「格好悪いところ、見せたね」



光忠は苦笑いをこぼした。
彼の練度はそれなりだし、だからこそ部隊長を任せていた。でも今日の出陣、彼は珍しく負傷して帰って来たのだ。軽傷ではあるが、私はすぐさま手入れ部屋へと引き入れた。
大したことないよと逃れようとするが、少し血の付いた上着やらベストを引っぺがす。軽傷とはいえ痛々しい切り傷が、腹部や胸部にできていた。



「全然、格好悪くなんかないよ」



つ、と傷口から流れた血を布で押さえると、端正な顔が少しだけ痛みに歪んだ。



「怪我はしないように、気を付けていたんだけど」
「うん、そこはみんなに守ってほしいことだから」
「ごめんね」
「無理して進軍しようとしたわけじゃないし、油断したわけでもないでしょ?」
「それはもちろん。でも、やっぱりごめん」
「謝らないで、お願いだから」



光忠がこんなにも謝るのは、私が、血や怪我といったものが苦手だとわかっているからだ。
だが今はもう苦手などと言ってはいられない。刀剣男士たちが重傷を負って帰ってくる時もある。そのときに治療できる者は私しかいない。
血や怪我は苦手だが、傷に苦しむ彼らを見るのはもっと嫌だ。

光忠の傷に手を触れる。手から緩い光が漏れた。手入れ部屋でのこうした直接の接触は、傷の治りを少し早められる。



「いいのかい。これでも軽傷だと思うんだけど」
「早めればすぐに治るのに、それをしない理由はないから」



軽傷だから、これをしなくともさほど時間をかけずに治療は終わるだろう。だが、治るまでの時間をずっと、光忠を手入れ部屋にいさせたくはなかった。それならこうして霊力を送り、治療を早めたほうが良い。

手のひらの光が弱まる。手をどけると、さっきまでそこにあった傷は綺麗に消えている。他の傷にも同じようにしていくと、次々と傷は消えていく。すっかり傷がなくなったその体に、再び手を当てた。



「どう?」
「うん、問題ないよ。ありがとう」
「本体のほうは?」
「そっちは大丈夫」



光忠は私の手をとり、少し強めに握ってくる。金色の瞳と交わる視線が、耐えられなくて俯いた。



「…ごめんね」
「僕には謝らせてくれないのに、君が謝るのはずるいな」
「私は、いいの」



私は、謝らなければならないことをしているのだから。

こうして傷の治癒を早める力があるのは、いつでも刀剣男士を万全の状態にし、出陣できるようにしておくため。治癒を早めることで、必要があればまたすぐにでも出陣させるため。傷を負う戦場へ行かせるために、傷を治す。そんな、時の政府、ひいては私たち審神者の、人間のエゴによるものなのだ。
傷を負っても遥かに早く治る。彼らを人間として扱う場合には、それは喜ばしいことだ。だが理屈通り彼らを刀剣として扱うのならば、単なる戦力枯渇を防ぐ手段でしかない。どうして謝らずにいられるというのか。



「泣かないで、主」



伝った水が落ち、着物に小さなシミを作った。
空いている光忠の手が、頬に触れる。光忠の声が、私をまったく責めないから。ひどく優しいから。余計に胸が苦しくなるのだ。



「僕たちが長時間、傷で苦しんでほしくないから君はこの力を使う。ここにいるみんな、それをわかっているよ」



みんな、君に感謝しているし、君を信頼しているんだ。

そう言ってくれる光忠の顔を見ることができないのは、それでも私が後ろめたいからだ。政府の管理下にある役職についている以上、結局は私もエゴにまみれた者たちと変わらない。



「主、聞いて」
「聞いてるよ…」



それならいいけど、と光忠は続けた。



「僕たちが信頼しているのは、政府に従う君じゃない。主として僕たちを大切にしてくれる君を信頼しているんだ。君が主として僕たちを思ってくれているなら」



くっ、と顔を上げられる。光忠の親指が目元の水を拭った。



「その信頼を、泣いて無駄にしないでほしい。申し訳なさで消さないでほしい」



だから泣かないで。



「…ごめん」
「謝るのはだめ」
「すみません…」
「言い方を変えてもだめ」



八方ふさがりだ。
でもわかっている。これは私が、彼らに対する罪悪感から逃れたいだけの謝罪だということ。自分のための謝罪だということ。それも私のエゴでしかない。



「君にそう思わないで欲しいのも、言ってみれば僕のエゴでしかないよ」



ああ、ほら。そうやって私に逃げ道を用意してくれる。だから私は、こんなにも私に優しい彼に対してなおのこと罪悪感を覚えずにはいられないのだ。
袖で目元を拭う。



「ありがとう光忠」
「最初からそれを言って欲しかったな」
「これからは、そうする」
「うん。…君のせいで、心に重傷を負ったんだけど治してくれるかい?」
「えぇ…?」



突然妙な難題を言う。生憎と刀剣男士のメンタルケアは専門外なのだが。霊力を送って治るものでもないだろう。
君に触れてもらえればいいんだけど、と光忠が言うので、先ほどまでと同じように彼の体に手を触れると、腰を引き寄せられた。光忠の顔を見上げると驚く間もなく、その端正な顔が近づいた。抵抗する気など微塵も起きない。

手入れ部屋における直接の接触は、治療を早める。
それがメンタルケアにも適応されるのかは知らない。でも今の光忠との接触をはねのけるつもりはない。

私が彼らに申し訳なさを、罪悪感を持たずにいるには、何よりも刀剣男士たちが心身ともに健やかでいてくれること。光忠が負った心の重傷とやらもこれで治るのなら、いくらでも。
だからどうか、傷を負うことがわずかでもなくなることを願いたい。



彼が求めたこの接触が単なる治療なのか、それとも別の意味なのか。
今は問いかけることができないが、ゆるりと角度の変わった唇の触れ合いに、できれば別の意味であってほしいと。自分からも唇を押し付けた。


―――
さにわんらいへ提出したもの




ALICE+