「主さん、堀川です。戻りました」
「あ、はーい」



振り向いた先の障子には、名乗った通りの堀川くんのシルエットが薄く映っていた。
障子を開けて彼を迎え入れる。



「おかえり、堀川くん」
「ただいま主さん」



彼は然程疲れている様子もなく、いつも通り優しく笑う。

今日の出陣で隊長を務めた彼の話を基に、報告書を作成する。堀川くんの説明はわかりやすいので、報告書の作成がしやすくてとても助かる。いつもアバウトな説明をする兼さんは見習ってほしい。



「負傷者はいないです。ただ、前田君の刀装が壊れたので彼に新しいのを装備してあげてください」
「わかった、ありがとう」



その相槌と共に堀川くんを見て、どうしてさっき気づかなかったのか、彼がいつも付けているリボンタイがないことに気付いた。



「あれ、堀川くん、リボンタイは?」
「え?ああ、切り込まれたときに切れちゃったんです」
「え…!?大丈夫!?」
「負傷者はいないって、さっき言いましたよ?」
「あ、そうだった…」



タイは切れたが怪我はしていないようで、ほっと息を吐く。
ポケットから取り出されたタイは、切られた先端からほつれ始めており、無残にも二本に分裂した状態だった。
さすがにこれでは身に着けることはできない。それに、兼さんの影響からか堀川くんもそこそこ身なりに気を使っているので、汚れたり切れたりしたものは身に着けないだろう。

いくらなんでも衣服は手入れで修復することはできない。でも、ちょっとだけ残念そうな顔をしている堀川くんを見ると、何とかしてあげたい。



「あ…そうだ!」
「主さん?」



立ち上がってタンスへ駆け寄る。何度か開け閉めを繰り返し、奥から目当てのものを引っ張り出した。



「代わりに…なるかはわからないんだけど、これとかどうかな?」
「これは?」
「前に使ってたやつなんだ」



タンスから発掘したのは、一本のネクタイだ。
私が現世で高校生だった時に使っていたもので、幸いにも色は堀川くんのリボンタイと同じ。堀川くんの服装自体がブレザーっぽいのでそれほど違和感はないと思うのだけど。

ネクタイを見た堀川くんは、ぱちぱちと大きな目を瞬く。
その反応に我に返った。考えてみれば、政府に申請すればすぐにでも替えを届けてもらえるのだ。それに、普段から充分すぎるほどに成果を上げてくれているというのに、お古を渡すなど失礼じゃないか。



「ご、ごめん…失礼だね」
「あ、待って!」



タンスにしまい直そうとした私を止めるように、堀川くんが立ち上がった。



「前に使ってたっていうのは、主さんが使っていたってことだよね?」
「…うん。現世にいた時に」
「これを、僕が貰ってもいいの?」
「え?あ、うん。まぁ…」



これを本丸に持ってきたのはなんとなくだった。かといって、これを見て学生時代に思いを馳せるわけでなければ、普段の本丸生活でネクタイを使うわけでもない。



「使い道があるのならそのほうが良いとは思うけど…」
「じゃあこれ、貰ってもいいですか?」
「え、でも…いいの?政府から新しいの送ってもらったほうが、」
「これがいいです。主さんの使っていたものなら、それだけでご利益がありそうな気がするし」



そう言って堀川くんは、私が握っているネクタイの反対側を掴む。



「ご利益って…。私はただの人間だよ?」
「それはわかってるけど」



刀剣男士は付喪神なのだから、堀川くんのほうが本来の意味でご利益をもたらす存在のはずだ。私にご利益を期待しているのがなんだかおもしろくて笑ってしまう。



「主さんの存在は僕たちにとってすごく大きいものなんですよ」
「このネクタイも?」
「もちろん。それに実際にご利益があるかどうかは別としても、なんでしたっけ…モチベーション?が上がります」



だから貰っていいのなら、これがいいです。

堀川くんの言葉に導かれるように頷いて、ネクタイの端を握っていた手を放した。するりと堀川くんの手にネクタイが揺れる。



「色は同じなんですね」
「偶然だけどね」



さっそく首にネクタイをつけようとするが、普段のリボンタイとは勝手が違うせいか、堀川くんは手間取っている。



「堀川くん、ちょっといい?」
「あ、はい」



久しぶりにネクタイを結ぶなぁ。それでも学生時代以来の結びの動きを、手はしっかりと覚えていた。堀川くんの首にネクタイを結び、垂れている部分を上着の内側にしまう。



「できた!どう?」
「あ!いい感じですね!」



鏡を取って見せると、堀川くんは予想より満足げだった。違和感はまったくないし、とても様になっている。
まさか審神者になってからこのネクタイが役に立つとは思わなかったが、自然と私も嬉しくなる。
私が思っている以上に堀川くんはネクタイを気に入ってくれたらしい。喜んでもらえたなら、何よりだ。



「ねぇ堀川くん」
「なんですか?」
「もしよかったら、そのリボンタイを貰えないかな?」
「え、これですか?」



手に持ったままのリボンタイを指さすと、とても不思議そうな顔をした。



「堀川くんのご利益、私も受けられたらなって思って。ご利益の交換しよう?」



私の存在はとても大きなものだと言ってくれた。
でもそれは私だって同じだ。堀川くんをはじめとして、刀剣男士たちにどれだけ助けられているか。だからできるなら、堀川くんのリボンタイを持つことで、審神者として主として、もっともっと頑張れるように。



「でも、切れてぼろぼろですよ?」
「関係ないよ。他でもない堀川くんのだから意味があるんだよ」



堀川くんの目が少し大きくなった。でもその目は、すぐに嬉しそうに細められる。

それなら、と私の手に二本になったリボンタイを乗せてくれた。そのまま私の手をきゅっと握り、もう片方の手は自身の胸元へと持っていく。結ばれたネクタイを軽く握った。



「脇差刀剣堀川国広の名において、主に、ご利益があるように」



浅葱色の瞳にしっかりと捉えられた私も、頷いて手を握り返す。
これに返しをしなければいけないと思った。



「審神者なる者翡翠の名において、堀川国広に、ご利益があるように」



お互いのタイを交換しただけなのに、なんだか随分と大げさになってしまった気がする。それが面白くて、堀川くんと同時に小さく吹き出した。



「ありがとう堀川くん」
「いえ、僕のほうこそ」



握っていた手を放して、自分の手に残されたリボンタイをどうしようかと少し考えた。
とりあえず、二本になってしまったリボンタイの端と端と結び、歪ながら再び一本の状態へと戻す。
そこでまた少し考えて、そのまま自分の首へと緩く蝶結びをした。丁度首から下げているような形だ。



「これでいいかな」
「それでいいんですか」



主さん、和装なのに。と堀川くんは笑うが、アクセサリーと考えればそれほど変には見えない。



「これから毎日身に着けるよ」
「僕も当然そうします」
「ご利益があるといいね」
「大丈夫、きっとありますよ」
「神様本人から言われたなら絶対にありそう!」
「あ、でも、僕はそういうのは専門外だから保証はできませんよ?」
「…石切丸のが得意かな」



次の朝、鏡を見る度に首にタイがあるのがとても嬉しくて、いつもより仕事を頑張れる気がした。

でも鏡の前で嬉しくなっていたら、兼さんにすごく変な目で見られてしまった。解せん。



(国広、お前いつのまにタイ変えたんだ?)
(昨日からだよ兼さん)
(お前そんなの持ってたか?)
(うん、ちょっとね)
(ん…?ちょっと待て。確か今朝、あいつがなんか見覚えのあるやつ首に下げてたような…)





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