びみたいだ。 指示通りにやってみると、堀川くんがやったのと同じように綺麗に畳まれた服に異様なほど感動を覚えた。 「で、できた…。できたよ堀川くん!」 「やったね主さん!」 たった一枚の服を畳むことができただけでこんなに喜ぶなんて、少し滑稽な気がする。 堀川くんの手を取って喜ぶ私に堀川くんも自分のことのように喜んでくれて、手を握り返してくれる。 でも不意に、小さな傷があったりひび割れていたり、その手がひどく荒れた状態であるのに気付いた。 「堀川くん…手、どうかしたの?」 「え?ああ、水仕事とかやってるとこうなっちゃうんですよね。何も支障は無いですけど」 なんてことないように笑う堀川くんを見て、私は反射的に立ち上がり部屋へ駆け込んだ。 救急箱から薬用ハンドクリームを取り出して、大急ぎで堀川くんの前に戻る。 焦ったような私に対し、堀川くんは不思議そうな顔をしている。 「どうかしました?」 「堀川くん、少し手を借りるね」 「あ、はい。お手伝いならいくらでも」 「違うの、そうじゃなくて」 手を借りる、の意味を勘違いしたのか、立ち上がろうとする堀川くんの肩を押して座らせる。 彼の前に座った私はハンドクリームの蓋と、彼の装備している籠手を外す。突然外された装備に、堀川くんは驚いたようだ。 その手に、掬い取ったハンドクリームを載せて伸ばしていく。白いクリームが私よりも大きい手に広がった。 「あの…主さん、これは?」 「薬用ハンドクリーム。今の堀川くんにぴったりのアイテムだよ」 よくわかっていない堀川くんはされるがままだが、今はそのほうが都合がいい。 もう片方の手にも同じように塗り伸ばす。 「なんだか、手がぴりぴりしてきました」 「それだけ堀川くんの手が荒れてたんだよ?」 クリームを塗り終えた手を労わるように、そっと握った。 戦場で戦い、時には大きな傷を負う彼にとって手荒れなんて全く問題にならないし、気にも留めないことなのだろう。でもこの手荒れは戦場で付いた傷などではない。普段の家事によって負ってしまったものだ。 本来、家事くらい自分でできなければならない。 私が家事をできない分は刀剣たちが行ってくれているが、おそらく彼は人一倍こなしてくれている。だからこそ、こんなにも手が荒れていたのだ。 私の分もさせていた。手荒れに気付いたあの一瞬、改めて気づいた事実が罪悪感となって襲い掛かってきたのだ。 「…ごめんね、堀川くん」 戦闘以外に、無駄な苦労をさせて。 自分ができないことを嘆いてはいた。でも、堀川くんが来てからというもの、ダメ元で挑戦することすらしなくなった。どうしようもなく、堀川くんに頼り切っていた。 「主さん」 私の手に、堀川くんの空いていた手が重ねられた。 「僕は、主さんのお世話を苦労だと思ってないよ」 「でも…、」 「仮に苦労だと感じたとしても、その相手が主さんなら苦労のし甲斐があります」 「ダメ人間だからね…」 「僕はそれでかなり得をしていますけどね」 何が得なのかと顔を上げると、目が合った堀川くんは悪戯っぽく笑った。 「主さんの分も家事を担当しているおかげで、近侍じゃなくても主さんの傍にたくさんいられますから」 「うん…?」 …それは、どういう? 首をひねる私に、堀川くんは少し手に力を込めた。 「言ったでしょ?僕は好きでやってるんだって」 「それは、うん、さっき聞いたけど…」 「主さん、意味をわかってないですね?」 「え?」 堀川くんは家事が好きだから、私の分もやってくれている。最初からそう解釈していた。でも彼は、そのおかげで私の傍にたくさんいられると言った。 解釈が何か間違っているのだろうか。 「家事は好きだし得意ですけど、僕が言った“好きだから”っていうのは家事のことじゃないんです」 「堀川くん…?」 「主さんのことですよ」 だから苦労だとは思わないし、苦労しても、傍にいたいって思うんです。 そう言った堀川くんの笑顔に、包まれている手も顔にも一気に熱が集中した。 (苦労する身は何厭わねど 苦労し甲斐のあるように) 僕は(主さんのことが)好きでやってるんですから。 あの言葉には、括弧に隠れた部分があったらしい。 |